第7話 屍術(ネクロマンシー)

「いいかい? 今から君に、ある闇の魔術のページを見せるからね。きっとそれを見たら、君は僕の言いたいことがすぐにわかるはずだ」


アレイスターの手が止まった。


屍術ネクロマンシー


そんな魔術名が記載されているページだ。


死者を支配する為の術。

不死者を作り出す術と、それを使役するために有用な魔術群の総称。

権能を持たないと使用できない。


死者に闇の魔力を送り込む。

死者の状態、術者の能力次第で様々な不死者になる。

術者は不死者を操ることができる。


そういった内容だった。

レミリアの鼓動が跳ね上がった。


「わ、わわ、私、こんなの知らないです!」


レミリアは思わず叫んでしまった。

アレイスターがレミリア自身が知りもしなかった真実を提示した。

もう自分の心音が聞こえるんじゃないかと思うくらいバクバクする。


「目を逸らしてはいけないよ。ベオウルフは、アレは生きていない。そんなのは見る人が見ればわかるんだ」


ベオウルフを見たときアレイスターは気づいたのだ。

彼を動かす、彼の中に渦巻く闇の魔力に。

レミリアはベオウルフが倒れ動かなくなり、

息をしない、鼓動もない状態……死んでしまったことに愕然とした。

その時、必死に蘇生を願うことで、レミリアの権能が発現したのだ。

彼の中の闇の魔力は、レミリアが満たしたものだ。


「私も不思議で、ベオウルフさまが倒れたのは夢だったんじゃないかって、本気で思ってたのに」


項垂れながら、かろうじてそう応えた。

実際それが事実なのだ。あの自我を持って動き回るベオウルフを見て、魔術の知識が無ければ無理もない。


「何があったのか、話せるね?」

「はい……」


レミリアは説明した。ベオウルフがどうなったか、黒い雲のこと、気づいた後のこと。


「なるほど、ベオウルフが倒れた理由が今ひとつわからないけど、君が屍術を施していると断言できる」


ベオウルフの死因についてのみ、レミリアは記憶が無いという。実際、レミリアはのだが。


「ベオウルフさまが動かなくなった過程は全く覚えてないです。外傷は無かったし、苦しむ様子もなくて、本当に一瞬のことで、わけがわからなくて」

「無意識になんらかの魔術が発動してるとしか考えられないね」


アレイスターは頭の中でいくつかの可能性を考察する。奴隷商によって本人が気づかぬところで施されていた呪術とか?しかし、あの部屋に呪術の痕跡はなかった。

外傷が無いとなると……


「やっぱり私でしょうか……」


ちょっと納得がいかない。

でも、ベオウルフが死んでいるとなると、ベオウルフが動いていたために、すっかり蓋をされていた罪悪感と、心配事が再びレミリアにつきまとう。


「私、たぶん人殺しなんですよね。アレイスターさんは私をどうするつもりですか」


レミリアは俯いてしまった。

アレイスターは息を吐いて、椅子に深く座り直す。


「まあ、状況的にということでしかないから、君だと決まったわけじゃないよ。もし君の力なのだとしたら、二度とこんなことが起きないように、君はちゃんと闇の魔力を扱う術を学ぶべきだ」


レミリアは返事をしない。


「安心していいよレミリア。僕はこのことを公にする気はないんだ」

「……どうしてですか」

「そりゃ、このバリアント領はパニックになるからさ。当主がいなくなるんだ。彼には跡継ぎがまだいないから、新しい領主が来て中を引っ掻き回されるだろうね。他所に合併なんてされたら、下手したらみんな農奴みたいに扱われて徴税で絞り取れるだけ絞り取られるかも」


ノーラ達のような召使いも辛い目に遭うだろう。

レミリアの胸に矢が何本も突き刺さる感じだ。

とんでもないことをした実感が強くなる。


アレイスターはレミリアに言わなかった。

ベオウルフが不死者となっても不問とする、もう一つの理由を。

アレイスターが自らの真の権能を使用すれば、

ベオウルフをに戻せるであろうことを。


「でも、昨日のベオウルフは考えられないくらい安定していた。屍術で作られた不死者、あれならゾンビになるのかな? とはとても思えない。見た目は生きているようにしか見えないし、昨日の立ち回りは彼の自我そのものが働いているとしか思えなかった」


アレイスターは心なしか興奮気味だ。

心がへし折れているレミリアにはわからないが、未知の魔術に心踊っている。

しばらくは成り行きを見てみたいのだ。


「最後に君に近づく僕に、あからさまな不快感を示してきた。彼には感情もちゃんとある。ベオウルフは生きていると言ってもいいくらいだ。君の屍術は蘇生に近いレベルで生ける屍リビングデッドを作ることができる、もはや特別な力だと思う」

「特別な力なんて……ベオウルフさまを不死者にしてしまっただけじゃないですか」


レミリアは完全に折れていた。


(おや、ちょっと効きすぎたかな? そこまで糾弾したかな? まあずっと悩んでいたということか)


「ベオウルフさまにはなんてお詫びしたらいいか」

「ベオウルフの件は仕方ないんじゃないかな。起こったことを後から悩んでも仕方ない。それに、君は拐われて連れてこられた被害者じゃないか。君はこのままでいいのかい? 今なら現状を変えることができるよ」

「何をすればいいんですか」


レミリアには魔力を扱えるようになってもらう。


「さっき言ったじゃないか。君には僕の元で闇の魔力を扱う術を学んでもらうよ。具体的に言うと様々な知識を身につけて、屍術を使いこなせるようにすること。自分の身を守るため、使役する不死者のために、魔術や魔法を身につけることかな。これは今のベオウルフをサポートすることにもなる」


弱い魔族なんて迫害されるだけの存在だ。

強くなれば好きなように生きていける。


「なら、私に力の使い方を教えてください」

「最初からそのつもりさ。明日からやろう。便利だから闇以外の属性も教えてあげるから」

「よろしくお願いします」


「昨日の感じだと、今日は君の隷属契約書の話と、城内での扱いを話し合うんじゃないかな?部屋で待機していた方がいいと思うよ。それまでにはベオウルフと話しておくよ」


こうして、アレイスターとの特訓が決まった。

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