第34話 大理石の町 3

 湯浴みを終えた二人は、老婆の案内で食堂へ通された。


 サンデーは白いレースのネグリジェの上に黒いガウンを羽織り、エミリーは青地に水玉模様のパジャマに着替えている。


 老婆の用意した夕食は素朴なものだった。

 硬めの大きなパンに、山菜のサラダ、缶詰の肉と豆類を一緒にして煮込んだスープ。

 品数は少ないが、それぞれの食材の品目は多く、栄養バランスは良さそうだ。


「何分田舎ですからねえ。こんなものしか用意できませんが」

「十分だとも。旅をするからには、その地の物を食べるのが一番だ」


 恐縮した様子の老婆にサンデーは微笑んでみせる。


「この山菜は近くで採れるのかね?」

「ええ。山の周りの森では良く採れるものですよ。炒めたりしても美味しいけれど、今日は急だったもので。ごめんなさいね」

「構わないとも」


 言いながらサンデーは山菜を口に運ぶ。本土では見られない植物だ。


 しゃきしゃきとした歯応えで、噛む度に水分が出て来る。

 味はほのかに甘く、レタスに似ているようだ。老婆の手製と言う酸味の効いたドレッシングがよく絡み、さっぱりとした風味を引き出している。


「美味しいですね~。栽培をされている訳ではないんですよね~?」


 すでに皿を空にしたエミリーが尋ねる。


「ええ。町の者だけで食べていく分には問題ないくらい生えているので。ただ、領主様の使いの方が研究の為に持っていきましてね。後で聞くところによると、この辺りでしかうまく育たないようだと」

「それは残念ですね~」


 領主が語った通り、食料事情は一筋縄では行かないようだ。


「ふむ。土壌の問題だろうかね」


 千切ったパンをスープに浸しながらサンデーが呟く。


 スープは肉の保存の為の塩が効いており、豆の優しい味と相まって、疲れた身体に沁み込んでいった。


「ああ、そうそう。お二人様はお酒は飲まれますか?」


 忘れていたとばかりに、老婆が戸棚からボトルを一本取り出した。


「栽培と言えば、実はこの町は採掘以外にも葡萄の栽培にも力を入れているんですよ」


 そう言って、赤い液体の入ったボトルを見せる。


「採掘場と反対側の斜面に葡萄畑がありましてね。そこで採れた葡萄から作ったワインです。大理石の方が有名すぎて、あまり知られてませんけどね。良ければいかが?」

「ほほう、それは良い。頂こうじゃないか」

「やはり一杯無いと始まりませんよね~」


 酒と聞いてサンデーとエミリーの目が光る。


「あ~、一応言っておきますが私は成人済みですので~」

「ええ、わかりますとも。伊達に長年宿をやってませんからね。さぁ、どうぞ召し上がれ」


 歳の甲というものだろう。エミリーの言葉にそれほど驚きもせず微笑み、老婆は二人の前にグラスを差し出した。


 血のように濃い、真っ赤な液体がグラスの中で揺れている。

 顔の前にグラスを持ってきただけで、芳醇な香りが鼻をくすぐった。


「これはなかなか」


 香りそのものを飲み込むように、サンデーの喉が鳴る。


「美味しい~。こんなものを出し忘れるとは憎いですね~」


 香りからも想像できる通りの濃厚な味わいが口の中に広がる。それでいて渋みはまったく無く、非常に口当たりが良い。


 一気に飲み干したエミリーが老婆をからかい混じりに責めた。


「ごめんなさいねぇ。歳を取ると忘れっぽくなってしまって。お代わりはいかが?」


 老婆は苦笑してみせ、ボトルを差し出す。


「ぜひぜひ~」

「助手君、程々にしておき給えよ?」


 喜び勇んでグラスを突き出すエミリーに釘を刺すサンデー。


「私は出されたものは残さない主義なので~」

「それはまあ立派な心掛けだが。後始末は私に回ってくるのだよ」


 苦笑しつつサンデーもグラスを傾ける。


「大丈夫ですよ。もし酔い潰れてしまったら、私がお部屋までお連れしてあげますからね」


 老婆がそう言いながら更に勧める。


「それなら安心ですね~。あ~おいし~い」

「やれやれ、せっかくのワインをエールのようにあおるのは勿体ないよ」


 あくまでマイペースに、ゆっくりと味わうサンデー。


「そういえば主人。この町では何でも神隠しが起きていたと聞くが、本当なのかね?」


 思い出したようにサンデーが尋ねると、老婆はばつの悪そうな顔で渋々頷いた。


「……ええ。せっかく来て頂いたお客さんに聞かせるような話じゃないのだけれど」

「若い女性ばかりがいなくなるというお話でしたね~?」


 エミリーがお代わりを要求するように、グラスを振りながら聞く。


「はい。まさにお二人のように若く綺麗な女性が多く行方不明になったと聞きました。多くは観光客だったようなので、私の知り合いは一人もそういう目には遭ってないのですけどね」


 エミリーのグラスにワインを注ぐと、苦々しい顔で頭を振った。


「ここ最近はそんな事件はありませんし、こんなお話は楽しくないでしょう」


 言いながら、老婆が新しいボトルを戸棚から出して持ってきた。


「お嬢さんは随分お酒がお好きなようなので、こちらの銘柄も飲んでみますか? また違った味わいで、気に入って貰えると思いますよ」


 暗い話を打ち切るように、老婆がボトルを掲げて見せる。


「お~では飲み比べといきましょ~」


 老婆の手がコルクにかかるのを、エミリーが待ちきれないとばかりに凝視している。


「ふふふ、まあ地酒を楽しむのも一興だね」

「そうでしょうそうでしょう~。ガンガンいきましょう~」


 新たなワインの注がれたグラスを二人はカチンと鳴らし合う。


 やはりと言うべきか、結局酒宴はエミリーが潰れるまで続いたのであった。

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