第53話 フロント再び 2
「……しっかし、誘拐犯がマフィアと繋がってて、しかもボスが吸血鬼たぁな」
大分顔を赤くしたナインが、空にしたジョッキをテーブルに置きながら言う。
ギルドから事件の大筋は聞いていたが、関わった本人達から聞くのは、また格別な酒の肴だった。
「吸血鬼か~。ちょっと見てみたかったわね」
アルトが火照った顔を上向きにして、何やら思い耽っている。
「見た事は無いのかね?」
「ええ、レッサー種なんかはよく退治の依頼があるんだけど。本物はまだ」
「本土じゃそもそも、吸血鬼の目撃情報自体少ないからなぁ」
サンデーの問いに竜閃が返す。
「まあ陽の下に好んで出て来る種族ではないからね。今回は貴重な体験だった」
対面した時の事を思い出し、サンデーの目に薄い笑みが浮かぶ。
「そう言えば、身柄が引き渡された時、からからのミイラみたいだったと聞いたけど、元々だったんですか?」
アルトがふとした疑問を持ち出した。
「いいや? なかなか可愛らしい子だったと思うよ」
相変わらず全く酒気が顔に出ていないサンデーが、グラス片手に答える。
「じゃあ、サンデーさんがそんな姿に変えたって事?」
好奇心を刺激されたアルトの質問が止まらない。
「少し違うね。あれが彼女本来の姿。他人の血を吸う事で、若き日の姿を維持していただけなのだよ。それを失う切っ掛けを、私が作ったと言うのは間違いではないがね」
そう言うと、グラスの中身を飲み干すサンデー。
「という事は……吸血鬼が貯めていた命と魔力を霧散させた、って解釈で良いのかな……?」
魔術師としての本能か、理論を組み立て始めるアルト。
「ふふふ、良ければ体験してみるかね?」
悪戯っぽくサンデーが笑う。
「もちろん命に別状ない範囲で軽く、だが」
「良いんですか!?」
アルトの声が歓喜と興奮で上ずった。
伝説の英雄の魔術を、自ら体験できる機会などそうそう無い。
「ああ、君が望むのなら良いとも。ただ自己責任で、という事で頼むよ。命はともかく、他の影響については保証しかねる」
それでも良いかね? と弧を描くサンデーの目に、アルトは一瞬迷いを感じるが、好奇心が打ち勝った。
「わかりました!」
「おいおい、魔術の事はわからねぇが、ホントに大丈夫かぁ?」
ナインが一応の心配をしてみせるが、アルトの決意は変わらない。
「こんなチャンス滅多に無いのよ! 何か得られれば、上位魔術への壁を破る突破口になるかも!」
鼻息荒く語るアルトの顔は、酔いだけでなく興奮も加わり、茹でダコのように真っ赤に染まっている。
「お前が魔術の腕上げてくれりゃ俺も助かるが……まあ、無理すんなよ」
決意は固いと見て、ナインはエミリーへ向き直り、幾度目かの乾杯を再開した。
「じゃあお願いします!」
「ああ。しかし、あまり人前でする物でもないしね」
客の増え始めた店内を見回して、サンデーは席を立った。
「あちらへ行こうじゃないか」
言いながらサンデーは羽扇を仕舞うと、同じく立ち上がったアルトの手を引き、柱の陰へと誘った。二階へ昇る階段の下にあたり、ちょうど人目を避ける場所だ。
「ではもう一度だけ、最後に確認をしておくよ」
柱にアルトの背を押しやると、その顔の横に手を付いてサンデーは言葉を紡いだ。
「これは合意の上だ。そうだね?」
「は、はい……」
これから何をどうされるのか。期待と不安を織り交ぜた表情でアルトは頷いた。
「では力を抜いて。そう、リラックスだ。目を瞑って……」
言われるままにアルトは身体の力を抜き、身体を柱に預ける。そして目を閉じて、サンデーの出方を待った。
その細い顎に、サンデーのしなやかな指先が触れ、ゆっくりと上を向かせる。
次の瞬間、アルトの背中を電撃のような感覚が突き抜けた。
唇に柔らかい感触が押し付けられている。次いで、唇を割り、ぬめる何かが口内に侵入した。
(これ……! まさか……キ、キ……!?)
アルトが混乱する間にも、再び電流のような感覚が首筋を這い上がり、脳内までを襲う。
連続して何度目かの衝撃を受けた頃、これは快楽なのだとようやく理解した。
舌を吸い上げられる度、自分という器にひびが入り、そこから何かが抜き取られる感覚が襲う。
代わりに同じ量、いやその何倍もの猛烈な快感が流し込まれてくる。
それを受け止める度に、アルトの身体がびくりと跳ね、太股が無意識にこすり合わされる。
咄嗟に抵抗をしようとサンデーの身体を掴もうとした腕が、だらりと力を失って投げ出された。
「……まあ、この辺にしておこうか」
ちゅるりと舌を舐めあげながら、サンデーが唇を離した。
アルトには凄まじく長い時間に感じられたが、実際にはほんの数十秒程度の行為だった。
「ふふふ、やはりエルフの魔力は上質だ。実に美味だよ」
サンデーの支えを失ったアルトの身体は、完全に腰が抜け、柱にもたれながら床にへたり込んでしまった。
「ふむ、少し刺激が強かったかな?」
口の端から涎を流し、完全に放心しているアルトを見下ろして、サンデーが呟く。
「まあ、本人の希望だったからね。何も問題はないだろうとも」
勝手に納得すると、ひょいとアルトの半身を肩に担ぐ。
「ほうら。ちゃんと自分でも歩き給え」
柱の陰から出てテーブルに戻ろうとするも、まだ腰が砕けたままのアルト。
へろへろと左右に揺れながら、歩くと言うよりは引きずられている。目にも光が戻っていない。
何とか席の前まで戻ってきた所で、ふと意識を取り戻したかに見えたが──
「……う~ん……お姉様ぁ……」
普段の凛とした態度からは想像もできないような甘ったるい声を絞り出して、ふにゃふにゃとサンデーの足元に縋り付いた。
「おいおい、どうなってんだこりゃあ……」
相棒の初めて見る痴態に、ナインが手にしたジョッキを取り落とす。
「あ~……また一人の乙女がサンデー様に骨抜きにされてしまったのですね~……大変捗り……いえ、おいたわしい~」
口では気の毒そうなエミリーだが、その細い目を爛々と輝かせると、タブレットを取り出して猛烈な勢いでその場面を連写し始めた。
「やれやれ。この様子では、今日はもう行動できないだろう。君、宿まで連れて行ってあげ給え」
「お、おう……」
最早何も言えず、ナインは未だに正体を無くしたままのアルトを肩に担いだ。
「はふぅ……お姉様ぁ~……」
「……これ大丈夫なのかい?」
「ああ、ただの魔力切れだ。一晩休めば戻るだろう」
「わかった。世話ぁかけたな。あとご馳走さん」
ナインは片手を振って見せると、アルトを伴って二階への階段を昇って行った。上がギルドの宿舎と繋がっているのだろう。
「まったく~サンデー様も罪作りですね~」
何故かつやつやとした顔のエミリーがサンデーを肘でつつく。
「同意があったのだから、私のせいではないさ」
席に戻り、ナプキンで口元を拭うサンデー。
「ふふ、酒も良いが、やはり初物の魔力はまた格別だね」
新しく運ばれていたグラスを手に取ると、赤い液体をゆっくりと飲み下していくのだった。
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