第54話 亜人種の侵攻
開拓島の海からの玄関口、港町フロント。
その北側には長大な河が蛇行し、枝分かれしながら流れている。その水流はフロントの町中までも貫き、入江に注ぎ込んで行く。
幾筋もある河の源流は。島の中心に座す巨大な山脈の周辺に広がる、大森林地帯から流れ出ている。
しかし未だに、明確な水源までは特定できていない。
過去に飛行の魔術を用いて高空からの偵察が試みられたが、山の付近には巨大な怪鳥やワイバーン等の飛行型の竜種が多く生息し、空からの接近は困難であった。
辛うじて一部の森の地理と、北側に大きな湖が確認できたのみである。
直接森に入った探索隊の多くは戻ってきていない。
少ない帰還者によれば、森を縄張りとする亜人種や、本土では見られない強大な魔獣に阻まれたと言う。
その為当時の領主は、奥地の調査は後回しにし、港近郊から東の平野の開拓を優先させたのだった。
5年前に領主が代わり、北側の河川地域を整備して果物を中心とした大農園が作られた。
以来、海風が届かず安定した気候と、豊富な水資源により栽培は成功し、特産品として定着しつつある。
しかし近年、森から出る事の無かった亜人種が、頻繁に川沿いへ姿を現すようになったのだ。
初めは遠巻きに見ているだけだったが、今では農作物や家畜への被害が多く報告されている。
その対策として、本土から騎士団の増援が派遣され、目下防衛線を築いている所であった。
「見張りの兵によれば、森の周囲に垣根のような物が張り巡らされ、樹上に物見台が設置されているようだ、と」
開拓島領事館の執務室にて、アシュリスがソルドニアの報告を受けていた。
アシュリスが報告書へと目を走らせながら、ソルドロスの言葉と照らし合わせていく。
「……つまり本格的に戦の準備を始めた、と言う事か」
「恐らく」
ソルドロスが頷くのを見て、アシュリスが溜め息を付いた。
「ただ突っ込んでくるだけの蛮族であれば話は楽だったのだがな。少なくとも、陣を張るだけの知能はあるという訳か。厄介な事だ」
危惧していた事態になりつつあるのを認め、アシュリスが言葉を続ける。
「奴らからも斥候が出ているのか?」
「はい。すでに幾度か巡回中の兵と交戦し、こちらに被害が出ています」
「もう小競り合いを始めるつもりか。……待て、こちらにと言ったか?」
「はい。5人組の巡視隊が一体の相手に複数壊滅させられています」
額に手を当てるアシュリス。
「挑発を兼ねてこちらの戦力を測ったか」
「そのようです。こちらの兵で練度が高いのは、我が第二騎士団直下の兵だけです。交戦した隊はどれも手練れとは呼べません」
「我々を種族的に格下だと判断したのなら……」
「すぐに仕掛けて来てもおかしくないでしょうね」
「……防衛線の構築を急がせろ。もう刺激しないなどと甘い事を言ってられん」
「はっ」
アシュリスは通信機を手に取りながらソルドニアに告げる。
「後程本陣で、ギルドの者も交えて会議を開く。それと、サンデー殿も戻ってきているようだ。出来れば知恵をお借りしたい所だな」
通話を開始しながら、どのようにサンデーを焚き付けるかを思案するアシュリスだった。
────
アルトは落ち込んでいた。
朝──と言っても昼近くだったが──に目を覚ました彼女の脳裏にまず浮かんだのは、昨日のサンデーとの接吻だった。
同時に、もたらされた激しい快感を思い出し、急激に催した劣情のまま、自慰に耽ってしまったのだ。
ベッドに仰向けになったままぐったりと脱力しつつ、落ち着きと共に理性が戻ってきた彼女に、次に訪れたのは痛烈な自己嫌悪だった。
昨日着ていたままの服と、横になっているシーツが汗でぐっしょり濡れている。
ひとまずは汗を拭こうとのろのろと立ち上がり、顔を上げると、ちょうど姿見に自分の顔が映り込んだ。
頬が上気し、蕩けたような瞳をしている。口は半開きになり、自分でもどうかと思うほどに情けない有様だ。
無意識に、鏡の自分の唇を見詰める。十分な睡眠を取ったせいか、酷い表情と反比例して色艶は良い。
(あの唇に……重なって……)
サンデーの柔らかい感触を思い出し、再び背中がぞくぞくと泡立ち始める。
(私の初めて……)
サンデーの美しい顔と、柔らかな微笑を思い浮かべる。
段々と、鏡に映っている像が彼女に見えて来た。
うっとりとした表情で、鏡に吸い込まれるように顔を近付けて行くアルトを、突然のノックが正気に戻した。
「──おい、いい加減起きたか? 仕事が入ったぜ!」
ナインの野太い声がドア越しに響いてくる。
「あ、あああああ、お、おお起きてるわよ!! 分かった! 先に下行ってて!」
「お、おう? じゃあ食堂で待ってるからよ」
慌てた様子のアルトの返事に首を傾げながら、ナインの足音が遠ざかって行く。
「──ええい、しっかりしとけあたし!」
パァン!!
自分でも予想していなかった程の強い衝撃と打撃音が頭に響いた。
思い切って両手を顔に打ち付けたのだ。両頬が赤く腫れあがっている。
痛みのおかげで頭の中の靄が少し晴れた気がした。
ベッド脇のテーブルに置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、ごくごくと一気に飲み干す。
失われた水分と共に、いつもの自分自身も戻ってくるような感覚があった。
アルトはようやく調子を取り戻し、湿った服を脱ぎ棄てて身支度を整えるのだった。
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