第52話 フロント再び
昼時を過ぎた食堂とは静かなものだ。
普段は人の喧騒に紛れて気にも留めない、様々な音が耳を打つ。
キッチンからは洗い物をする音が僅かに漏れている。
時折暖炉で薪が爆ぜる。
外の海風は大気を切るように吹きすさび、窓をガタガタと揺らしている。
久しぶりに口にする海鮮料理に舌鼓を打ったサンデーは、食後のお茶を飲みながら、穏やかな時間に流れる多様な音に耳を傾けていた。
向かいの椅子では、エミリーが記事を書くのに熱中している。
湖畔の町を堪能した彼女達は、再びフロントへと戻ってきていた。
東側の開拓済みの地で、目ぼしい場所は大体回ったと判断した為だ。
上陸時に立ち寄って味を占めていた食堂に再度訪れ、次の観光先について思いを巡らせていたのだ。
不意に、食堂の入り口の扉を隔てて、通りが騒がしくなるのが感じられた。
次いで、ガランガランと乱暴に入り口の鈴が揺らされる。
「──あ~さむ! 今日は一段と冷えるわね~」
「そりゃなあ。耐風魔術かけてようが、そんなタイツにマント一枚じゃあな」
「ちょっと言い方! それじゃ変態みたいでしょうが! アウターもちゃんと着てるっての!」
扉を開けて喧しく入ってきたのは、竜閃の二人であった。
「マスター! とりあえず熱いコーヒー頂戴!」
アルトがキッチンへ向けて叫ぶと、了解の声が聞こえてくる。
その後、座る席を定めようと店内を見回した先に、座っていたサンデーと目が合った。
「──ああ、サンデーさん!」
「おう、奇遇じゃねえか」
目を見開いて駆け寄るアルトに、ナインがドカドカと追従する。
「やあ。なんだか見た事のある光景だね」
「違ぇねぇ! 前も似た時間帯だったしな!」
豪快に笑いながらナインが相槌を打つ。
「それなら前と同じで、ご一緒してもいいかい?」
「ああ、良いとも。話し相手はいるに越したことはない」
サンデーは微笑し、空いた席を指した。
「ちょうど良かった! 会ったら言いたいことがあったんだから!」
どかりと勢い良く、アルトがサンデーの隣の席に陣取る。
またもや先を越されたナインが、頭を掻きながらエミリーの隣に腰を下ろす。
「嬢ちゃんも、久しぶりだな」
「こんにちは~、ご機嫌いかがですか~?」
今回は締め切りに余裕があるのか、きちんと挨拶を返すエミリー。
「ご機嫌良くはないわよ!」
何やらアルトが噛み付きだす。
「何だね、穏やかじゃないね」
サンデーがその剣幕を遮るように羽扇を広げる。
「貴方達、ちょっと前に大理石の町に行ったでしょう!?」
サンデーに詰め寄りながら声を荒げるアルト。
「行きましたね~」
「ああ、行ったらしいね」
それが? と言わんばかりに顔を見やるサンデーに、アルトは更に言い募る。
「あたしらも、依頼で館の再調査をする為に出張ってたのよ! なのに、着いた頃には誘拐事件は解決してるって言うじゃない! おまけに今後館を観光名所にするからとか言われて、館内の大掃除に駆り出されたんだから! あたしらは家政婦じゃないっての!」
「他のチームとも合同だったとは言え、あの広さだったからなあ。なかなか大変だったぜ」
ガルルと唸り出さんばかりのアルトに、苦笑しつつナインが続ける。
「地上部分にゃあ特に何も無かったんだが、新しく見つけた地下にはアンデッドが溢れててな。そっちの掃除も骨を折ったぜ」
「スケルトンだけにね! ふん!」
やけくそ気味に駄洒落を言い放つアルト。その合間を縫ってコーヒーが差し出された。
しばし、ふぅふぅと息を吹きかけ、コーヒーを啜り始める。
「……は~……生き返った~」
はふぅと息を付くと、先程の剣幕が嘘のように穏やかな笑みを浮かべた。
「落ち着いたかね?」
「あ~……言うだけ言ったらすっきりした。失礼しました……」
黙って聞いていたサンデーの微笑を受けて、アルトは反省の素振りを見せる。
「知らなかったとは言え、君達の仕事を奪ってしまったとはね。悪い事をした」
サンデーは羽扇を扇ぎ、何か閃いた様子でエミリーに目線を送った。
「あ~そうですね~。では今回のお会計はこちらが持ちましょうか~」
「お、良いのかい?」
奢りと聞いてナインが嬉し気に尋ねる。
「ええ~。実は誘拐事件を解決した際、領主様から褒賞金が出たんですよ~」
「おお、それなら遠慮しなくていいやな!」
「ラッキー! ありがたくご馳走になるわね」
ナインとアルトが手を打ち鳴らす。
「せっかくだから全制覇と行こうか」
注文を取りに来た店員に、アルコールメニューを端から端まで差して見せるサンデー。
「おお~、さすが姐さん! 豪気だね~!」
「あたしらも今日はフリーだし、ガンガン行くわよ~」
「お供しましょう~」
エミリーが言い出すと、竜閃は揃って首を傾げた。
「え? エミリーさん未成年じゃないの?」
「前回は飲んでなかったよな?」
「も~前は仕事中だっただけです~! ほら証拠~!」
エミリーが社員証をテーブルに叩き付け、それを確認した竜閃は平謝りするしかなかった。
サンデーは羽扇の裏で忍び笑いをしている。
「ま、まぁ、気を取り直してだ。再開を祝して乾杯と行こうや!」
運ばれてきたエールのジョッキをナインが掲げた。
「「かんぱ~い!」」
それぞれの声が重なり、4つの杯が打ち合わされる。
再び酒宴が始まった。
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