第26話 聖女を追う刺客

ターンアンデッドの光が収束した時、クリスティナの後ろから声がした。


「魔族風情が家族ごっこですか。でもまあなかなか泣ける話じゃあないですか。ねえ、クリスティナ様」


神官服を着た男が茂みから歩いてきた。ニタァとした下品な笑みを浮かべてクリスティナとレミリアを見た。

クリスティナは憮然として男を睨みつけた。


「無粋な方ですね。どちらの教会の方ですか? 私はあなたを存じ上げませんが」


クリスティナは知らない人のようだ。男は高笑いをしながら説明する。


「私は異端査問官のクレハという者です。以後お見知り置きを。とはいってもすぐにお別れですがね」

「異端査問官? まさかエテメンアンキから私を追ってきたのですか?」

「クリスティナ様、貴女、随分と無茶をやらかしたそうじゃありませんか。ルカリオ猊下が大変お冠なんですよ」


その瞬間、クリスティナの後ろに刺客が現れ、クリスティナの左胸に背中から刃を突きつける。

しかし必殺の一撃はクリスティナに届かず、寸前で刃が止まった。クリスティナが『光の盾ライトシールド』を展開したのだ。


更に刺客の後ろに能天使が現れ、刺客の首が飛んだ。辺りに血を吹き出しながら身体が崩れ落ちたが、シールドに阻まれクリスティナの白い服には返り血すら付かない。


「おお、怖い怖い。あのタイミングで攻撃を防ぐばかりか、眉ひとつ動かさずに天使まで呼び出して殺すとは。いやあ、自動発動しているのかなあ?」


クレハの想像通り、シールドはクリスティナが身につけている首飾りによる自動発動、天使はクリスティナが無詠唱で召喚したものだ。

レミリアは一瞬のことに声も出ない。


瓦礫の陰からアレイスターは様子を伺っている。

クレハとは教皇庁で顔を合わせたことがある。異端査問官としては申し分無い能力の男だ。査問官などと言っているが、適当に理由をつけて教皇庁に不都合な者を暗殺して回る者達だが。

自分の探知魔術に引っかからない程に優れた隠匿術を使って侵入してきた。わざわざ声をかけてきたのは悪趣味なのか自信の現れか。


クリスティナの実力は相当なものだ。あれだけの力を持つなら、クレハに遅れは取らないはずだ。アレイスターが教皇庁の関係者から身を隠すことを優先しても大丈夫だろう。

いざとなればレミリアを助け、見た者を全て消せば良い。アレイスターは静観を決めた。


クリスティナはクレハを睨みながら言った。


「身にかかる火の粉はしっかり払いますので、覚悟してくださいね」

「フフフ、ろくに戦闘経験の無い魔力貯蔵庫風情に何ができるのでしょうねえ」


言うや否や、クレハはクリスティナの懐に飛び込んだ。クリスティナの腹部を殴りつけるがシールドが展開される。


しかし、その直後、クリスティナの背中から何かが突き出した。クレハの腕から生えたエネルギーの刃がクリスティナの腹から背中に向けて貫通している。


「がはっ!? なん……で……」

「フフフ、シールドなど無駄なのですよ。惨たらしく死になさい」


突き出した刃が砕け、そのエネルギーがクリスティナの中で電撃となり弾けた。

クリスティナは声もなく絶命し、地面に倒れた。ピクリとも動かない。


無属性の魔力は他属性の魔力を貫通する。

クレハは従者に攻撃させ、クリスティナにオートシールドによる絶対防御から来る慢心を誘い、貫通するスキルを避ける選択肢を与えずに殺し、天使によるカウンターが来る前に倒したのだ。口だけではない恐ろしい男だった。


「任務完了ですね。さてと……害虫駆除は命令にはありませんでしたが」


レミリアの方を見る。

再びニタァとした笑みを浮かべながら言った。


「生きたままバラバラにして遊んであげますよ」


クレハがレミリアにゆっくりと近寄る。

オルトロスが変化を解いて元の姿に戻り、男に体当たりをかました。

男は驚いたが、光の盾で防ぎ後退した。

オルトロスはブレスで追撃するが、シールドで防ぎきられる。


「おや、勇者がオルトロスを撃退したと報告を受けていましたが、倒せてはいなかったのですか。所詮は情けない三流勇者ですねえ」


クレハは邪魔をされて気分を害したようだ。


「『雷の刃』で魔力を大半消費したのに、面倒ですね」


男は腰の鞄から小瓶を取り出そうとする。マジックポーションだ。


「回復なんてさせない!『闇撃』!」


レミリアが攻撃するがシールドで防がれる。レミリアは続けて連打するが全部止められた。


「真正面から撃ち込んでも当たるわけがないでしょう? フフフ」


オルトロスも再度飛びかかるがシールドで止められる。

クレハはオルトロスを止めながらマジックポーションを飲み干し、オルトロスに先程の刃を突き刺した。


オルトロスが弾けて、咆哮を上げながら地面に倒れる。


「オルちゃん!!」

「へえ、貴女が使役しているのですか? 必死な感じがいいですねえ。ちょっと力を使い過ぎましたが」


クレハは再びポーションに手をかけようとする。

そこでアレイスターがレミリアとクレハの間に割って入る。


『バインド』


魔力の鞭がクレハを幾重にも拘束する。

レミリアが毒づいた。


「ここまで見てるだけとかちょっと酷すぎません?オルちゃん痛そうなんですけど。私の中でかなりポイント下がりましたよ」

「ごめんごめん、教皇庁の連中に見つかりたくなかったんだよ。僕が手を出したらフィーンフィルと戦争になっちゃうし」


バインドされたクレハはアレイスターを見て目を見開いた。


「貴様! 賢者アレイスター!? なんでこんなところにいるんだ」

「んー、君には関係無いかな。見られたからには確実に消えてもらうけど」


アレイスターが手をかざす。奔流する魔力が手の中に収束してゆく。

クレハは拘束を解こうと魔力を放出するが、全く手答えが無い。


「なんだこのバインドは! 全く解除できない!」

「君が得意な無属性の魔力で発現させた特別製さ。あんなもの立て続けに放った君に、もう解く魔力は残って無いだろう?」

「やめろ! やめてくれ!」


アレイスターは手のひらに収束した魔力を、ピンと指先で弾いてクレハの足元に飛ばした。


『メギドフレイム』


炎の柱がクレハの下の地面から空高く吹き上げた。

アレイスターの魔力を収束した高密度の炎が骨まで跡形もなく焼き尽くす。

クレハの断末魔の叫び声が響き……消えた。

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