第29話 疑惑の役人

帰還の挨拶を終えると、ベオウルフも交えて勇者の情報をどうやって集めるか、という話になった。


「私を売りに来た奴隷商人の筋から情報は得られませんか?」


レミリアが聞くと、ノイマンが答えてくれた。


「それなのですが、貴女を売りにきた奴隷商人はこの街に拠点を構えておりませんでした」

「確かベオウルフさまは教会が勧める奴隷商人から購入したと言ってましたよね?」

「あれはニックが言っていただけだからな」


ベオウルフが吐き捨てるように言った。確かにニック以外は誰も奴隷商人と交渉していない。


「ただ、ニックにレミリアの契約書を取りに行かせた時に、護衛として付けた兵士は奴隷商人と会っている。一応、取引したという奴隷商人は存在していた」


なんだかキナ臭い話になってきた。レミリアはニックを命の恩人だと考えていたが。

ノイマンが続けて説明する。


「ニックについて調査をしておりました。彼はこのバリアント領に籍があるのですが、両親は早くに他界しており、天涯孤独な身の上だったようです」

「ニックさん、やっぱり何か怪しいんですか?」

「行動に疑問な点はありましたが、その時点では特に決定的な何かがあったわけではございません」


ノイマンは、ニックがレミリアを実際に見たのに、ベオウルフの夜伽の相手として通してきたことや、怪しげな奴隷商人に会うのに自分の身の心配を全くしていなかったことを挙げた。


「私ってそんなに子供っぽい外見なんです?」

「鏡を見ればわかるだろう」

「そういう嗜好の者もいると思いますよ」


もう2度とあんな目に遭いたくないので全く問題無いが、ここまで否定されるとなんだか納得いかない。レミリアは頬を膨らませた。


「ですが、貴女達がマイラ村に向かった頃、ニックは姿をくらましたのです」

「マイラ村を滅ぼした連中がアルミダの奴隷商人にレミリアを流した。ニックは間違いなくその奴隷商人の関係者だ」

「じゃあ、アルミダに行けば私を売った勇者の名前がわかるんですか?」

「そこまで簡単な話ではございません」


バリアントにも奴隷を扱う店はいくつかあるが、商品として奴隷になる道は大まかにふた通りに限られる。ひとつは、犯罪を犯して刑期としての犯罪奴隷となっている者。もうひとつは、生活苦や事故での借金の返済のため、あるいは自らの意思で金銭を手に入れるために奴隷になった者。自身の要求も契約に盛り込むことができる。


レミリアの時のように拐われた者を買い取って、無条件で無理やり奴隷にするような犯罪集団の闇奴隷商人相手に、顧客のリストを要求するというのは、真正面から喧嘩を売っているに等しい。


「情報を得るにはアルミダのその奴隷商人を何とかするしかないわけですね」

「まあまず探すところからでございますね」


ベオウルフも煩わしそうに言う。


「今更ではあるが、ニックを捕らえて吐かせたら良かったな。勇者が捕らえた魔族を売りに出せるんだ。アルミダの教会や教皇庁は無関係ではないだろう」


このままでは八方塞がりではないかとレミリアは思う。


「私、アルミダにもう一度行きます」

「今度は俺も行くぞ」


ベオウルフは一緒に行くつもりのようだ。ノイマンが眉をひそめる。また仕事を押しつけて行くのかと言わんばかりだ。

ずっと考え込んでいたアレイスターがここで口を開いた。


「ニックやその背後について、どうも府に落ちないんだけどね。彼らは何がしたかったんだろうね」

「金が欲しかったんじゃないのか?」

「いや、レミリアを金に変えるだけなら、ここに売るより他所に売った方が儲かるよ。従来のお得意もいるはずだから、その方がリスクも低いし」


わざわざレミリアをベオウルフのところへ送り込む。表沙汰にはしていないが、そこで事故が起きたのだ。レミリアはアレイスターの言いたいことがわかってしまった。レミリアは不安そうな声を出した。


「アレイスターさん……」

「安心していいよ。君に害意が無いことを僕は疑っていない」


暗殺という言葉が浮かぶ。ニックはレミリアを使ってベオウルフを亡き者にしようとしたのではないか。

そして、そうだとして誰の差し金なのか。


「そこでね、僕は似たようなもう一つのケースに思い至った。まあ正確には、調べたら同一のケースであることが最近わかった」


アレイスターはベオウルフを見た。


「ベオウルフ、例の調査だが、僕にできることはもう調べ終えたよ」


ガタンと音を立ててベオウルフは立ち上がった。


「なんだ、同一のケースというのは、まさかそれなのか?」

「まあ落ち着いてよ。それについて、ここで話して良いだろうか」

「そういえばアレイスターさんはベオウルフさまの依頼で何かを調査するために来た客員と言ってましたもんね」

「うん、まあフィーンフィル側からの要請でもあったんだけど」


ベオウルフは考え込んでいる。レミリアを横目で見ているようにも見える。なんでこっちを気にするのだろうとレミリアは思う。


「わかった。アレイスター話してくれ」

「では聞いてくれるかい? 長くなるんだけど……」


アレイスターは調査していた内容を語り始めた。

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