第8話 奴隷契約解消

レミリアは部屋に戻って布団にうつ伏せになった。

アレイスターとのやり取りは非常に疲れた。

結局、彼は寝室でベオウルフを初めて見た時から全てわかっていたのだ。


何も考えられないまま鬱々としていると、メイド長のカミラが昼ごはんを運んで来てくれた。

カミラの話だと、まだ処遇がはっきりとしていないため、レミリアはまだ出歩かない方が良いらしい。朝食も運ばれる予定だったようだ。


アレイスターとの話のショックであまり食が進まず、半分残してしまった。下げに来た赤い髪のメイドのアンナが勿体ないという顔をしていた。領地はそこまで裕福ではない。


暫くするとベオウルフから呼び出された。

昨日散々だったニックという役人が案内役だ。間接的とはいえ、レミリアの命の恩人だと思っていたので、一緒に向かう途中に礼を言っておいた。ニックは一瞬戸惑ったように見えたが、「良かったですね」と返してくれた。


ベオウルフの執務室に着くと、ニックは退出していった。中にはベオウルフとノイマンが待っていた。


「レミリア、そこに座ってくれ。って、お前顔色悪いぞ。ホノに用意させた食事は、きちんと食べてるか?」

「いただきました。お気遣いありがとうです」


顔色が悪い自覚はあるが、体調が悪いわけではない。

さっきの話のショックが大きいのと、ベオウルフを見ると罪悪感が半端ないだけだ


(身勝手だけど、しばらくはちょっと距離置くしかないのかな)


アレイスターと魔術の練習を続けていれば、吹っ切れるようになるかもしれない。

レミリアが呆けてる間に、ベオウルフが一枚の書類を取り出して掲げた。


「さっき、ニックが奴隷商から契約書を受け取って来た」


隷属契約書。

これがあると奴隷が逃げたり、所有者に危害を加えることができないよう魔術的に縛られる。

真っ当な契約書だと、奴隷側の希望も記載されるが、今回の書類は一方的なものだ。


レミリアは、ふと違和感を覚えた。


(よく考えたら、これって少しおかしい気がする。この契約だと、私がベオウルフ様に危害を加えることはできないはずなんだけど)


故意でなければ良いなどという抜け道があるのか。

実はレミリアは犯人ではない……?

レミリアが思考している間も。

残りの二人は契約書について意見を交わしていた。


「しかし拐われた者に確認もせず、これに血判させるとは。城下にこのような業者がいるというのは、由々しきことですな」


内政も預かるノイマンにとっては課題が増えたようだ。


「しかも教会の紹介と聞いていたからな。教会がこのような違法に関わっているというのか」

「キナ臭い気はいたしますが、証拠が無いので追及はできませんね」

「レミリア、解約手続きをするから、ここに血判を押してくれ」


ベオウルフが契約書をレミリアの目の前に置いて、

下の方にある解約の覧を指差した。

一緒に指に傷を付ける道具を渡される。

この道具に毒を仕込まれる場合があるので、普通は自前で持ち寄るものだが。


「自分で針刺すの、ちょっと怖いです」

「すまないが、こればかりは仕方ない。今後はこのような目に合わせないよう気をつけるから」


ベオウルフが横に来て気遣ってくれた。優しく見つめられる。レミリアは少し顔が赤くなる。


「怖いなら見ないようにしていろ。こちらでやろう」


ベオウルフは道具とレミリアの右手を取る。

レミリアの顔はますます赤くなった。


(強引だなあ。わざとやってるのかなこの人)


少しチクっとしたが、ベオウルフが横にいるせいで緊張して、怖いのはすっかり忘れてしまった。

既に奴隷商人が所有者として血判していた。レミリアが、血判を押すと、契約書が青い炎を上げながら消え去った。


「これで約束は果たせたな」

「ベオウルフさま、ありがとうございました」


そう言いながら、レミリアはもうひとつの契約のことを考える。

魔導書には、屍術は術者が対象を操れると書いてあった。ベオウルフはレミリアに優しくしてくれる。無意識に術で操っているのか、都合の良い人格を作り出しているだけなのか。


アレイスターはベオウルフの人格は以前と全く違和感が無いと言っていた。レミリアは昨日までベオウルフのことを知らない。人格を模倣するような操作は不可能だ。


しかし、ベオウルフは「レミリアに何かしてやらなければならないと心の奥から声がする」と言っていた。それが屍術の操作だとすれば説明がつく。


(なんだか寂しいな。もしベオウルフさまの自我で私に優しくしてくれてたら……でも結局、全部魔術の力なんだよね)


レミリアは下を向いて考え込んでいた。


「おいレミリア、聞いているのか?」

「は、はい!」


声をかけられていたようだ。

レミリア慌ててそちらを向く。


「なんだ、本当に調子が悪そうだな。お前の処遇を伝えたいんだが、いいか?」

「え、ごめんなさい。聞きます聞きます」

「アレイスターからお前を鍛えたいと言われているんだ。素質があるから鍛え甲斐があると言っていたぞ」


アレイスターは既に話をしていたらしい。


「そこで、レミリアの扱いは難しいので、アレイスターに一任することにした。奴の助手ということになったから、仕事と思って奴の書斎に毎日通うといい」

「アレイスターさんの助手ですか?わかりました」


既に打ち合わせていたことだ。

アレイスターとの勉強が日課になるわけだ。

彼が魔導を語る時、ついていけないことがある。

あれさえなければ、完璧に良い人なんだけど。


ノイマンが付け加えた。


「部屋は今のまま使ってください。三食付けますので、魔導士になってバリアント領に貢献していただけると助かります」


用件はこれで終わりだ。

奴隷から解放された割に、レミリアは浮かばない顔で退出したのがベオウルフは気になった。

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