第35話 大理石の館

 サンデーが目を開くと、そこは宿屋の部屋ではなかった。


 5m程の広さの正方形の部屋だ。

 天井の真ん中辺りに、魔術によると見える照明があり、部屋を青白く照らしている。


 壁は白地に様々な模様が走る大理石に似た石材のようだ。本来ならば美しいであろうその壁には、赤黒い染みがあちらこちらにこびり付いており、とても清潔とは言えない有様だ。

 床も同様で、血溜まりがそのまま固まったように所々が赤茶けていた。


 部屋の隅にはテーブルが置かれ、用途のよくわからない様々な器具が山のように積まれている。

 どれも一様に赤黒く、見事に錆び付いているようだ。


 次にサンデーは己の身体を見回した。


 服は眠りに就いた時と同じ。ガウンはベッドに入る前に脱いだ為、白いネグリジェのままだ。


 両手と両足が大の字に伸ばされ、壁から吊り下げられた鎖に付いた枷に繋ぎ止められている。足は僅かに床に届くかどうかで、ほとんど宙にぶら下げられているに等しい。


 再び視線を部屋へと向ける。その正面だけは大理石の壁は無く、代わりに頑丈そうな鉄格子がはめられていた。

 どうやら牢屋であるらしい。


 その鉄格子の前に不意に人影が立ち、鍵を開け扉を潜って中に入ってきた。


「……あら、もう目が覚めているのね」


 照明に照らされたその人物は妙齢の女だった。


 かなりの美人である。


 肩口で揃えた金髪に、血を思わせるような真っ赤な瞳。蝋のように白い艶めかしい肌。

 官能的で豊満な肢体を、袖の無い真紅のドレスでぴったりと覆っている。


「普通、あの薬を飲めば朝まで目が覚めない物なのだけれど」


 サンデーの前まで歩み寄りつつ、小首を傾げる女。


「ま、いいわ。起きてるのならそれで楽しみ方はあるのだし」


 にんまりと笑って見せる女の口の端から、鋭い牙がちらりと覗いた。


「ほほう、吸血鬼とは珍しい」


 サンデーはそれを認め、感嘆の声を上げた。


「……貴女、自分の立場が分かっているの?」


 自分を吸血鬼と知った上で、全く動揺するどころか嬉し気なサンデーを訝しむように睨む女。


 吸血鬼。

 人の血液を吸い、魂を我が物とする事で永遠の命を繋いでいく不老不死の怪物である。


 血を吸えば吸うほど力を増し、多くの場合は強大な魔力と尋常ならざる身体能力を有する。

 個体数こそ少ないが、人間が出会えば最悪な結果になる場合が多い化け物の一つだ。


「もちろんだとも。噂の神隠しに遭ったと言う事だろう?」

「正解だけど……全く怯えもしないのは張り合いが無いわね……」


 彼女が攫ってきた娘達は、彼女の正体と己の境遇を悟ると、半狂乱となって喚き散らすか、恐怖のあまりに何も声を発する事ができないような者が大半だった。

 その有様も楽しみにしていた女にとっては、大分拍子抜けだ。


「配下の手による宿屋の食事に睡眠薬を混ぜ、寝入った所を運ぶという訳だ。これは良い土産話になる」

「貴方ね……生きて帰れると思っているの?」


 人類の天敵とも言える存在である者を目の前にして、動じないどころか嬉しそうなサンデーに、苛立ちを募らせる吸血鬼。


「うん? ああ失礼。これから何をされるかと考えると、つい愉快になってしまってね」

「ふん、いつまでその余裕が持つか試してあげるわ」


 未だに忍び笑いをやめないサンデーに向かい言い放つ吸血鬼。


「随分な余裕だけど、逃げられるとは思わない事ね。その枷は私でも千切れない程頑丈な物。加えて魔力を遮断して魔術行使を妨げる特注品よ」


 テーブルから錆びた鋸のような物を取り上げると、サンデーに見せびらかすように掲げて見せた。


「貴方は今まで一番の美人だわ。ゆっくり味わってから血を吸ってあげる」


 嗜虐的な笑みを浮かべて、女はサンデーの胸を服の上から鷲掴みにしてみせる。乱暴に揉みしだかれ、形のよい乳房が女の手の中で歪に形を変える。


「綺麗な胸ね……切り落としたらどんな声で鳴いてくれるかしら」


 鋸を胸に押し当ててにやにやと笑う吸血鬼。

 その様を見て、サンデーは微笑みで応えた。


「ふふふ……淑女の身体をそんな風に乱暴に扱うものではないよ」

「……脅しだと思って調子に乗るんじゃないわよ」


 全く動じないサンデーに業を煮やした吸血鬼が、乳房を握る手に力を込め鋸を引いた。

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