第13話 英雄と領主

 アシュリスが向かった先はホールとなっていた。天井は高く、シャンデリアが煌々と全体を照らしている。二階部分まで吹き抜けになっており、脇の階段から客席へ上がる事ができる。舞踏会や宴を開く際に使われる式場である。


 部屋の中央に長方形の大きなテーブルが置かれ、白く清潔なクロスが掛けられている。その上に燭台や花瓶等が飾られていた。

 そのテーブルを背にして、アシュリスは一つ深呼吸をする。


 暫くして、ホールの扉がノックされ警備の兵が顔を見せる。


「お見えになりました」


 それに顎を引いて見せると、入れ替わりに3人の男女が入ってきた。

 騎士団長ソルドニアと、二人の美しい女性。


「領主殿。サンデー殿をお連れ致しました」


 ソルドニアの言葉を受け、アシュリスは鷹揚に頷いた。そして客人へ向け、大きく手を広げて歓迎の意を示す。


「ようこそおいで下さいました、サンデー殿。お初にお目に掛かります。イチノ王国宮廷魔術師兼、開拓島領主のアシュリス・ワグヌと申します」


 優雅に一礼するアシュリスを見た、サンデーの反応は意外なものだった。


「初めましてなのかな? 君、なかなか長生きしているようじゃないか。もしかしてどこかで出会っていないかね?」


 その言葉にアシュリスは衝撃を受ける。

 サンデーの言う通り、彼女は不老の魔術を修め200年以上の時を生きている。

 しかし表舞台に出てきたのは王国に仕え始めた30年前頃だ。彼女が長寿である事を知る者は王国でも僅かであり、一目で見破られた事に驚愕する。

 何故かと言えば、高位の魔術師となれば、無意識に魔力の障壁を常に纏っている。自らにかかっている魔術の類を露見させない為だ。もちろんその防護を見破る魔術も存在し、高位術者同士の攻防は対峙したその時点ですでに始まっている。

 つまりサンデーは、アシュリスに何の術式も感じさせずにこちらの魔術保護を破ってみせたという事になる。

 同時にこちらからの魔術看破は効果を発揮していない。この反応は相手の防護を打ち破れなかったか、逆に全く魔力が無い時の反応だ。

 前者ならば魔術の技量の差として納得はできる。それでも信じがたい事ではあるが。

 問題は後者の場合だ。何の魔術も使わずに不老の法を行使しているという事になる。これまでの魔術の常識が覆ってしまう。


 叫び出したい気持ちを抑えて、笑顔を維持するように努めるアシュリス。


「いえ、私は長い間人里離れて隠遁生活を送っておりましたので。お目にかかった事は無いと存じます」


 しかし動揺のせいか、思わずサンデーをまじまじと見詰めてしまう。何度見ても魔力の流れが読めない。


「そのようですね~。アシュリス様が王国付きになられたのは30年前ですし、サンデー様が最後にイチノ王国へ訪れたのはもう100年も前になります~。検索しても~、お二人が出会うお話は出てきませんね~」


 タブレットを操作しながらエミリーが補足する。


「あ、ご挨拶が遅れました~。どうも初めまして~。この方がサンデー様です~。私はエミリュース・ヴァンデルヌと申します~。以後お見知りおきを~」


 サンデーは口を挟まない。自己紹介はエミリーの役目だと決まっているのだろう。


「これはご丁寧に。王国新報社の記者の方ですね」


 アシュリスと握手をしながらエミリーが続ける。


「はい~。あ、館内の撮影をさせて頂いても宜しいでしょうか~?」


 宮廷魔術師が相手では盗撮は見抜かれると判断したのか、ついでのように撮影許可を求める。


「私だけを撮る分には構いませんが、館内の構造が分かるような構図は避けて下さい。警備に支障が出ますので」

「そうですよね~、了解しました~」


 エミリーとしても通るとは思っていなかったのであっさりと引き下がる。領事館等は機密の塊であり、当然の配慮である。


「まあ気のせいなら良いさ。失礼したね。立派な館にお招きありがとう。噂の領主君と会えて嬉しいよ」


 羽扇で口元を隠すいつもの姿勢のまま歩み寄るサンデー。

 突然の君呼びをされ、疑問符を浮かびかけるアシュリスだが、笑顔を崩さずに返答する。


「噂と言うのはどのようなものですか?」

「大層な美人だ、とね。一目で納得だとも」

「まぁ、それは……有難うございます」


 アシュリスは頬に片手をやり照れる素振りをすると、差し出されたサンデーの手を握り返した。

 家事もやった事が無いような細く綺麗な指だ。この絹のように滑らかな細指で、騎士団や冒険者達が手こずった巨大な海魔を撃退したのだとは、俄かには信じ難い。

 その時、手を握ったままでサンデーが羽扇の下で薄く笑った。


「何か……?」


 アシュリスは内心穏やかざるまま尋ねる。


「いや、妙に警戒されていると思ってね。私は只の観光客だ。お互い痛くも無い腹を探るのはよさないかね。歓待してくれるのだろう?」

「こ、これはご無礼を……どうかお許し下さい」


 咄嗟に頭を下げるアシュリス。

 失態だった。あからさまに魔術看破の術を使ってしまったのだ。不躾と取られても反論できない。


「魔術師として相手の力量を測ってしまうのは悪い癖でして……決して悪意が有る訳では」


 必死に弁解するアシュリスの手を、少しだけ力を入れて握るサンデー。


「落ち着き給え。私は何も責めていないよ。君のような慎重な領主がいるならここも安泰なのだろうね」


 まるで気にも留めていないようにくすくす笑っている。

 その優し気な笑顔に、アシュリスは毒気が抜かれたような気分だった。


「いいえ、こうして未熟を晒してしまいました。まだまだです」


 釣られて笑顔が戻るアシュリス。

 そこへエミリーがタブレットを構え、二人に静止するように頼む。


「それでは一枚だけ~、そのままお二人を撮らせて頂きますね~。良いお顔です~……はい、ありがとうございました~」


 満足の行く画が取れたらしく、エミリーの細い目が更に細くなる。


「あ、この場での会話は記事にはしませんので~。ご安心下さい~」

「ええ、その点は心配していません。かの王国新報社の記者さんなのですから」


 本来ならばエミリーのような民間人が領事館の奥まで入る事はできない。しかしサンデーの同行者ともなれば話は別だ。

 サンデーの旅行に付いて回る記者は王国新報社の者と決まっている。会社設立の際の契約なのか、サンデーが単に気に入っているだけなのかは不明だが、500年の間その法則が破られた事は無い。


 王国新報社はイチノ王国最古参にして最大手の出版社だ。王国の広報誌等も手掛け、王侯貴族等との関係も深い。そのため信用が最重要であり、スキャンダルで一山当てようとするゴシップ誌等とは比べ物にならない権威が有る。

 当然情報管理についても徹底されており、政治面での情報は公式発表された物以外は絶対に漏らさない。下手な貴族よりも信頼できる程だ。

 その信用が有るために、碌な身分確認すら受けずにここまで付いて来られたのだ。言うなればサンデーそのものが身元保証人である。


「お連れ様がいるとは伺っていましたが、これ程お若いとは思いませんでした。酒とは別に絞った果汁などご用意しましょうか?」


 エミリーの容姿を見てそう言うアシュリスに、エミリーは微かに眉根を寄せた。


「あの~私これでも25歳なんですけど~」

『えっ!』


 エミリーの言葉に同時に叫ぶ騎士と領主。


「こ、これは失礼しました。あまりにもお若く見えるので……」


 どう高めに見ても18歳前後にしか見えない。膨れ面をしている今など15歳と言っても通りそうだ。


「そんなに子供に見えますか~? ほら~証拠も有りますよ~」


 言いながら王国新報社の社員証を出して見せる。

 アシュリスが確認すると、確かに生年月日からは25歳となっている。

 考えてみれば当然だ。新報社は名門大学を出た者しか入社できないエリート企業である。多少飛び級をしたとしても、卒業時には20歳を超えるだろう。


「確かに……重ねてお詫び致します」


 深く頭を垂れるアシュリスに、ソルドニアも続く。


「くっくっく……先程の食堂でも、誰も君に酒を勧めなかったしね?」

「まったく~、もう慣れてますけど~」


 自分の幼い容姿に自覚はあるのだろう。しかし腹が立つものは立つのだ。


「そ、それでは立ち話も何ですし、まずは皆さんお席へどうぞ」


 気まずさをごまかすように、アシュリスは席へと誘うのだった。

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