第4話 城の散策

柔らかい布団に包まれて、いつまででも寝ていられそうだった。

薄手の掛け布団に包まっていると、少し肌寒いが今が一番いい季節なんだと思わなくもない。

この1週間は気が安まることが一度も無かった。

溜まっていた疲れが布団に溶け出していく気がする。


そんな幸せは扉を叩く音と共に終わりを告げる。

 

トン。トン。


「レミリアちゃん! おはよう!」


扉を叩く音はともかく、声が大きすぎた。

レミリアは慌てて上半身を起こした。


「ふぇ、ノーラちゃん??」

「うん、普段着持ってきたよ。入っていい?」

「たった今、起きたばかりなんだけど」

「気にしない気にしない。おじゃましまーす!」


ガチャっと扉を開けてノーラが入ってきた。


「おはようレミリアちゃん。これ、昨日アンナが言ってた普段着だよ」

「ノーラちゃん、おはよう」


眠たい目を擦りながらノーラが持ってきた服を見る。

綿生地ぽいアイボリーのワンピースと、下着とカーキ色のケープが置いてあった。


「レミリアちゃんに丁度いいサイズの予備の服がメイド服くらいしかなくて、このワンピースはカミラさん……えと、メイド長の娘さんのお古らしいよ」


襟元と袖口とスカートの裾に赤い刺繍がしてあって、とても可愛い服だと思った。


「こんなのいただいていいのかな」

「お古だしいいんじゃないかな? 気になるなら後でお礼言いに行こうよ」


着替えようと思ったけど、

昨日は清めてもらった後に床に倒れたりしたので、

なんだか身体が埃っぽい。


「先に顔を洗うなら水場まで案内するよ」

「お願いしていい?」


二人で話しながら水場まで歩いて行った。

ノーラはコロコロ話題が変わるけど、何でも大袈裟に反応するので話していて楽しい。


(もう友達? っていいなあ)


レミリアが寝ていた場所は2階の端の部屋だったようだ。

近くの階段を降りてすぐに水汲み場があった。


水場に行くと、メイド長のカミラが水を汲んでいた。

カミラは髪を後ろで一つにまとめて眼鏡をかけている真面目そうな人だ。30代前半くらいなのだろう。レミリアより少し上くらいの娘がいるのもわかる。


「あ、丁度いいや。カミラさまー!」

「もうノーラ、朝から大きな声を出さないで。さっきも、こっちまで聞こえていましたよ」

「あらら、怒られちゃった」


ノーラは、やっちゃったという顔でレミリアを見た。

カミラもレミリアに目を向けた。


「レミリアさん、メイド長のカミラと申します。昨晩は良く眠れましたか?」

「はい、おかげさまで。カミラさん、よろしくお願いします」


カミラはレミリアに微笑むと、

持っていた水桶をノーラに渡した。


「うわっ!」

「ノーラ、厨房までお願いね」

「わかりました……レミリアちゃん、またね!」


ノーラはよろめきながら水桶を運んで行った。


「あ、カミラさん、素敵なお洋服ありがとうございます。大切なものだと聞きました」

「気にしないでくださいね。衣服も着てもらってこそだと思いますので」


それから、カミラに顔を洗う場所を聞いた。

井戸から水を汲んで、近くの木桶に移して顔を洗うらしい。

顔を洗って部屋に帰ると、早速普段着に着替えてみた。サイズはピッタリだった。




服を新調したら外を歩きたくなるというもので、

レミリアは城内を散策することにした。

階段を降りずに2階を散策してみようと思う。


(そういえばアレイスターさんに会いに行かないと)


アレイスターの部屋がわからないので、

適当に歩きながら、会った人に聞くことにした。


考えている間に、すぐ2階の端に着いてしまった。

誰ともすれ違わなかった。


(あれ? 意外と狭い?)


この城は、屋敷と言って差し支えない程度の建物だった。


ベオウルフが治めるバリアント騎士爵領は、

大陸の西側を支配するフィーンフィル王国の所属だ。

大陸中央にある教皇直轄領との国境近くにある。

王国の北にはエルフの治めるアルフヘイムがあり、それら以外の土地は、他にも幾つかの小民族国家はあるが、ほぼ全てガラリア帝国が支配している。


騎士爵は最低位の爵位であり、

与えられている土地、領民、農奴も少なかった。

故に権威の象徴、中央建築物である領城も小さい。

城の2階は中心に領主の執務室があり、

あとは領主一族の部屋がある。

ベオウルフの両親は他界している。

他に妹がいたが嫁いでおり親族は城にいない。


それはさておき、

レミリアは仕方なく1階に降りた。

降りてすぐに厨房があった。

恰幅の良い女性が忙しなく働いていた。

いい匂いがする。

レミリアはお腹が空いていることに気づいた。


(そういえば、昨晩から何も食べてないや。凄くいい匂い。玉ねぎを炒めてるのかな? もう我慢できないよう)


物欲しそうに厨房を覗いていると、

女性がレミリアに気付いて声をかけた。


「おや、みない顔だね。お客さんかい?」

「昨日からお世話になってます。レミリアと言います」

「ああ、やっぱり例の娘さんかね。あんたの飯も用意するように言付かっているんだよ。すぐに仕上げるからちょっと待ってな」


女性は炒めていた鍋に水と塩を加えてから、

レミリアの方に向き直る。


「あたしはホノっていうんだ。この厨房をまかされている」

「ホノさん、よろしくお願いします」


ホノが豪快に破顔する。


「おやおや、礼儀正しいお嬢ちゃんだねえ。うちの子達にも見習わせたいもんだねえ。昨日まで大変だったんだろ?ちらっと聞いたよ。お腹空いたって顔してるよ。しばらくまともなもん食ってないだろ? 急に食べると身体に毒だからね、まずはスープをだしてやるから、ゆっくり飲みな」


相当なおしゃべり好きのようだ。

話しているうちに煮立った鍋からスープをよそって、

厨房横のカウンターに出してくれた。


バターで炒めた干し肉と玉ねぎのスープ。

いい匂いだ。

レミリアは一口すすった。


「落ち着いたらパンも焼くからね……ってどうしたんだよ」


レミリアはスープをすすりながら涙をポロポロと流していた。


「美味しい……美味しいです」


ホノは横に来て肩を抱いてやった。


「そうかいそうかい。もう大丈夫なんだから、ゆっくり食べな。あんまり泣くと味がわからないだろ」

「はい……」


拐われて連れ回されて売られて、

ずっと緊張と恐怖と飢餓に身体が蝕まれていた。

しばらくはその心の傷は治らないだろう。

暖かいスープが身体に染みた。

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