第七話 悲鳴

 ──俺はハジメに屋上へ連れて行かれた。 外は俺に蒸し暑い空気を目一杯にあびせた。 遮るものなど一切ないこの場所、地面は夏の灼熱の太陽に熱されていた。


 ……左の頬が痛む。 


 「さ、さっきはゴメン。 いきなり叩いたりなんかして」


 「……別にいい」 


 無愛想に答えた。 叩かれたのはしょうがないと思っている。 だが、悪いとは思っていない。


 「でもユウ。 さっきの言い方はなかったんじゃないの? 」


 「……本当にどういう意味だったんだよ」


 「……ソナちゃんとユウ、何か関係はある? 」


 「無いけど……」


 「じゃあ、ソナちゃんに有安家のことで責めるのはおかしいよね? 」


 「だが……。 でも俺はっ! ……有安のヤツらを許せない」


 「何で? 」


 「何でって……お前も知ってるだろ!? 俺はアイツらに、有安のヤツらに、家族を殺されたんだぞっ……! 」


 「……」


 「悪いけどハジメ、俺は……助けられない」


 「……そう」


 ハジメは俺の家庭事情を知っている。 こんな会話、今回が初めてだ。 いつにもなくハジメは普段からは想像がつかないほど真面目な顔をしている。 適当に俺の気持ちを考えずに言った言葉ではないことはわかっている。


 「でも、ユウ。 ……ねえ、僕らが初めて喋った時のこと覚えてる? 」


 「……ああ」


 忘れるわけがない。 お前の言葉にどれだけ救われたのか……。 ずっと復讐の事しかない俺の頭をまた日常へと導いてくれたのはハジメなのだから。


 「僕はユウがクラスで浮いてたなんて知らないまま声をかけた……。 〝そう〟思っているよね」


 「……!!」


 俺は素直に驚いた。 ……まさか、知っていたとでもいうのか?


 「実は僕、知ってたんだ。 っていうか、誰でもわかるよ。 ユウが浮いていたことくらい」


 「……」


 ハジメは苦笑混じりに言った。 ……まあ、そりゃそうか。 気づくよな。 


 「じゃあ何でわざわざ話しかけてきたんだよ」


 「ふふ。 それはね……」


 ハジメは真っ直ぐ、俺を見て言う。 熱い風が強くなる。 ……曇ってきた。


 「……僕は、僕にはある〝信念〟があるから」


 そんな厚く黒い雲とは対照的な、自信と希望で満ち満ちた物言いだった。


 「何で人間は霊が怖いか分かる?」


 唐突だな……。 もちろん、霊好きの奴がいるという例外を指摘するほど、俺は嫌味なヤツじゃ無い。


 「霊が怖くないって場合は? 」


 嫌味なヤツだった。 ハジメはムッとして、


 「大半の人間はってこと! 」


 と言う。 こればかりは俺が悪い。 さて。


 「……んー。 分からん」


 するとハジメはさっきとは打って変わって満面の笑みを浮かべた。


 「そう! 分からないから! 知らないからだよ! 」


 「あ、ああ」


 別に答えたわけでは無いが。


 「でも、例えば科学的に霊は林檎が主成分で、食べられます! って知ると怖く無いよね? 」


 んー。 どうだろうか。 遺伝子にもう、霊が怖いと刷り込まれているから……認識を変える事は難しい。 だが、幾らかは怖くなくなったのは分かる。


 「それと同じで、昔のユウは周りから避けられていた。 どうして? それは、ユウのことを皆が知らなかったから」


 一呼吸置いて、ハジメは続ける。


 「でも、僕はユウと話して、ユウを知ることができた。 そして、近寄り難くて、暗くて、目つきの悪いことには理由があることが分かった」


 結構言うな……。 暗くてだけでいいだろ!

 まあ。 けれど。

 言いたい事は分かってきた。


 「だから僕はユウと親友になれたんだよ」


 素直に。

 純粋に。

 それはとても嬉しい言葉だった。


 「だからね、ユウ。 何も知らないで嫌いになったり、攻撃したりしたらいけないと思うんだよ。 ユウの過去、境遇は知っているから、気持ちは少しだけ分かるけれど、何でソナちゃんが一般人になったのか不思議じゃない? 僕はそこに理由があると思う」


 ハジメはとてもいいヤツだ。

 けれど。 だが。


 「……でも、ハジメ、俺はやっぱり、まだ許す事はできない」


 「うん。 それでいいと思う。 でも、話だけでも聞かない? 」


 俺は答える。


 「ああ」


 それは。 

 感嘆にも似た声だった。

 いつの間にか怒りは消えていた。 ハジメと話すと何故か気持ちがいつも通りの日常へと戻っていく。 本当に不思議な奴だな……。

 その時。


 「キャァァァァァーーーー!! 」


 と、日常ではまず聞かない甲高い声が聞こえてくる。

 この声はさっき聞いたばかりだ。 ……有安ソナだろう。


 「行こう、ユウ」


 「え? 」


 「助けないとっ!! 」


 「……」 


 ハジメが真っ直ぐ俺を見つめる。 俺は多分、酷い顔をしていると思う。

俺はついて行く。 

何も感じないまま。

助ける、か……。 俺はついていくだけだ。 俺らは声のする、家庭科室の方へ向かった。 1階の、ここから真下にあるため、階段を駆け下り始める。

 暗く、黒い雲が集まっていた──


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