第29話 山狩り 3

 狂犬は放物線を描いて地面へと叩きつけられた。


 何とか受け身は間に合ったものの、先程の打撲と魔弾による衝撃が体に響く。

 すでに再生は始まってはいるが、痛みそのものは消えるわけではない。


 辺りを見回すと、そこだけ樹々が無く円形の広場となっていた。

 森へと分け入る小路の休憩場だろうか。

 雪が綺麗に脇に退けられ小山となっている。

 まるで決闘場として設えたようだ。


 思えばあの巨漢は、頭や胴等の急所はほとんど狙って来なかった。ここに誘導するのが目的だったのだろう。


 侮辱を感じ、狂犬は心の「絶対殺すリスト」へ巨漢の姿を刻み付けた。


 広場の左右には道が連なっている。それぞれ森の入り口と奥地へ繋がるのだろう。


 その入り口側と思しき道に立ち塞がる人物がいた。


 白銀の鎧を着た金髪の男だ。立派な鞘に入った剣を腰に下げている。

 決闘場というのも的外れではなかったらしい。底知れぬ覇気を放っていた。


「私はイチノ王国第二騎士団長、ソルドニア・シュリーク」


 涼やかな見た目に相応しい、静かな声で名乗りを上げる男。


「この場は既に包囲しています。大人しく縛に付けば、これ以上の攻撃は加えないと約束しましょう」


 その言葉を受けて狂犬が周囲に目を走らせる。木々の間に、長方形の大きな盾と長大な槍を構えた兵士が隙間なく配置されているのが見えた。


 そして男の言葉と同時に前後の道の前にも兵士が立ち塞がった。


「へっ、俺一人のためにご苦労なこった」


 狂犬は立ち上がりながら全身のダメージを確認する。


 まだ動く。問題は無い。


「捕まればどうせ死刑だろうが。大人しくする馬鹿がどこにいるってんだ」


 唾を吐き捨て、狂犬は呼吸を整えた。


 左右の兵士の壁を見るが、離脱は難しそうだ。

 一撃であの重装備を吹き飛ばすのは不可能ではないが、その隙を目の前の騎士が見逃すとは思えない。


「それは裁判に委ねるべきで、私が語る事は有りません。とにかく生かして捕縛しろ、受けた命はそれだけです」


 騎士はすらりと腰の剣を抜き放つと、切っ先を狂犬に向けた。


「では制圧を開始します」


 言葉が終わると、身に纏った闘気が一気に膨れ上がる。

 5m程距離のある狂犬の元までびりびりと吹き付けて来るようだ。


 ヒュンッ!


 ソルドニアがその場で剣を横に振るうと、明らかに間合いの外にも関わらず、狂犬の胴があった場所に斬撃が襲った。

 咄嗟に屈んで避けた狂犬だが、その目には動揺が浮かぶ。


 その間に距離を詰めたソルドニアが、上段から剣を振り下ろしてきた。


 横に転がって躱し、勢いを使って起き上がる狂犬。


 それを読んでいたように、目の前にはすでにソルドニアの姿がある。

 稲妻のような突きが、狂犬の右肩を浅く切り裂いた。返す刀で横振りの一閃が襲い来る。


 狂犬は手の甲で受け流そうとするが、刃が皮膚に触れた途端その考えを捨てた。

 大きく背を逸らして躱すと、後方に飛び上がりながら牽制の蹴りを放って距離を取る。


(こいつはやべぇ……)


 着地をしてすぐに構えた狂犬は、額に冷や汗が浮かぶのを感じていた。

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