第55話 亜人種の侵攻 2



 フロントの町の北部に築かれた、対亜人種防衛線の本陣にて、これからの指針を決める為の会議が開かれようとしていた。


 本陣の天幕の中には、地図や資料の置かれたテーブルを囲んで、5人の人物が座っている。


 領主アシュリス、騎士団長改めフロント防衛隊司令ソルドニア、冒険者ギルド支部長オーウル、そして観光客サンデーと新聞記者エミリー。

 その周りの壁際には、各分隊の長が立ち居並んでいた。


「これより軍議を行いますが、まずは急な呼び出しにも応じて頂いたサンデー殿に感謝を」


 一番に開口したアシュリスが、胸に手を当てて一礼してみせた。


「ようやく、噂の亜人種が拝めるとあっては無視できまいよ」


 羽扇越しでも楽しみにしていた事が伝わる言いようだ。


「ただ、観光客の私に軍議で意見を求められても困るのだけどね」

「はい、作戦についてはこちらで詰めますので。サンデー殿には別の見地から、何か思う所があればご意見頂ければと」


 アシュリスが心配無用とばかりに頷きを返す。


「ではまずは現状について。ソルドニア」

「はい。現在我が軍は河のこちら側を完全に塞ぐ形で防衛線を築いています。対して敵軍も今朝方より森から進軍を開始。約1㎞先の対岸に集結中です」


 ソルドニアが地図を示しながら説明をする。


「森の砦を利用もせず、真っ向勝負しようって訳か。完全に舐められちまったな」


 オーウルが顎を撫でつつ嘆息する。


「実際の所、奴らの強さってのはどんなもんだい?」

「報告では、4m程の巨体に4本の腕を持ち、それぞれに剣や斧などの様々な武器を持って襲って来ると。その巨体から繰り出す一撃で、盾で受けた兵士が諸共切断されたと言う例もあります。身体は一見昆虫のように見える甲殻で覆われ、見た目通りに硬く、並の兵士の攻撃が通りません」

「魔術は試したのか?」

「炎や冷気はそれなりに効果があったそうですが、中位以上でなければ致命傷にはなり得ないと」

「厄介だな……」


 数多をかきながらオーウルがぼやく。


「うちで今すぐ動ける中位魔術の使い手は一人しかいねぇぞ」

「騎士団にもあまり数はいませんね。未だ訓練は十分とは言えませんが、魔銃隊を投入しましょう」


 ソルドニアが続ける。


「幸い、目視した範囲では相手の数は我が軍の三分の一程。騎士団から練度の高い者で前面を固めつつ、河を渡ってくる所を魔銃隊の掃射で減らす。撃ち漏らした兵と乱戦後、ある程度の被害に目を瞑るならば撃退は可能、という所でしょうか」

「ギルドの手練れはほとんど奥地の調査に出払ってるから、あまり当てにしないでくんな。おたくらの邪魔にならんように、町の前を固める程度が関の山か」

「このまま河の浅瀬を通って、真っ直ぐ突っ込んでくるだけであれば、それ程手はかからずに済みそうではあるが」


 恐らくアシュリスが上位魔術を何度か撃ち込めば、壊滅させるのは難しくはないと踏んでいる。

 しかしアシュリスの大規模魔術は手加減が効かない。下手をすれば周辺の環境を変えてしまいかねないものだ。それは最後の手段である。


 もっともそこまでしなくとも、アシュリス直属の部下にも高位魔術の使い手は数人いる。範囲を絞った魔術で打撃を与え、残った者を掃討するのは難しくはあるまい。


 しかし森の民がせっかく築いた砦を利用しないなどあまりに不自然だ。何か裏があるのではと勘ぐってしまう。


「多少脅かすだけで退いてくれれば越したことは無いが……」


 アシュリスが言いながら、ちらりとサンデーの顔を伺う。


 相変わらず羽扇で顔を覆っているが、何やら目元が楽し気に緩んでいる。


 アシュリスと目が合うと、サンデーはおもむろに口を開いた。


「一つ、領主君に確認したいのだが」

「何でしょうか? サンデー殿」


 今の話にどこが楽しい要素があっただろうか。


 怪訝な想いを隠しながらも、アシュリスが応じる。


「何やらすでに戦が前提の話になっているが。もし和平の道が在るとしたら、どちらを選ぶかね?」

「もちろん、和平が成れば何よりですが……」

「何、まだ交渉してすらしていないのだ。試してからでも遅くないだろう?」

「それは、彼らが聞く耳を持たない上に、そもそも言語が通じない訳で……」


 以前にもしたはずの説明を繰り返しながら、アシュリスはサンデーの真意を探る。


「もしや何か妙案でも?」

「妙案という程でもないが。私が特使として出向くのはどうだろう」

「「なっ……」」


 サンデーとエミリー以外の声が上がる。居並ぶ将校達からもどよめきが上がる。


「このまま戦が始まってしまえば、彼らとゆっくり話す機会がなくなってしまうと思ってね。それは私としては本意ではない。ならば駄目元で、私が交渉の場を設けてみようじゃないか」

「しかし、こちらからの使者はことごとく帰還せず……! そもそも言葉が通じるという保証はあるのですか!?」

「まあ、どうせ失敗しても観光客が勝手に死ぬだけだ。放っておいて構わないとも。その後で存分に戦いを始めると良いさ」


 サンデーは羽扇を翻しながらにこにことしている。

 まるで死地に行こうという態度ではない。


「どうかな? 領主君」


 どこか試すような響きのサンデーの言葉に、しばしの思案を挟むアシュリス。


 その脳裏に、海魔や金毛羊と意思疎通をしてみせた、という報告を読んだ記憶が蘇る。


 今回は魔物や動物ではなく、亜人種ではあるが……彼女ならば、あるいは。


「……お願い、できますでしょうか」


 アシュリスは決断し、一縷の願いを託すのだった。

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