(三)

 その後の自由時間の中で、僕と長野君はキャンプ場の前にある河原にやってきた。

 対岸は切り立った岩の断崖絶壁になっていた。こちら側の河原は、大小様々な石が転がっている河原であった。少し上流に上がったところには、三メートル程の高さの切り立った崖があった。

 同じクラスの高崎は、海水パンツに着替え、取り巻きや別のクラスの仲の良い奴らと一緒に崖から川に飛び込みをしていた。

 僕たちはそんなこと気にも留めずに河原にある妙な形や動物に似た形や人の顔みたいな形の石を探して回っていた。

 別にそれをしようと思って始めたわけではなかった。長野君と話しているときに、彼がおもむろに取った石がたまたま人の顔に似ていたのがきっかけだった。

「人面石だ」

「本当だ!」

 そんなきっかけから僕も似たような何かに似ている石を探し始めたのだ。最初は座っていたところの周り、やがてもっと遠くへ。そうして探す範囲をどんどん拡大しながら、この石は犬の顔に似ているとか、この石は魚に似ている、などとお互いに五つくらいづつ見つけ出していた。


 そうこうしているうちに、僕はもといた場所からずいぶん下流の方に来てしまっていた。

 それに気づいて僕は長野君が行った上流の方を見た。

 彼は上流の大岩の近くにいた。そして悪いことに、高崎とその取り巻きに囲まれていた。僕が様子を見ていると、取り巻きの一人が長野君の腕を引っ張って大岩の方へ連れて行っていた。長野君は大岩の上に立たされた。崖の方へ行くように言われたのだろう、大岩の切り立つ方へゆっくりと歩かされていた。それを手前の方から取り巻きたちがワイワイ何かを言っていた。どうやら飛び込めと言っているようだった。

 どうなるのか見ていると、長野君は大岩の上から川に飛び降りた。川で水しぶきが上がった。取り巻きたちが崖の上から長野君を見ていた。川では飛び込んだときにできた水しぶきが収まり、その後少し静かになったが、すぐにまた水しぶきが上がった。水しぶきは一瞬だけでなく長く続いた。きっと長野君は溺れているのだ。

 崖の上では取り巻きたちがゲラゲラ笑っていた。誰も助けようとしていなかった。

 僕は急いで長野君のところへ向かった。上着を脱ぎズボンを脱いでパンツ一丁になって川へザブザブと入っていた。気づいた長野君はバシャバシャしながら僕の方に手を伸ばしてきた。僕も手を伸ばしたすぐには彼の手をつかめなかった。その度に彼は沈みそうになった。僕がさらに前に踏み込んだ。そうすると足元はそこから深くなっていた。僕の足はその深い方に落ちた。そのため体も前のめりになって、僕や頭から川に飛び込むような格好になってしまった。

 僕も泳げなかったけど、なんとか長野君と一緒に川岸まで這い上がった。

 息を整えていると、目の前に高崎の取り巻きたちが立っているの気づいた。ニヤニヤしながら「お前も飛び込めよ」とそのうちの一人が言った。すると周囲の取り巻きたちも「とーびこめ、 とーびこめ」と大合唱になった。


 僕は大岩の上に立たされていた。さっきから始まった大合唱はまだ続いていた。

 僕は足元を見た。川がずっと下の方で流れていた。

 後ろを振り向いた。ヘラヘラしたクラスメートたちが僕の方を見ていた。

 僕は再び前を見た。高かった。

 再び後ろを見た。高崎が一歩前へ出てきた。そして言った。

「早くしろよ」

 僕は前を向いた。足元を見た。下の河原に長野君がいるのが見えた。僕が川でおぼれたら、彼は助けてくれるだろうか。

 彼はこちらを見ていた。心配してくれているみたいだった。

 それなら、多分大丈夫だ。

 僕は目をつぶった。そして僕は、崖の先へと一歩踏み込んだ。

 踏み出した足が空を切った。体が中に浮いた。そして川面に僕は体を叩きつけられた。すぐに息ができなくなり、僕は意識を失った。


(続く)

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