第10話 領事館へ 2
本土からの船が到着し、俄かに活気に溢れる街中を、豪華な人力車が通り過ぎていく。
前には立派な鎧を着た騎士が先導し、座席には見目麗しい女性が二人座って談笑している。
その様を、道行く人々が何事かと口にする。
「お母さん、あれお姫様~? すっごいきれ~い!」
「こら、指を差すんじゃありません」
「え~、でも手を振ってくれたよ?」
「……優しい人で良かったわねぇ。でも、本当に綺麗」
娘をあやしながら、母親もうっとりと車を見送る。
「ありゃあどこの御大尽だ? あの車、確か領主様が乗ってた車だろ?」
「ああ、ちょっと借りただけでお前の給料が吹っ飛んじまう最上級のだ」
「うおマジか! 道理で領主様以外が乗ってるのを見た事ねぇ訳だ」
「それにしても、美人だったな。領主様も綺麗な人だが、あの二人もとんでもねえ別嬪だ」
「どこぞの貴族の妻子かねぇ。だとしたら旦那が羨ましいぜ」
「全くだ。まあ、そんだけ金を稼げる男って事なんだろうけどよ」
「……働くか……」
労働者風の男達は揃って肩を落とした。
車の中は思った以上に揺れが無かった。車が良いのか、引手の腕なのか、下手な馬車より余程快適である。
石畳であればもっと揺れていただろうが、この大通りは作りが一風変わっている。
見た目には暗めの灰色がかった道路だ。エミリーの解説によれば、魔導粘土という新素材が用いられているらしい。
特殊な魔術によって形状を自由に変える素材で、形を決めた後にはそのままの形で固定する事が出来る。それを丁寧に均した地面に張り付けていき、隙間や段差の無い道路を作りあげたのだと言う。 表面に適度な切れ込みを入れる事で、坂道でも滑りにくいのだ。
「いや~いいですね~。この庶民を見下ろすような感覚! 創作意欲が刺激されます~」
エミリーは興奮した様子で、一心不乱にタブレットへと何事か書き連ねている。
「腕力自慢の冒険者に小指一本で勝ちを収める美女の画も良かったですが~、こう、高き者の視点を伝えるというのもジャーナリストとしての使命なんじゃないでしょうか~」
「まあ楽しそうで何よりだ」
道端の子供に手を振りながらくすくす笑うサンデーを、気にも留めずに文を書き続けるエミリー。
車は急な坂道を登り切ったと思うと、一気に視界が開けた。街の頂上エリアに入ったのだろう。
この辺りからは所謂高級住宅地に相当し、計画的に区画整備がなされている。
立ち並ぶどの家々も広い庭を有しており、個々の間隔が非常に広い事もあって、見晴らしが良い。遠くには街全体を覆っているだろう高い外壁が望める。
身分が高い者の別荘も多いのだろう、高い石壁に囲まれた屋敷がいくつも目に付く。
そして通りの正面に一際大きく立派な建物が見えてくる。
引手の一人が振り返り、告げて来る。
「お嬢様方、あちらに見えますのが目的地の領事館となります。直に到着致します」
近づくにつれ、建物の仔細が見えてくる。
大理石のような真っ白な壁の、正方形の巨大な館だ。
5階層はあるだろうか。多くの窓が設けられ、部屋数の多さが伺える。
外壁に派手な装飾は無く、貴族の豪奢な館とは違う、機能美を追求したようなシンプルだが美しい建物である。
「変わった外見だね」
「赴任されたご領主様が自ら設計されたと伺っております」
サンデーの問いにすぐさま返答がある。恐らく多くの客が同じ感想を抱くのだろう。
「君達はその領主様とやらに合った事はあるかね?」
「いいえ、滅相もありません。時折我が社の車をご利用頂く事は有りますが、私共とは別に担当が居りますので」
「ただ外遊の際にお顔を拝見した事は有ります。とてもお綺麗な方ですよ」
「ほう。もしかしたら会えるかも知れないね。楽しみじゃないか」
「そうですね~。5年前に赴任された方で、交易を軌道に乗せたのもその方の功績だそうですよ~」
「美人で有能か。ますます楽しみだね」
羽扇の陰で舌舐めずりでもしていそうな口調である。
話しているうちに、件の建物の門前へと車がゆっくりと止められた。
「……到着致しました。お疲れ様です」
再び踏み台を用意して手を差し出す引手。
「君達もね。実に快適だったよ」
手を取る際にチップを渡すサンデー。
その額を見て引手の顔色が変わる。
「お、お嬢様、こんなには頂けません!」
その手には、この車の利用料金とほぼ同額の金貨が乗せられていた。
羽振りの良い客からチップを貰う事は珍しくは無い。しかしせいぜいが料金の1割程度だ。すでに料金を払っているというのに、ほぼ同額をチップとして渡すなど有り得ない。
「私は褒めるべきは全力で褒める主義なのだよ。心ばかりのお礼だ、受け取ってくれ給え」
「し、しかし……」
「上司に何か言われたら私の名前を出すと良い。これは私が正当な報酬として支払ったのだとね。君達の仕事は完璧だった。胸を張っていれば良いさ。二人で仲良く分けてくれ給え」
震える手の平をそっと握らせると、返却は許さないとばかりに引手の胸元へと押しやった。
「光栄の極みです……!」
前方で待つ騎士の方へ歩き始めたサンデー。
引手達はその姿が門の中へ消えるまで頭を下げ続けた。
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