第28話 山狩り 2
内心狂犬は舌を巻いていた。
巨漢と接近している間はレンジャーの援護射撃は来ないが、今のように離れるとすぐに的になってしまう。
襲い来る魔弾を避けながら、狙いを付けさせないように小刻みに動く狂犬。
(隙を見て森に逃げ込みてぇ所だが)
狂犬は不利を悟り、逃げる道を考え始めた。
多少の傷は治るが、体力には限界があるのだ。
背中を見せれば狙い撃ちにされる。かと言ってこのままやり合うのはジリ貧だ。
巨漢は動きこそ単純だが、あの棍棒をまともに食らえば一撃で終わりだろう。
狂犬は接近戦に戻りながら、離脱のタイミングを計る事にした。
二人の男が、互いに必殺の威力を込めた一撃を繰り出し合う。あるいは躱し、あるいは受け止め、小さな傷を付け合っていく。
次第に巨漢の動きを見切り始めた狂犬が、攻撃を当てる回数が増えてきた。
しかし巨漢は小さな傷など気にもせずに前進してくる。
鎧が頑丈な事もあるが、かなり防御が上手い。打撃の瞬間僅かに打点をずらして威力を殺しているのだ。ただの筋力馬鹿ではない。
これでは埒が開かないと、狂犬が大技の準備に入る。
「っらあああ!!」
巨漢が棍棒を振るうのに合わせ、狂犬はその間合いの内側へとするりと入り込んだ。
そして両手を揃えて手の平を巨漢の胴へと突き出した。
ズン……!
見た目には鎧の表面に手の平を添えただけにも見えた。
しかし巨漢の背中から衝撃が突き抜け、その顔が歪む。
「通し」と呼ばれる、鎧や盾等の遮蔽物の裏側に衝撃を伝える気功の秘技である。
効果あったようで、巨漢の動きが止まった。
その隙を逃す狂犬ではない。
鋭いフックが兜に覆われていない巨漢の顎先を捉え、その体が僅かに揺らぐ。
(浅いか!)
本来なら脳震盪を起こす一撃のはずだが、巨漢の太い首の筋肉が衝撃を抑えたらしい。
追撃を加えようとする狂犬より、一瞬早く巨漢が力強い蹴りを放っていた。
「うがっ!!」
棍棒にしか注意を向けていなかった狂犬は反応が遅れ、腹部へまともにつま先が突き刺さる。
「おらよぉっ!!」
身体をくの字に折った狂犬へ向けて、巨漢がこれまでにない程の速度で斜め下からフルスイングを見舞う。
みしり。
辛うじて肘で受け止める狂犬だが、骨にひびが入る感触が伝わった。
そして勢いを殺し切れずに空中へと巻き上げられてしまう。
森の木々よりも高く打ち上げられた所を、レンジャーの魔弾が襲い、更に吹き飛ばされていく。
「クソがああああああ…………!!」
狂犬の絶叫が尾を引きながら森の彼方へと消えて行った。
「やれやれ、手こずらせやがって」
首をごきごきと鳴らしながら、ナインは棍棒の先端を地に下ろす。
「やっぱり生け捕りってのは難しいわね」
木から飛び降り、ナインに近寄るアルト。すぐに治療魔術をかけ始める。
「ああ、ありゃ手加減は無理だ。俺はデカブツ専門だからなぁ。ああいうちょこまかした奴は苦手だぜ」
大人しく治療を受けつつぼやくナイン。
「殺さねぇってのは、つくづく難しいもんだな」
「そうね。それこそサンデーさんが手伝ってくれたら良かったんだけど」
「……まあ無理だな。村のガキ共と遊ぶ約束してたみてぇだし」
「英雄とは言われてるけど、自分から戦いに参加するタイプじゃないわよね、あの人。そもそも冒険者ですらないし」
漫遊記を読んでいてもそんな印象は有ったが、実際に見るとその思いは更に強くなった。
ソルドニアもそう判断し、最初からサンデーを作戦に組み込んでいない。
「まあプランその2は上手く行ったし、仕事は終わりね」
術をかけ終わると撤収に入る。
二人の受けた仕事は、狂犬の捜索と捕縛。捕縛が難しいようであればある場所への誘導だった。
生け捕りの理由は、狂犬が本土で皆殺しにした討伐隊の隊長が大貴族の子息であった為だ。怒り狂ったその貴族が、絶対に生かして連行しろと厳命しているらしい。
「貴族の体面ってのも大変よねー」
「面倒だわな。ま、あとは旦那に任せるとして、俺たちは念の為森の入り口を固めるか」
そう言うと二人は歩き始めた。
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