第15話 領主の博打
「……郊外へ観光に行かれるのなら、ついでで良いので各地の事件を解決しては頂けないかと」
「ほう?」
アシュリスが切り出した提案に、サンデーの瞳に興味の色が浮かぶ。
「北からの亜人種だけでなく、東に敷いた街道沿いの村々からも、いくつかの事件が報告されています。それぞれ特産品や観光名所の有る場所なので、お立ち寄りの際に問題が有れば少しお力添えを頂きたいのです」
「私は旅人であって、何でも屋ではないのだけどね」
羽扇を軽く仰ぎながらサンデーがアシュリスを見詰める。目は柔らかく微笑んでいるが、何を考えているのかは到底読めない。
「まあ、お邪魔している身だ。私にどこまで出来るかは保証しかねるが、気が向けば手を貸そうじゃないか。それで良いかね?」
「有難うございます。宜しくお願い致します」
アシュリスは目論見が通った喜びを漏らさないように頭を下げる。
仮に手形を発行しなくとも、サンデーであれば勝手にどこへでも行けるだろう。それこそ亜人種の集落にでも直行しかねない。
それならば許可を与えて、他に興味を逸らした方が良い。
実際に東に進出した開拓村のいくつかで怪異が発生しているが、とてもそこまで手が回らない状況である。
そちらへサンデーが向かってくれれば、事件の方からサンデーに食い付き、自滅してくれるかも知れないとの算段だ。毒を持って毒を制す、と言える。
その後詳細な地図を見せ、なるべくサンデーの興味を引くような土地を選んで勧めていくアシュリス。それらをエミリーがメモに取って話はまとまった。
その後はアシュリスの肩の荷は降り、気楽な酒宴となった。
「このワインは実に気に入ったよ」
何杯目かになるワインを傾けながらサンデーが悦に浸っている。
「サンデー様は昼間あれだけ飲んだんですから~、後は私が代わりに飲んであげますよ~ぅ」
脇に置かれたボトルを掴み、自分で注ぎ出すエミリー。
大分酔いが回っているようだ。
「昼間からですか? 一体どれだけ飲まれたのでしょう」
ソルドニアの問いにエミリーがざっと概算を答える。
軽く一樽は超えている。
「そんなに! サンデー殿は酒にも強いのですね」
「食堂の大衆向けワインも良い物だが、これは別腹さ」
その細い体のどこにそんな体積が入るのか。
「私は嗜む程度でして。恥ずかしながらそろそろ限界です」
感心するソルドニアの顔はすでに赤い。
「お酒に酔ったイケメンも良いですね~、あ~でもここじゃ写真が撮れない~残念~」
エミリーは半ばふにゃふにゃしながらグラスを空けている。そうしているとまるで子供だが、この場で一番飲んでいる。
「私もお酒は苦手です。好きではあるのですが」
アシュリスが白い液体を見詰めて呟く。
彼女は酒に強い方ではあるが、酔いはする。これ以上醜態を晒さないように自重しているのだ。
「そう言えば、サンデー殿は何故記者を旅の共に連れているのですか?」
ソルドニアが長年の疑問を直球でぶつける。
アシュリスもそれは気になっていたが、厚かましいお願いをした後で尋ねるのは気が引けていた。
「簡単な話だよ。私は物覚えが悪いのでね。旅の日記を付けて貰う為に雇っているのさ。後で読み返して思い出せるようにね」
何でもないようにあっさりと答えるサンデー。別段秘密な事でもなかったらしい。
「そしてその記事で収益が上がれば旅費も出る。一石二鳥だろう?」
「成程。意外と現実的な理由だったのですね」
「何かね。もっと遠大な陰謀でも巡らせているとでも思ったのかな?」
「ええ、私などには及びもつかないような深慮があるかとばかり」
「それは買いかぶり過ぎだよ」
くすりと笑うサンデーが続ける。
「ああ、もう一つ挙げるなら。私はお喋りが大好きでね。話し相手がいないと寂しくて死んでしまうかもしれない」
「それはまた大袈裟な」
おどけた調子のサンデーに、笑みを浮かべるソルドニア。
「いやいや、本当さ。それに旅の道連れなら若くて可愛い子が良いだろう? おや、これでは一石三鳥だね。ふふふ」
そう言いながらサンデーは、横でグラスを傾け続けるエミリーを見やる。
饒舌なのは酒のせいだけではなく、元来の物だったらしい。
アシュリスとソルドニアは、英雄と呼ばれる程の偉業と、彼女の気さくな性格に大きな乖離を感じるのだった。
「それにしても、今回の旅は実に幸先が良い」
「そうなのですか? 死にかけた者としては複雑な心境ですが……サンデー様が居られたのは確かに僥倖でした」
微笑むサンデーに対して、船での戦いを思い出し、ソルドニアの顔が締まる。
「私は旅の醍醐味は出会いに有ると思っていてね」
新たにワインを注いで貰いながら言うサンデー。
「今回の船を選ばなければこうして君達と出会う事は無かっただろう。縁とは不思議な物だと思わないかね?」
「確かに……」
一つボタンを掛け間違えれば全てがずれていた。
恐らくフロンティア号は到着を果たせず、海の藻屑と消えただろう。そうなれば開拓島も厳しい状況になっていた。
「でうから~この出会いを祝しれ~もう一つ乾杯といきましょうよ~」
すでに手からグラスが抜け落ちている事にも気付かずエミリーが腕を振り上げる。
「か~んぷわ~い!」
「ふむ、助手君が出来上がってしまった。申し訳ないがそろそろお開きとしないかね」
「それが宜しいでしょう」
サンデーが正体をなくしてしなだれ掛かってくるエミリーを抱えて言うと、アシュリスが同意する。
「え~まだ全然酔ってませんよ~」
「酔った者は皆そう言うものだ」
「街の高級宿に比べれば粗末ですが、上級将校の部屋をご用意しております。宜しければそちらでお休み下さい」
「有難いね。そうさせて貰おう」
エミリーをひょいと抱きかかえると立ち上がるサンデー。
「御馳走様。良い宴だったよ」
にこりと微笑むとメイドに連れられて歩き出す。
「ああ、一つ忘れていた」
歩みを止め、アシュリス達へと振り返る。
「先程、後から軍艦が来ると言っていたね?」
「はい。それが何か?」
「何、あの海魔、生きているだろうから忠告をと思ってね」
『なっ!』
領主と騎士団長の声が重なる。
「何分緊急だったのでね。大雑把に吹き飛ばしただけだ。あれ位では死にはするまいよ」
「……ご忠告感謝します」
考えてみれば当然だ。彼女は不殺を冠しているのだから。
「では失礼するよ」
サンデーはそれだけ言うと今度こそ真っ直ぐ部屋から出て行った。
「ソルドニア、すぐに後続の軍艦へと通信を」
酔いは完全に吹き飛び、厳しい表情を作るアシュリス。
ソルドニアも同様だ。
「はい。もしかすると海流に乗って島の付近に流れ着いている可能性も有りますね」
「海岸線の哨戒を増やそう。ギルドにも手を借りる事になる」
ぼやきながらも頭を回転させ、対策を練り始めるアシュリス。
「全く……しばらくは休む間も無いだろうな」
そう思うと、不意にサンデーを羨ましく思う。
酒宴の合間、毎日が日曜日だ、と語っていた美しい顔が浮かぶ。
自分ですら手に余りつつある事件でさえ、単なる休暇の刺激でしか無いのだろう
生真面目すぎるアシュリスにとって、サンデーの奔放さは太陽のように眩しく感じるものであった。
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