そして後140年

@imoko_07

そして後140年

 地球は百五十年後に滅びます。そうアメリカだか国連だかが発表したのが今から10年前。


 今から百五十年後に地球は滅ぶ。そのことが発表されたときそりゃあ世間は大騒ぎだったらしい。らしいと言うのも変か。だって私はその時七歳。小学校で給食食べてたらいきなり家に帰されて、真っ青な顔のママに抱きしめられた。その後パパも帰ってきてお姉ちゃんも帰ってきて、私は何が起きているのかあんまり分かってなかった。なんか大変なことが起きてるなあ、としか。そして十年経って十七歳になった今でもあんまり実感が湧かない。


 地球が滅ぶのは今この瞬間生きている人たちが全員死んじゃった後のことで、私は地球滅亡の瞬間には立ち会わない。幸か不幸か地球が百四十年後に滅ぶのは覆せない事実で、でもその日までは絶対に滅亡しないらしい。頭のいい人が、すごいコンピューターが何回考えて計算してもこの事実は変わらなくて、いつしか人々はこの事実を受け入れた。だってどうせ滅ぶからって、いくつかの国は兵器を放棄した。戦争が終わった。どうせ富を蓄えても何にもならないからって貧乏な人にお金をあげる活動が活発化して、聞いた話だと終末時計はここ数年ずっと針が戻りっぱなしで動かないらしい。


 地球が滅ぶことが分かってから、世界は良くなった。おかしい話だけど。


 でも発表直後から五年くらい経つまでは大変だった。自棄になって犯罪を犯し始める人がたくさん出てきて、学校が安全のために何度も休校になった。そういう人たちがついに諦めるまで、どこの国も犯罪上昇率は右肩上がり。人生諦めが肝心だなんて言うけれど本当にその通りで当時の終末時計はいつだって地球滅亡三秒前だった。神経質で心配性なお姉ちゃんはよく泣いていたし幼馴染のユウコちゃんは引っ越してしまった。ユウコちゃんだけじゃなくて日本中、世界中の人々が引っ越しをし始めた。


 「どこに逃げるっていうんだろうな」

 

なんてパパはテレビを見ながら言ってた。うちはマンションに住んでるけど、両隣の人が引っ越してしまった時だった。うちは結局引っ越さないで住み続けているけれどそんな人は少ない。


 「ただいまー」

 

 家に帰るとママがそばを茹でていた。マンションの前に引っ越しトラックが停まっていて、緩衝材が隣の家への道を作っていたからきっとそれだろう。このご時世、蕎麦屋は大繁盛だけどそばが好きじゃない人はあんまり嬉しくない。私みたいに。


 「またそばなの?私嫌い」


 ソファに腰掛けてテレビを点ける。文句言わないのとかなんとかママが言うけど嫌いなものは嫌いなんだからどうしようもない。こんな世の中になるんだったら引越し蕎麦じゃなくて引っ越し苺とか引っ越しチョコとかが文化になってたら良かったのにな。

 テレビで特集しているのは小学生がなりたい職業ランキングの最新だった。上位を蕎麦屋とか引っ越し屋とか宇宙飛行士とかが占めるランキング。確かに宇宙はいいな。地球が滅んでも宇宙船にいればなんとかなるかもしれないし。あ、でも英語が話せないから無理か。共同生活もずーっと続けるのも無理だしそもそも滅亡するときは私はもう死んでるし、宇宙飛行士は却下。


  CMが入った。今からずっと未来の地球がテーマの映画だ。 


  「私この映画の世界で生きたいな」


  場面が変わって主人公サイドと敵サイドが宇宙を戦場に激しい航空戦を繰り広げている。ちょっと見た感じ大分デンジャラスで荒れてる世界なんだろうけど、この世界は地球が滅びる世界じゃないし。荒廃している世界だけど一般人だって生きているでしょ、多分。

 地球が滅びることが決まったあと、本来滅びるはずの時を超えたあと、つまり今から百四十年後以降が舞台の作品は避けられがちになった。書く人もいないし、読む人、というか読みたい人がいない。まあ私達が消えていくのに物語の中はハッピーだろうがバッドだろうがとにかく続いていく。そこに救いを求める人はいるけれど大半の人は自分が救われたがっている。心が狭いかもしれないけど世の中大半心の狭い人ばっかりだししょうがない。最近になってようやく未来が舞台の映画が作られだして、それでも大抵バッドエンド。さっきのCMは主人公がイケメンだったしヒロインも美人だったけど最後は両方死んで終わるんだろう。どうか彼らの宇宙ごと滅ぶような終わり方はしないでおくれ。

 テレビを見てるうちに夕飯が出来上がる。メニューはやっぱりそば。お姉ちゃんは一人暮らしで、パパはまだ帰ってくる時間じゃない。ママと二人で囲むというか挟む食卓。やっぱりそばは美味しくなかった。

 地球が滅ぶからって言っても未来のことだし、私が毎日学校に行くことには変わりはない。まあ引っ越しの関係で転校していったり転校してくる人は多いからまあまあ常に新鮮な気持ちの毎日だ。

 委員長のリコは昨日引っ越していってしまった。ウワサだけど、リコのパパは宇宙開発センターみたいなところに勤めていて、パパの昇進と一緒にセンターの近くに引っ越していった、らしい。ついでにそのセンターにはある都市伝説がある。あくまでネット上でだけど。


 「松谷が引っ越してしまったので代わりの委員長を決めたいと思います。やりたい人!」


  副委員長の添川くんがクラスに呼びかける。その彼も今月末でお別れで副委員長は添川くんの彼女のマユミちゃんになることが決まっている。リコにも彼氏がいてくれればよかったのに。

 そしてここで委員長を決めるにあたってややこしい問題が一つ。このクラスは現在三十二人で引っ越す予定が十五人。毎月何人か引っ越す人はいるがこんなに多いのは初めてだ。マユミちゃんを抜いて十六人、そこから諸々の委員会を抜いて十二人(私含む)で委員長を決めなくてはいけないのだ。私はできれば委員長になりたくないし、それは他の人も同様。無言のにらみ合いが続き、ついに清水くんがそろそろと挙手するまでかかった時間、三十七分。

 代わりの委員長は清水タイチ、副委員長は谷マユミ。添川くんはプリントに二人の名前を書くとじゃあ解散!と言って職員室へ向かった。貴重な放課後を四十分近く奪われた私達は無言で教室を後にする。このご時世だ、例えどんなに仲のいい友達ができても半年後にはどちらかが引っ越してしまう。中学まではそれでも連絡を取り合っていたけれど高校生にもなれば人間関係を作ることを諦めて特に親しい他人なんていなくなる。マユミちゃんと添川くんだってそのうち別れるだろう。


 最近の若者は冷たくなった。ワイドショーでも新聞の投書欄でも嘆かれている。そんなに騒がなくても百四十年経てばみんな死んで冷たくなりますよ、なんて私は思うけどお姉ちゃんは違うようで結婚したいだのなんだのよくママへの電話で愚痴っている。友達じゃなくてママに、というのがミソだ。そんなだから結婚できないんじゃないの、って思う。言わないけれど。


 「あんたのクラスいっぱいいなくなっちゃうんだって?」


 何が。話が大雑把なママは何が言いたいのかわからないことがよくある。数秒考えてクラスメイトたちのことを指しているのだと分かった。


 「そーだよ。みんなセンセイに命令されたところに引っ越しさせられるの」

 「命令って。そんな言い方ないでしょ」

 「命令だよあんなの」


 みんなそう。大体の人がそう。センセイの言うとおり全国津々浦々を引っ越し続けている人たち。みんな宗教に入っている。うちは入っていないけど、リコと添川くんは信者だしユウコちゃんだってそうだったような気がする。全国を引っ越ししてその土地の神様に奉仕の精神で仕えて徳だかパワーだかを貯めて、地球が滅んだ後に新たな地球をそのパワーで創り出す。ばかみたいだと思うけどそれを大真面目に信じてしまう人が意外といて今の総理大臣はそこの教祖。

 『転居補助法』、俗に引っ越し法とか呼ばれるこの法律が信者の引っ越しをよりしやすくしている。転居後にその地域で暮らしやすくするための補助金がもらえたり諸々の申請?がしやすくするための法律。加えて信者としてのグレードが高いと引っ越し料金が安くなったりそばをタダで貰えたりする。あとここがズルいなって思うんだけど信者の人たちが利用する引っ越し業者とかそば屋はその宗教(私は引っ越し教って呼んでる)が運営している。教祖が総理大臣になれるくらいだから信者はそれはそれは多い。だから小学生がなりたい職業ランキングに引っ越し業者だのそば屋が入るんだな。世の中はつくづく上手に回っている。


 「今一生懸命何か残したってどーせ地球は滅ぶじゃん。意味なくない?」


 中学生の時の道徳の授業、『未来の地球に残したいもの』とかいうハイパー無意味でつまんない話し合いにて私が瀬川さんに言った言葉だ。小学生の時もそうだけど『未来』『地球』『人類』とかのワードが入ったテーマは全然面白くないの法則。今回は二つ入っちゃってるからもうだめだ、何か当たり障りのないことを言えばいいんだからとっとと考えて後は居眠りでもしていよう…と思っていたけど、そもそもの疑問として私が投げかけたセリフが多分これ。瀬川さん(確か吹奏楽部だった)は考え込んだ後、そんな考えは良くないよ、と私を窘めた。

 「確かに地球は滅んじゃうけど、何も残らないっていうのは間違いだと思うよ。そんなに自棄になったらダメだよ」


 ごめんね瀬川さん。あなたの考えは高校生になった今でも理解できない。



 夢を見た。私は宇宙空間をふわふわ漂っていて遠くに火星が見える(なぜか燃えている。火のイメージに引っ張られすぎたに違いない。)。自分の意志じゃ体は動かせなくて宇宙に風はないのにまるで雲みたいにどこかへ流されていく。瞬間、なんとロケットが私のすぐそばを通った。通り過ぎた後の爆風(だから宇宙に風はないんだって)に呑まれ吹っ飛ばされていく刹那、ロケットの窓越しに乗組員と目が合った。乗組員はとにかく多かった。そしてロケットがかなり巨大であることに気づく、ロケットというより惑星並みの大きさだ。そしてその東京ドーム並みに大きい窓から見える乗組員たちは皆笑顔だった。何かから解放された瞬間のような、「生きてるって、スバラシイ!」みたいな表情でどこに向かっているのかもわからないロケットに運ばれていく。ほぼ直線軌道でロケットの進行方向と真逆の方向に吹っ飛ばされていく私の目に映ったのは地球だった。吸い込まれるように地球に近づいていく私は無意識にカウントダウンを始める。三、二、一、


地球は爆発した。



 最悪な夢だった。いつもは起きてしばらく経つと夢の内容なんて忘れるのにこの夢は消えない。おかげで三限目が終わった今も私の気分は悪い。


 「具合悪いの?」


 いつの間にか近くにいたマユミちゃんが声をかけてきた。こういう風に視野が広い所は副委員長に向いているかもしれない。


 「変な夢見たせいでちょい寝不足。なんか宇宙ふわふわしてたら人がたくさん乗ったロケットとすれ違って代わりに私は地球の爆発に巻き込まれるっていうね」

 「へー。予知夢じゃん」

 「予知も何も周知の事実じゃん。だから夢に見たんだと思う…というか予知ではないよ、人類ロケット乗ってるし。滅んでないじゃん」

 「いや、それが予知なんだって」


 ココだけの話ね、なんて言って囁かれた言葉は夢の不快感を吹き飛ばした。でも、心臓に鉛とパチパチする飴を同時に投げ込んだみたいな衝撃を私に残した。


 『なんか人類滅ぶ前にちょー大きいロケットで脱出するらしいよ。で、その計画がいよいよ決まりかけだからリコのパパは転勤したんだって』


 それから一週間くらいは時間が七段組のだるま落としみたいだった。マユミちゃんの言葉が木槌として一日一日を飛ばす。気づくと水曜、木曜、金曜…。

 部屋でぼーっとすることが多くなった。気づいたら寝てるから就寝時間は早くなって睡眠時間も伸びたはずなのに朝は決まって寝坊して遅刻する。家族にも先生にも心配されてクラスメイトも遠巻きに心配しているのがわかる。

 段々考え込む時間が多くなった。遅刻や寝坊はしなくなって周りは安心してたけどお姉ちゃんには「雰囲気変わった?」と聞かれた。前は何も考えてなさそうなんてよく言われたけど今の私は四六時中考えてるわけだからそりゃ雰囲気も変わる。


 人類は滅ばない。地球が滅ぶ前に脱出するから。


 この事実をどう受け止めるべきか、そもそも受け止められるのか。考えても考えても答えは出なかった。逃げるってどこに?どこかの惑星でコロニーでも作るのか、ずーっと宇宙をロケットで彷徨うのか。全員ロケットに乗せるのかな。置いて行かれる人とかはいるのかな。国ごとに違うロケットで逃げるのかな。もしかして全員一緒?やっぱり日本人は引っ越し教の信者が優先されるのかな。…コンクールと奉仕活動の日が被った瀬川さんはコンクールを休み、そのことはホームルームで配られた引っ越し教の広報誌に賞賛のコメント付きで載っていた。コンクールを、最後のコンクールを休んだことについて、瀬川さんのコメントは、確か。


 「何も残らないっていうのは間違いだと思います。何かしらの方法で何かは絶対に残ります」


 おめでとう、瀬川さん。あなたの言ってたこと、合ってたみたい。



 「ねえ、ママはさあ」

 「どうしたの?」

 「もし人類全員ロケットに乗って逃げますって言われたら嬉しい?」


 かろうじて『もし』を付けただけのどストレートな質問。ママは少し考え込むと右手を謎に動かしながら答えた。


 「そりゃあ嬉しいけど不安よね。宇宙で暮らしたことないし。それにやっぱりおばあちゃんのお墓は持っていけないわよねえ。ママ死ぬまでに一回は生でピラミッド見たいんだけどそれも無理だろうし」


 それにー、と話を続ける母を尻目に私は奇妙な高揚感に包まれていた。


 だってズルいでしょ、未来の人類。こっちは滅ぶだろうから色々未来の人たちが良い最後を迎えられますようにって頑張ってるのに(私は頑張ってないけど)結局ロケットで逃げますとか。一か月近くに及ぶ私の悩みの種はつまりそこだった。顔も知らない未来の人類への妬み、不公平感。

 

 それがどうだ。未来の人類はいろいろなものを置いていかなければいけない。家族のお墓を、世界遺産を、思い出を。

 勝ったと思った。ざまあみろ、とも。

 でも、話し続けるママの言葉が私に降った。


 「きっと私たちのお墓も置いて行かれちゃうのかしら、寂しいわね」


 いつの間にか自分がロケットに乗る話じゃなくて未来の人類が乗る話になったようだ。まあそれで合ってるんだけど。それよりも、『私たちも置いて行かれる』方だ。そうだ、未来人が置いていくなら私は置いて行かれる方だ。ロケットで逃げて、地球があの夢みたいに爆発する前に遠くへ逃げて、置いて行かれた私は地球と一緒に、海とか山とか姫路城とかスフィンクスとか超高層ビルとかお寺とか神社とかと、全部まとめて宇宙の塵になるんだ。


 怖い。

 純粋に怖かった。そして、私はそれを未来人に強制しようとしていた。それも怖かった。


 滅ぶまであと百四十年、私は十七歳。百歳まで生きるのならその時は地球滅亡まで五十七年になる。その時、ロケット計画はどうなっているのかな。私はどうなっているんだろう。


 冬になった。もうすぐ年末だ。副委員長になったマユミは引っ越してしまうことになった。そして、なぜか私が後任になった。相変わらず地球が滅ぶって実感はわかない。でも、


 地球が滅ばなければいいのに。初めてそう思った。来年の七夕の短冊にはそう書こう。駅前で配られていた引っ越し教の広報誌、いつもは避けるけど今日は貰ってしまった。パパが見たらいやな顔をするだろうから早めに捨てないと。表紙に描かれているロケットの絵が内側になるようにくるっと巻いてカバンに縦に突っ込む。

 

 今日も地球は回ってる。

  

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