第25話 聖女現る
少し時間を遡る。
レミリア達がマイラ村に到着する少し前、付近の森の中を一人の女性が歩いていた。
彼女の名はクリスティナ。教会勢力で最高クラスの光の魔力の持ち主で、教皇庁で女僧侶の最高位「聖女」の階級を与えられていた。
腰まで伸びる青くて細い髪が、白いドレスのような聖女の衣装に映える。顔立ちも整っており聖女を体現したような容姿だった。
約1週間前、ある勇者一行が国境沿いの街アルミダの近くにある魔族の村を殲滅し、首都エテメンアンキに凱旋した。その勇者を称える祝典において、クリスティナは聖女として勇者に盛大な祝福を与えた。
彼等は凶悪な魔族に対して奮闘し、いくらかは取り逃したものの、多くの魔族を倒し、数名を捕縛し、魔族が召喚した上位魔獣をも退ける戦果を挙げたらしい。
祝典の最後に捕縛した魔族のうち数名が処刑された。教義の通り、聖槍で四方から突き殺す、文字通りの惨殺。
クリスティナは分かっている。どうせ彼等は突然襲われて連れてこられただけで、何も悪いことはしていない。
それなのに、こんな惨虐な行為が行われ、民衆は教皇や勇者を褒め称えるのだ。
今や教皇庁は「人族至上主義」を掲げ、人族を最も尊い種族とし、他種族、特に魔族を虐げ滅ぼすことを推進する連中が幅をきかせている。
教会の教義は本来はそんなものではなかったはずで、実際に魔術が発現し、力を貸す神が存在することが確認されている世界で、神がそのような思想を許すはずがない。
クリスティナはずっと考えてきた。こいつらは狂っていると。教皇庁が、教会が、勇者が、急進派がではなく、エテメンアンキの全てが、教皇庁領の全てが狂っている。最初からここは自分が居たい場所ではなかったのだ。
クリスティナは直ぐに行動を起こした。聖女の地位を使って地下牢に忍び込み、教皇庁の聖女でも彼女しか使えない『天使召喚』によって能天使を召喚し、魔族を救出しつつエテメンアンキを脱出したのだ。
教皇庁の急進派の司教ルカリオは怒り狂い、クリスティナ追討の為の刺客を差し向けた。
教皇リヒャルト他、急進派ではない幹部も、教皇庁内部の事情に精通し、教皇庁最強の魔力を保持し、天使召喚を始めとした光魔術に長けた聖女を生かしては置けないため、特に止めなかった。
代わりの筆頭聖女には、クリスティナの腹違いの妹アドルフィナが任命された。彼女はクリスティナとは致命的に仲が悪かった。
クリスティナは能天使達に、救出した魔族をエルフの国アルフヘイムの安全な魔族の村まで送り届けるように指示し、自身は彼等が気にしていた故郷の村の様子を見に行くことにした。
クリスティナは賢く、知識も行動力もあったが、小さい頃から教皇庁を出たことがなく世間知らずだった。そのため、自分の格好が明らかに聖女のそれでありながら浮いているのを隠さなかったのと、ちょっと庶民では扱いづらい単位の金貨を両替せず支払いに使ったりしたため、すぐに足がついてしまった。
ルカリオが放った刺客は、クリスティナがアルミダを過ぎたあたりで彼女を捕捉した。現在、距離を置いて追跡中だ。
そんなわけで、現在、教皇庁の刺客を引き連れたクリスティナが、マイラ村跡地に向かってきていた。
それがアレイスターの探知に引っかかったのである。
遠目に見えた侵入者は教会の女僧侶の格好をしていた。
「あれは教会の女僧侶だね。遠目に見ても強い光の魔力を感じるよ。
「死者を弔いに来るような人達ではないんですよね?残党狩り、とか?」
女僧侶が村の入り口に立ち、こちらを見ているように見える。そして、おもむろに手を掲げて祈り始めた。
「まずい! レミリア、ご両親に触れておきなさい。オルトロスも呼び寄せて」
「え!? お父さん、オルちゃん、こっちへきて」
その瞬間、女僧侶の手から光が放たれ、辺り一帯が光に包まれた。
「眩しくて見えない! なにこれ!」
「『
不死者回帰はその名の通り、アンデッドを浄化して天に返す魔術で、浄化されたアンデッドは消滅する。
アレイスターは開示し忘れていたが、魔導書によるとレミリアが触れて直接魔力が繋がっていれば浄化は回避できるようだ。
光が収まる。
オルトロスは無事なようだ。何事もなかったかのように起き上がり、女僧侶を威嚇し始める。
しかし、両親はあからさまに衰弱し、父は座り込んでしまった。
「レミ……リア……」
母が声を出した。
「えっ!? お母さん! 大丈夫??」
膝を貸してくれていた母がレミリアの頭を撫でてくれている。父もレミリアをじっと見ている。
「自発的に動いている? これは奇跡なのか?」
アレイスターは考えた。強いて言うなら、ターンアンデッドで屍術の魔力が著しく弱まり、不死者の組成のうち死者の肉体が占めている割合が増えたために起きた現象だろうか。しかし、奇跡としか言いようがない。そして、両親に残された魂の力は弱く、もう時間はあまり無いはずだ。
そこで女僧侶が駆け寄ってきた。
「あなた方、危ないですよ! そこの犬は不死化した危険な魔物です! そちらの方々も不死者ですよ。でも私のターンアンデッドで浄化されないなんて」
客観的に見れば正しく、親切で言っているのは間違いない。
しかし、レミリアを激昂させるだけだった。
「お父さんとお母さんに酷いことしないで!」
アレイスターは家の残骸を死角にして傍観せざるを得なかった。
この女僧侶は下手したら自分を知っているかもしれない。
「ご両親ですって?」
女僧侶は状況を理解する様にレミリア達を見回した。この少女は生きている。両親だけが不死者だ。
「私はクリスティナ。お嬢さん、あなたのご両親は不死者になっています。お分かりになりますか?」
「だからどうしたんですか」
クリスティナは驚いた。分かって近づいているのかと。よく見ると少女は魔族のようだ。この村の生き残りだろうか。
「あなたはこの村の生き残りなのですか?」
「そうですよ。人族が私のお父さんやお母さん達を殺したみたい。今更、この村にいったい何の用ですか」
「話せば長くなりますが……」
クリスティナは自分がここまで来た理由を話した。
レミリアは怒りを露わにした。
「処刑て、そんな……」
「ごめんなさい、私には止める力は無かったの」
本当かはわからないが、クリスティナは処刑を免れた人を救ってくれたらしい。レミリアの父と母もクリスティナを見ていた。
「話を戻すのですけれど、あなたのご両親は不死者になっています。理を外れて、このように魂を縛ると、ご本人は大変苦しい状態になるのです。浄化をお勧めいたします」
「お父さん、お母さん、そうなの??」
レミリアははっと気づいた。意思を表に出せない両親を見ても、自分の感情のことばかり先に立ち、そんなことを気にもしていなかった。
「……レミ……リア」
母はなかなか話せないようだ。
父がなんとか喋り始めた。
「レミリア……確かに楽な状態じゃないが……レミリアが望むならと……母さんもきっと同じだ」
「お父さん!!」
レミリアはまた泣き出した。レミリアは傀儡のような状態で復活した両親に失望していた。本人達は苦しいのに無理をしながら、自分の意思でレミリアの側に居てくれいたのだ。
クリスティナはそんな様子を見ていた。
魔族はこんなにも心豊かではないか。それをあんな風に冷酷に扱うなんて。私は何も間違えていなかった、と。
「レミリアさんのお父様、お母様が望まれるなら、私がお二人を安らかにお送りいたします」
「余計なことしないで!」
「ですが、このような事は長くは続きません。レミリアさんのためにも、どうか」
クリスティナは両親に語りかけた。
両親はお互い向き合うと悩む事なく答えた。
「お願い……します」
「お父さん! お母さん! 私を置いて行かないで! ひとりにしないで!」
レミリアは泣きじゃくる。
母が声を絞り出す。
「レミリア……赤ん坊のあなたを預かってから……ずっと大切にしてきたの」
「レミリア血は繋がらないが……お前は俺たちの娘だ」
さっき里親だと言わせてしまったことを、すごく気にしているようだった。
「そんなこと……そんなこと、今でも疑ってないよ!」
「なら……よかった」
母の魂は繋ぎとめるのがもう限界のようだ。
レミリアだってわかっている。
「俺たちもそろそろ無理そうだ……本当にすまない」
「レミリア……」
魂から絞り出す声に、レミリアは絶望したように涙を流し続けている。
「レミリア……笑顔で送って欲しい」
「そんなの、そんなの無理だよ」
親は子供の笑顔を見るのが一番の幸せなのだ。
レミリアは頑張って泣き笑いの顔までは作れた。
クリスティナがターンアンデッドの光を作り出す。
「ありがとうレミリア……ここで別れるが……俺たちはずっとお前を見守るよ」
「レミリア……本当に愛してる……挫けないで強く生きてね……」
「お父さん、お母さん、絶対忘れないよ。育ててくれてありがとう」
3人で抱き合ったあと、両親はレミリアから手を離した。
ターンアンデッドの光に飲み込まれていく。
レミリアは光が収束するまでずっと見ていた。
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