第45話 湖畔の町 3
深夜、ハルケンと4人の部下が部屋の中に立っていた。
防疫魔術を施した白衣を着込み、手袋とマスクと頭巾で身を固めている。
天井からは大光量の魔術灯が設置され、非常に明るい。
部屋の中央には手術台が置かれ、青白い男性の遺体が横たえられていた。
サンデーとの会談の後、すぐに村の長達に連絡を取り、必死の説得を行った結果だった。
難色を示す村長達であったが、このままでは村の全滅も免れないとのハルケンの言葉を受け、渋々了解した。
そして一人暮らしで身寄りのいなかった中年男性の遺体が提供される事になったのだ。
苦悶の浮かんだままの顔は、目は落ち窪み、骨と皮だけの髑髏を思わせる程萎びている。
その手足は枯れ木のように細り、胸板はあばら骨がくっきりと浮き出ていた。
しかし腹部だけは異様なまでに膨らみ、まるで餓鬼のような様相である。
ハルケン達はその手術台を囲んで立っていた。
一人は撮影係なのだろう、少し離れた場所から魔導カメラを構えている。
他の者は、被験者へ敬意を表して黙祷をしていた。
「……始めるぞ」
部下が魔導カメラの調整を終えたのを確認すると、ハルケンはメスを手に取り、最も怪しいと思われる腹部へと刃を差し込んだ。
腹を縦に割くと、血液と共に大量の腹水が溢れ出る。
部屋に液体が撥ねる音と、カシャカシャとシャッターを切る音が響く。
ハルケンは気にせず切開を続けるが、部下は青い顔をしながら、その液体をバケツで受け止めていた。
その赤黒い液体の中を部下が覗いていると、はっと目を見開いた。
「ハ、ハルケン様! 何かいます!」
「どれだ!?」
一旦手を止めたハルケンが、バケツの中を覗き込む。
そこには、1~2㎝程の細長い何かが大量に蠢いていた。
黒い個体と白い個体が巻き付いたままで赤い液体の中を泳ぎ回っている。雌雄一対なのだろうか。
開腹した内部を見ると、切れた血管からぼとぼとと一回り小さな半透明な虫がこぼれ出すのが見える。幼体だろう。
カメラを持った部下が吐き気を堪えつつ。シャッターを切っている。
「血管内に寄生する虫か……!」
ハルケンは解剖を再開する。すでに白衣の前半分は赤く染まっていた。
腹部を割り開くと、内蔵のほとんどが壊死しているのが見て取れる。寄生虫や卵が血管に詰まり、血流を阻害した結果と思われた。
大腸にメスを入れた途端、破裂するような勢いで虫が溢れ出した。この辺りが最終寄生部位のようだ。どれだけ詰め込まれていたのかという程、わらわらと出てくる。
開いた腹の中は、あっと言う間に血液と寄生虫で埋まって行った。
「全て保存するんだ! 貴重なサンプルだぞ!」
手応えを感じ、歓喜さえ浮かべてハルケンが叫ぶ。
部下達はすっかり腰が抜けているが、素直にその言葉に従った。
「貴方の献身は絶対に無駄にしない。こいつらを分析して、必ず撲滅してみせるとも!」
遺体に話しかけながら、ハルケンは解剖を続けていく。
この行為が医療の未来を切り開くと信じて。
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