第14話 領主の歓待

 サンデー達が席に着くのを見届け、アシュリス自らもホストとして席に座る。


「さて、私もこうしてお会いしたのは、我が騎士団並びにフロンティア号の乗客全てを救って頂いたお礼を、直にしたかったからです。篤くお礼申し上げます」


 アシュリスは居住まいを正して、テーブルに届かんばかりに深く頭を下げる。


「あの船は本土とこの地を繋ぐ要。乗組員の命も当然ですが、今回輸送された物資が届かなければ、今年の冬は乗り越えられるか怪しい所だったのです」

「ふむ? 街の景気は良いように見えたがね」

「冒険者さん達が言ってましたね~。何やら問題が起こりそうだと~」


 エミリーが昼間の会話を思い出しながら言う。


「その辺りを詳しくお話ししても良いのですが、まずは喉を潤しませんか」


 アシュリスの言葉が合図となり、数人のメイドが給仕用の手押し車を押して来た。一礼すると一同の前へグラスを置き、ボトルから液体を注いでいく。色は白ワインに似ている。


「宴の主催として音頭を取らせて頂きます」


 全員が手にグラスを持った事を確認すると、アシュリスが続ける。


「不殺の英雄殿へ感謝を。そして更なるご活躍を願って。乾杯!」


 すっと4つの杯が掲げられ、各々のペースで液体を口へ運ぶ。


「ほう。変わった味のワインだね」


 一口飲んだサンデーが呟く。


「はい~、酸味が強いのに爽やかな後味ですね~」


 エミリーはかなり気に入った様子で空になりそうな勢いで飲んでいる。


「この島固有の林檎で作ったワインです。本土の林檎より甘さが控えめでさっぱりとした風味が特徴なのですよ」

「成程。交易で栄えているというのは伊達ではないようだね」


 サンデーは香りを楽しむようにグラスを揺らしている。


「気に入って頂ければ幸いです」

「交易が順調なのに街の備蓄が少ないと言う事は~……食料自給率が低いのですね~?」


 エミリーがお替りを注いで貰いながら指摘する。


「……仰る通りです。固有の種は果物等が多く、主食となる物が少ないのです」


 感心したようにアシュリスが答える。

 少ない情報から状況を推測して見せた。幼い見た目に惑わされたが、かなり頭が回るようだ。

 考えてみれば王国新報社がサンデーの供に半端な者を付けるはずが無い。特に優秀な者が選ばれるのだろうから。

 アシュリスはサンデーへの対策で頭が一杯であったが、エミリーへの評価も上げねばならないと肝に銘じた。


「もちろん魚介類は豊富なのですが、それだけでは成り立ちません。本土の小麦や芋等の栽培も試みているのですが、気候がかなり違うのであまり上手く行っておりません。その為、生活必需品も含めて本土からの輸入に頼っている状況なのです」


 苦々しい顔のアシュリス。


「その上近年、北方の森林地帯から原生亜人種が進出してきているのです」

「冒険者や騎士団が派遣されてきたのはそのせいですか~」


 会話の合間に運ばれてきた料理を吟味しつつエミリーが言う。

 宮廷料理とは比べられないが、かなり手の込んだ物だとは分かる。街の食堂とはまた違った絶品だ。


「ええ。街の北の河沿いに果物を中心とした農園が広がっているのですが、度々作物や家畜に被害が出ているのです。以前は河を超えて来る事は無く、互いの領域が確立できたものと考えていたのですが……」

「その様子だと、その亜人種とは意思の疎通は出来ていないのだね。言語が違うのかね?」

「その通りです。彼らは……便宜上亜人種と呼んではいますが、本土では全く見られない種族です。二足歩行をする昆虫のような見た目で、言語かすら怪しい金切り声で叫ぶと報告に有ります」

「ほう、それは見てみたいものだ」

「……申し訳ありませんが、無暗に見物に行かれるのはご遠慮頂けませんか」


 興味を示すサンデーに渋い表情でアシュリスが言う。


「彼らは全体の数は不明ですが、個体の戦闘力がかなり高いのです。斥候部隊もいくつか壊滅させられています。もし戦にでもなれば、軍備の乏しい現在では心許ない。悪戯に刺激をしたくはないのです」

「私は先遣として、少数を連れて足の速いフロンティア号で先に参りました。もう数日で後発の軍艦が到着するでしょう」


 ソルドニアが後を引き継ぐ。


「第二騎士団の精兵5000です。その配備が終わるまではお待ち頂きたいのです」

「現在街道の安全が確保できるまで、旅行者は街から出さないよう指示を出しています。観光に来られたサンデー様方には申し訳ないのですが……」

「ふむ、足止めか。困ったね助手君」


 全くそうは見えないサンデーに言葉を振られ、エミリーは鞄をごそごそと漁り始めた。


「そう言えば~、領主様宛にこのような物をお預かりしていました~」


 そう言ってアシュリスに向けて一通の手紙を差し出した。


「これは……陛下からの親書……!?」


 溶かした蝋で封をされた上には、王家にのみ使用を許される家紋が刻印されている。イチノ王国一族由来で有る事を示す物だ。

 封を切り、中身を確認するアシュリスの顔に困惑が浮かぶ。


「領主殿、いかがされました」


 ソルドニアがその顔色を見て心配げに尋ねる。


「……サンデー様方お二人分の通行手形を発行するように、と」


 開拓島が不安定な状況化にある事は、もちろん国が把握している。その為の騎士団派遣なのだから。

 同時に新報社もその情報から通行規制を受ける可能性を考え、王室に掛け合って親書を用意させたのだろう。

 一体どこまで大きなコネクションを持つのか……

 アシュリスは背中に冷や汗が伝うのを感じた。


「それで~いかがでしょうか~?」

「……現在郊外は安全を保障しかねる状況ではありますが、サンデー様でしたら危険は無いのでしょう。手形はご用意致します」


 アシュリスは手紙を畳みながら答える。瞬間何かを閃いた様子である。


「一つ、お願いをさせて頂いても宜しいですか?」

「何だね?」


 サンデーが促すと、アシュリスは意を決したように口を開いた。

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