(二)

 翌日、登校すると今度は上履きがなくなっていた。昇降口に入り、下駄箱から上履きをとろうとしたが、僕の下駄箱から上履きがなくなっていた。昨日はあったのに。これで今年に入って六度目だった。

 その日結局、一日上履きなしで過ごした。

 下校時、下校しようとしたら、今度は靴がなかった。仕方がないので、靴下のまま家に帰った。

 次の日、登校すると昨日と同じように上履きはなかった。昨日と同じように靴下のまま教室へ行った。

 机の上に靴が置かれていた。昨日の朝、登校するときに履いてきたスニーカーだった。

「お前、昨日は靴はどうしたんだ」

 教室の後ろの席で数人の男子生徒に囲まれながら高崎翔太が言った。

 取り巻きの男子生徒がケラケラ笑っていた。

 僕は高崎の言葉やクラスメートの笑い声を聞かないようにしながら席に着いた。


 一時間目が始まった。

 教科書を開いた。鉛筆で落書きがしてあった。「死ね」と。

 消しゴムで消そうと思って筆箱を探した。机の中に入れていたと思ったのに、入っていなかった。

 机の脇にかけてあった鞄の中も探してみた。入っていなかった。

 先生が黒板に向かって字を書いているときに、教室後ろのまで行って自分のロッカーを見てみた。なかった。

 家に忘れてきたのだろうか。それとも……。

「お前さー、ひょっとして、これ探してんの?」

 後ろを振り返ると、二つ後ろの席で高崎が僕の筆箱を持って、左右に振っていた。

 僕は立ち上がって彼の席の前まで行った。そして筆箱を取り返そうとした。

 高崎は僕が伸ばした腕を上手くすり抜けるように腕を動かした。

 さらに僕は手を伸ばした。

 彼はさらに筆箱を握る手を動かして僕の手をよけた。

 右に、左に、そして上に、今度は右に、左に再び右に、腕を動かした。

「返せよ」

 僕は堪らずに言った。

「返せよ」

 高崎は裏声で僕の言葉をオウム返しした。

「何をやっているんだ! 富山、席に着け!」

 先生の声がした。

 教室の前を見ると、先生がこちらをにらんでいた。

 僕は仕方なく席に着いた。

 席に着くとすぐに後頭部に何かがぶつかった。

 後ろを振り向いた。ぶたれたのかと思ったら、後ろの席の本庄君が僕の筆箱を「はい」と言って渡してくれた。

 どうやら僕の後頭部に当たったのは僕の筆箱だったらしい。

 高崎の手にあった筆箱が僕の後頭部に当たったと言うことは恐らくあいつが投げて寄越したのだろう。

 ともかく戻ってきて良かった。これで教科書のいたずら書きを消せる。

 そして筆箱を開けた。すると、中には何も入っていなかった。


 この日の六時間目はホームルームだった。今度行く林間学校のことについて話し合いをするのだ。

 林間学校のコテージには六人から八人ぐらいのグループに分かれて宿泊しなくてはならない。

 学級委員が「グループに分かれて下さい」というと、クラスは一斉に騒がしくなり、一〇秒もすると、班分けが概ねできていた。 各班の人数を数えた。各班概ね六人から八人になっていた。

 僕は一人だけであった。

 もう一人、一人だけの子がいた。長野君だった。彼も大人しい子で、クラスではあまり目立たない。クラブ活動もしていない。そのため友達も少なかった。そのせいか、彼も高崎などにいじめられることがよくあった。

 そんな長野君と僕は同じ班になった。




 それから僕らは放課後に一緒に帰るようになり、さらには一緒に遊ぶようになった。

 遊ぶと言っても好きな本や漫画を持ち寄ってあれこれと感想を言い合うだけだった。長野くんも本を読んだりするのが好きだったので、僕と共通点はあった。でも好みは微妙に違い、僕は王道なアクション漫画が好きだったが、彼はもっと落ち着いた恋愛ドラマやヒューマンドラマが好きだった。好みは違っていたが、コメディやバカバカしいギャグ漫画が好きなのは共通していた。だから二人で部屋でギャグ漫画を読んでゲラゲラと、学校では出したことのないような大声で笑ったりもした。

 学校は相変わらず高崎が嫌な奴であったけど、長野くんのお陰で彼に会うために来ているような感じになった。学校なんて嫌なことしかないところだとばかり思っていたが、彼と出会えてそれは変わった。実は学校はいいところだったんだ、そう気づかされた。

 だから、行くのがすごく嫌だった林間学校も、だんだん楽しみになってきた。


 バスで向かった先は地方のキャンプ場だった。二泊三日の林間学校がいよいよ始まった。

 到着するとコテージに荷物を置いて、外へ出た。

 そしてアクティビティとかいう活動をした。みんなと仲良くなり、みんなでなにかをすることが目的だという。

 その活動は、僕には苦痛でしかなかった。この場にいることだけで死んでしまいたかった。

 ただ、その中でも長野君の存在は唯一の心の拠り所であった。彼と共に入れれば辛いことも耐えられる気がした。

 学校生活は毎日苦痛でしかなかった。でも今年の夏は良い思い出が作れそうだった。


(続く)

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