第16話 老兵の杞憂
サンデーと酒宴をした翌日、ナインとアルトは黙々と鍛錬に励んでいた。
ギルドの裏手が広場になっていて、体を動かせるようになっているのだ。
吹雪の中を朝早くから続けており、すでに昼に差し掛かる。それでもまだ手を緩めようとはしなかった。吹き付ける雪風も、彼らの熱気に溶かされていくようだ。
本土ではそれなりに名が知られていたが、己惚れていた事を自覚したのだろう。
その光景を冒険者ギルド開拓島支部の長が窓越しに見つめていた。
「昨日の件が余程堪えたんでしょうね。あの二人の鍛錬する姿は久しぶりに見ます」
「だろうな」
秘書の言葉に頷く支部長。
彼の名はオーウル。冒険者を引退後、本部の副ギルド長を務めていた。
レンジャーだった彼自身は冒険者としては二流だったが、人を見る目は確かだった。大成しそうな才能を持った者を見抜き、チームを組むことで長年を上手く生き抜いてきた。それを活かして教官となり、才能ある新米を見つけては育成に励んだ。
竜閃の二人も、初めは彼が手解きをした。もっとも、あの二人はそれ程多くを教えずともやっていけるだけの地力があったのだが。
開拓島が発見された後、オーウルはその能力を買われて支部長へと就任した。
支部長ではあるが、料理が趣味で併設する食堂の厨房に入る事もあり、昨日の腕相撲を間近で見ていた一人だ。
オーウルは人を見る目に自信を持っていたが、サンデーについては全く底が見えなかった。
武術の達人は、気や気配と呼ばれる動きの脈を読んで相手の動きを予測するという。そして達人同士の戦いともなれば、その気をいかに隠して悟らせないかの勝負となる。
しかしサンデーはその気配が全くなかった。気が動く様子が感じられず、隠しているかすらもわからない。不自然さは全くなく、ただそこで普通に振る舞っているだけだ。
それがどれだけ不気味な事か。
どんな武術の達人でも、殺気や闘気といった気合の類をなしに動くことはできない。それを限りなく隠しながら動くことはできても、隠している事を隠す事は不可能に近い。
呼吸をしないで生活をしろと言うのと同義だ。
先日見せた膂力ですら、文字通りの児戯だったというのだろう。
老兵は安堵していた。彼女が表向きではあっても秩序の側に立っている事に。
もし仮に彼女が世界に牙を剥いた時、止められる人間がどれだけいるだろうか。
過去に出会った英雄と呼べる友人たちの名が浮かぶが、そのいずれも勝利の目が見出せない。
目の前の才気ある若者達ならば、いずれは手が届くようになるだろうか、そんな益体も無い思いを浮かべるオーウル。
「何か考え事ですか」
秘書が声をかけてくる。思った以上に思考が長かったようだ。
「大した事じゃねえ。それより、何か報せは入ったか」
振り払うように頭を振ると、秘書に向き直って椅子へと腰掛けた。
昨日の深夜、領主からの緊急依頼が入ったのだ。
船を襲撃した海魔への警戒、及び島周辺での目撃情報が無いか情報収集するようにと。
「その件ですが、一昨日の夕方頃に巨大な魚影らしき物を見たという情報が入りました」
内容が走り書きされたメモをオーウルに渡す。
「ちっ、酔っ払いの証言じゃ裏が取れねえが……万が一って事もある」
オーウルが机の上に広げられた海図を睨む。
「航路と真逆に吹っ飛ばされたって話だったな。そうすると南の大海流に乗ったか。となりゃ海岸辺りまで流されててもおかしかねえ」
「その辺りは流れが速いですからね。船より先に着いても納得です」
「手が空いてる奴ら全員呼べ! あの二人もだ」
窓越しの竜閃を親指で指す。
「はい」
退室していく秘書を尻目に、顎をさするオーウル。
「こりゃ大捕り物になるぜ……」
そう言って厳しさを瞳に滲ませるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます