第46話 湖畔の町 4

 用意された部屋で一晩を過ごしたサンデー達は、朝食もそこそこに、朝早くから散歩に出かけていた。


 目的地は封鎖されている地域の上流、水源となっている奥地の湖だ。


 当然関所はあったがお構いなしである。領主お墨付きの通行手形があるのだから。


 昨日の時点で不殺の英雄が訪れている事も既に知れ渡っており、通行は容易であった。


「なかなか綺麗な場所ですね~」


 この辺りは標高が低い事もあって比較的温暖で、山の上だと言うのに雪が積もっていない。

 水温も高いのだろう。辿り着いた湖は氷が張っていなかった。


 波の一つも立てずにまるで鏡のようだ。


 朝靄の中で、湖面に向こう岸の木々が映り込んでいる。


「では、一回りしてみようか」


 夢中でシャッターを切るエミリーを促し、サンデーは歩き出す。


 円周50mも無いような小さな湖だ。程なく湖面に映っていた対岸まで辿り着く。


「ふむ。ここに何かあるね」


 森の茂みの一点を見詰めて、サンデーが呟いた。


 手を前に差し出すと、ばちんと静電気のような音が鳴る。


 その瞬間、手が触れた部分から、張りぼてが崩れ去るように風景が一変していった。


 どうやら幻術の類がかけられていたらしい。先遣の調査隊には見つけられない強度だったのだろう。


 森の茂みに見えていた場所には一本の小道が伸びていた。


 二人がそこを進んで行くと、広場になっている場所へ出た。中心には丸太で組んだ小屋がぽつんとある。


 正面に入り口らしき扉があり、側面にはガラス張りの窓がいくつか付いている。作りはしっかりしているようだ。


「いかにも~な感じですね~」


 ここでも一枚写真を撮ると、エミリーは無遠慮に窓へと近寄って行った。

 サンデーも共に並んで中を覗く。


 小屋の中は大きなテーブルが置かれ、試験管や紙束が散乱している。壁際には大きな水槽がいくつも置かれ、何かの研究施設のように見える。


 窓から背を向け、テーブルの前に白衣のようなものを着た男が一人立ち、何やら作業に没頭していた。


「どれどれ」


 サンデーが窓の近くの壁に手を当てると、木材がぐにゃりと形を変え、スピーカーのような形となった。


『……これだから……は……で……』


 そのスピーカーから、ぼそぼそと何者かの声が響いてくる。


「ふむ、感度が悪いな」


 サンデーがスピーカーの横にあるつまみを捻ると、声のボリュームが大きくなり、はっきり聴き取れるようになった。


『……というのに、これ程成育が遅いとはな。もっと範囲を広げるか? 多少派手にやったとて、あの方のためだ。ある程度は目を瞑ってもらわねば』


 どうやら中にいる男の声を拾っているようだ。


「おお~盗聴ですか~。くっくっく~、サンデー様も悪ですな~」

「ふふふ、どこかで聞いたような言い回しだね」


 悪そうな笑顔を作って冗談めかすエミリーに、サンデーも微笑みを返す。


 そのやり取りの間にも、男の独り言は続いている。


『……せっかくあの方の好意で頂いた妖虫だ。無駄にはできん。もっと詳細なデータを取る必要がある……』

『魔力を吸って成長するというのは良い案だったが、寄生場所を変えるのは難しいか……』


「それにしても~、良いお歳をした男性がずっとぶつぶつ独り言を垂れ流しなのは~、ちょっとアレですね~」


 憐れみを含んだ目を向けるエミリー。


「まあ彼にも色々あるんだろうさ。お陰で盗聴の甲斐もあった。今の言葉で犯人確定だね」


 スピーカーを一撫でして元の壁に戻すと、サンデーは悠々と正面玄関へと回った。

 そして堂々と、コンコンと二つノックをしてみせる。


 小屋の中で動揺した気配が湧いた。


 返事を待たずにサンデーはドアノブを回す。

 鍵がかかっていたが、サンデーが触れただけで初めから無かったかのようにかちゃりと外れ、ドアは簡単に開いた。


「お邪魔するよ」


 ドアを押し開きながら、サンデーは遠慮の素振りすらなく小屋へと入って行った。

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