第30話 アレイスターの調査
「僕はこの屋敷で2年前に起きた事故の調査をしていたんだ」
「事故ですか?」
「人が亡くなったんだ。死因が謎だったから事故扱いされてたんだけど」
亡くなったのはエレオノーレという当時17歳の女性。アレイスターが借りている部屋で亡くなったらしい。外傷は全くなく、嘔吐や皮膚の変色などの毒の痕跡も無く、死因が全くわからなかったらしい。
どこかで聞いたような話だった。
「僕としては、魔導的な考察が無いのが残念極まりないんだけど、この領地じゃあ仕方ない。エレオノーレはそのまま埋葬されたんだ」
ノイマンが咳払いした。処理を指示したのはノイマンだったのだろう。
「ちょっとここから先は聞かせ辛いからノイマンには退室してもらいたいんだけど」
レミリアのことをどこまで話すつもりかわからないが、こんな意味深な話をしているのに、領内の政治を司るノイマンが今から退室というのは無茶な話だ。ノイマンは動かない。
「後でベオウルフが話す分には構わないから」
「だそうだ。ノイマン下がってくれ」
「むむむ」
ノイマンが不承不承の程で退室する。
アレイスターは話を続けた。
「エレオノーレは王宮魔導士を辞して、この城に来ていたんだ。彼女はとても優秀だったからね。エレオノーレが調べていれば魔術の痕跡を調べることができたかもね。できるわけないんだけど」
「ずいぶん信頼してますね。アレイスターさんは知り合いだったんですか?」
「彼女は国王の妾腹の子でね。国王に頼まれてエレオノーレが5歳くらいの頃から魔法を教えていたよ。君の姉弟子みたいなものさ。義兄とは仲良かったんだけど、皇后からは母子共にキツく当たられていて、肩身が狭い思いをしていたんだけど、魔法の練習は楽しかったみたいだし、自信につながっていたんじゃないかな」
アレイスターは淡々としていた。結構深い付き合いのようだが。
クリスが横から口を挟んできた。
「会ったことはないのですけれど、魔導学院で一学年上にエレオノーレさんがいらっしゃいました。首席で卒業されてましたよ」
「クリスはどうだったんですか?」
「私は光以外の魔術が一切使えないので、卒業は容易かったですけど上位は無理でした」
クリスは魔力量も技術力も高いのに厳しいことだ。
「なんでそんな優秀な人が、王宮魔導士を辞めてここに来たんですか?」
なんでこんな辺境の小領地に、とは言わないが。アレイスターはベオウルフを横目で見てから教えてくれた。
「彼女はベオウルフの婚約者だったんだ。結婚直前だったんだよ」
「はあ」
ベオウルフには亡くなった婚約者がいたらしい。
歳若い領主ともなれば普通のことで、やや遅いくらいだ。
レミリアはチラッとベオウルフを見た。
別にカミングアウトされても動じることもないが、静かに目を閉じていた。まだ忘れられるわけがない。
レミリアは胸がチリッとしてしまった。
亡くなっている人なのに、自分はなんて浅ましいのだろう。ベオウルフは想像がつかない程辛かっただろうに。
レミリアが俯いていると、ベオウルフが言った。
「もう、過ぎたことだ」
「そんな割り切ったフリをしなくていいよ。君がエレオノーレをとても大切にしてくれていたことは、僕もよく知っているから」
ベオウルフはまた目を閉じてしまった。
(はあ、私は酷い女だ)
アレイスターのようにベオウルフを気遣うより、自分の感情が先に立ってしまった。
ベオウルフとレミリアの様子に苦笑しながら、アレイスターは話を先に進めることにしたようだ。
「調査書によると、発見時、エレオノーレが亡くなった部屋で子供の奴隷も亡くなっていたようだね」
「エレオノーレが前日に引き取ったのだ。まだ幼いのに随分と虐待されていたようで、見るに見かねたようだった」
「優しい人だったんですね」
「……ああ」
核心に迫ってきた。
「細かい奴隷の入手経路は調べなかったようだね」
「エレオノーレにしかわからなかったんだ」
「そこが今回と類似しているとしたら」
「どういうことだ?」
アレイスターは言い直す。
「エレオノーレは誰かから奴隷を紹介されたんじゃないのかな。単刀直入に言うと、奴隷を送り込まれたということさ」
「まて、あの子供がエレオノーレを害したと言いたいのか? 似たように死んでいるんだぞ」
「だから第三者が奴隷を介した魔術的な力で死に至らしめたと僕は考えて、いろんな術を調べていたのさ」
ベオウルフは今ひとつ府に落ちないようだ。
「それがレミリアの件とどう関係があるんだ? 今回は誰も死んでいないぞ」
レミリアは心臓を握られたような感覚に陥った。この話になるとわかってはいたが、実際こうなると言葉も出ない。思わずアレイスターを睨んでしまった。
「レミリア。アルミダにベオウルフを連れて行くなら、もう隠さずに全て伝えた方がいいと思うんだ」
「急にそんなことを言われても」
わかっていれば、オルトロスやクリスと連携できる。意図的にレミリアの支援を受けれるし、教会の連中はターンアンデッドが十八番だ。レミリアに触れていれば防げるのだ。
「なんなんだ2人で。勿体ぶらずに早く言え」
ベオウルフが苛立ち始めた。アレイスターがレミリアを追い詰める。
「レミリアの件でも似たような形で人が死んでいるんだよ」
「なんだと?」
「アレイスターさん、自分で話しますから」
レミリアは観念した。なんて人だろう。
喉がかすれて声がなかなか出ない。
「ベオウルフさま、あなた死んでいるんです」
混乱しているからだろうが、もっと言い方があるだろうにとアレイスターは思う。案の定ベオウルフには伝わらない。
「なんの冗談だ」
「冗談じゃないです。私と初めて会った日、気を失ったのを覚えていませんか?」
ベオウルフに屍術の話までしてみた。説明のためオルトロスを見せてみたり、クリスの話までした。
ベオウルフは左胸に手を当てながら言った。
「俺は生きているではないか。そう言われても全く実感が湧かない。心臓も動いているぞ?」
ベオウルフは全く違和感を感じていないようだ。
「レミリアの術で傷が完治するのは見ていたけど、体の機能も全て全快しているのかい? どういう仕組みなんだろう」
アレイスターは新しい発見に興味深々だった。ベオウルフを解剖しかねない顔だ。レミリアはなるべくそっちを見ないようにした。
「もう生きているとか死んでいるとか、線引きがよくわからなくなりますね。ベオウルフ様はレミリアさんに使役されて支配下にあるから、受け入れやすいのかもしれないですけれど」
クリスもお気楽だ。
レミリアだけが深刻なようだった。
「ベオウルフさま、どうですか?」
「俺はレミリアの支配下にあるのか。それは面白いな。これからはレミリア様とかマスターだとか呼んだらいいのか?」
「ベオウルフさま……」
あまり考えない性格なのか順応が早すぎた。
レミリアだけ焦っているのが馬鹿らしくなってきたが、やはり死んだことを隠して使役していたことには変わらないし、どうしていいのかわからない。
「だが、ずっとアレイスターと隠し事をされたのは気に入らないな」
そう言いながら跪いてレミリアの手を取った。
「えっ?」
「使役されてやるから、次からは隠し事は無しだ。わかったな」
そう言いながらレミリアの手の甲を自分の額に当てた。レミリアは真っ赤になった。
「こ、こんな時に何してるんですか。わかりましたから!」
「なんて緊張感が無い展開だろう」
「ここまで来ると使役状態だけが理由ではない感じがしますね」
クリスが目を輝かせながらそう言った。
「ベオウルフには理解してもらったとして、もう話を進めるね」
アレイスターは再び話し出した。
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