第17話 海と水着と浜辺の華

 緊急依頼として強引に駆り出された竜閃の二人は、猛吹雪の中を進んでいた。


 港町フロントの南側は、強く吹き付ける潮風のせいで草木が生えず、一面の砂丘と化している。

 砂と雪が入り混じった強烈な風に辟易しながら、二人は海岸を目指していた。


「くそ、割に合わねぇ! あのイカ野郎、見付けたらぜってぇぶちのめしてやる!」


 気炎を吐きながら鎧の小手で顔を覆い、前に進むナイン。


「こういう時だけは図体のでかい奴が相棒で助かるわー」


 ナインの陰に入り風除けにしながらアルトが続く。


「この理不尽……」

「何よー。あんたの鎧、耐熱と耐冷かかってるんでしょうが。こういう時に役に立たなくてどうするのよ」


 ぼやくナインにアルトが喝を入れるようにその背中を叩く。カンカン、と金属の音が響くが、すぐに風の音に吹き消される。


「寒くなくても砂がめちゃくちゃ入ってくるんだよ! あ~防塵加工も考えなきゃな」

「魔術が使えないと大変ね~? ご苦労様ー」


 そう言うアルトは普段の軽装と大して変わりが無い。せいぜいが長いマントを身体に巻き付けている程度だ。

 自分だけ防風の魔術で守られているのだ。


「まったく嫌味な奴だ……」


 ぶつくさ言いながらもナインは砂をかき分けるようにして進む。大きな砂丘を一つ越えると、一面に広がる海が視界に入ってきた。


「広いなぁ、おい」


 見渡す限り海と砂浜しか無い。砂嵐で多少視界は悪いが。


「これだけ何もねぇってのはいっそ気分が良いよな」

「……ちょっと待って。あそこなんか変じゃない?」


 双眼鏡を持ち出して周囲を見回していたアルトが一点を示す。

 言われるままにナインも双眼鏡を覗き込む。

 波打ち際。一面の砂浜。特に代わり映えのしない景色だが……


「……はぁ?」


 間の抜けた声がナインの口から漏れる。

 まだ距離が有るが、なんとなくの形状が見て取れる。


「ビーチパラソル……か?」

「……にしか見えないわね」


 お互い顔を見合わせる。


「夏の海水浴客の忘れ物か?」

「こんな風で飛ばされない訳ないじゃない」

「それもそうだが、じゃあ何だ? 化かされてるのか?」

「こんな所で幻術? 誰に対して?」

「誰って言われてもな……」


 真夏の炎天下であれば、蜃気楼かとも思うだろう。

 しかし猛吹雪の中で微動だにしない一本のビーチパラソルを思い浮かべて欲しい。

 ……どう考えても怪しい。


「まあアレだ。一応確認しておかねぇとな」

「……そうね。後で何か文句言われても嫌だし」


 今回の依頼ではこの区域は二人の担当だ。何か問題が発覚すれば当然矛先はこちらに向く。

 警戒しつつ、ゆっくりとパラソルへと近寄って行く。

 肉眼でも確認できる距離になった頃、更なる異変に気付くアルト。


「ちょっと、あの周りだけ晴れてるように見えるんだけど……気のせい?」


 そう言って示す先。パラソルを中心とした何十mかの範囲だけ、明らかに他と景色の色が違う。

 台風の目のように、そこだけ青空が覗いて日が差しているように見える。パラソルが微動だにしないのは、その周辺だけ風が治まっているからだろうか。

 そして近寄るにつれ、段々と気温が高くなっている。


「おいおい、どうなってんだこりゃぁ……」


 すでに汗だくになっているナインは兜を取って汗を拭う。

 鎧の耐熱は火炎やブレス等を遮断する物であり、気温には無力なのだ。


 すっかり風の無い範囲に入り、陽射しは真夏のように照り付けている。


「見て、誰かいる!」


 今までパラソルで陰になっていた向こう側が、近寄ったことで見えるようになっていた。

 そこにはビニールシートを浜に敷き、うつ伏せに身を横たえている女がいた。そしてもう一人、小柄な影が近くに膝を付いてその背中に手を伸ばしている。


「……うおおおおお、姐さん!?」

「エミリーさんも! こんな所で何を!?」


 二人が目にしたのは、それぞれ大胆な水着に身を包んだサンデーとエミリーだった。

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