第9話 領事館へ

 イチノ王国第二騎士団長付きの副官、ジャン・ヘイドリクは、夢を見ているような気分であった。

 冒険者ナインザールの怪力の噂は聞いている。船での戦闘で直接その力量は見ていた。

 その力自慢が腕相撲で、目の前の筋肉などほとんど無いような美女にあっさりと負けたのだ。完膚なきまでに、と言っても良い。


「ではお待たせしたね。案内を頼めるかな」


 呆然と成り行きを見守っていたジャンへ、声が掛けられる。


 椅子から立ち上がったサンデーを見て、ジャンは軽く驚きを感じた。

 意外にも背が高い。騎士としては背が低い方であるジャンだが、それでも男性で平均的な177㎝はある。その彼と目線が同じなのだ。

 高いヒールを履いているとは言え、それを抜きにしても女性としては高身長に入るだろう。

 しかしそれをあまり感じさせないのは、頭身が高いせいだろうか。顔が小さく、手足も長い。腰の位置が自分とは全く違う。奇跡のようなバランスで成り立っているのだ。


 思わず見惚れてしまいそうになるが、任務を思い出しようやくにして動き出す。


「はい、それではご案内致します」


 店の扉を開けると、粉雪混じりの風が強く吹き込んできた。


 イチノ王国を出航する時には夏だったが、開拓島では気候が大分違う。今は収穫も終わり、冬が訪れた所であった。

 暖炉が焚かれた店から出ると、身を切るような風が吹きつけてくる。海が近い分、風が冷たく強いのだ。降っている雪も積もらない程だ。


「ひゃ~やっぱり寒いですね~コートコート~」


 店内では脱いでいた厚手のコートを着込みながらエミリーが扉を潜る。


 サンデーは手品のように何処からか白い毛皮のコートをばさりと取り出すと、肩掛けに羽織った。片腕を組み、羽扇で口元を覆う。どんな所作をしても気品が感じられる。

 コートは分厚く裾が長いとはいえ、その下のドレスからは素足が覗いていた。

 どう見ても寒そうではあるが、よく見ればこの強風の中でもコートがほとんどはためいていない。魔術で保護しているのだろうと納得すると、ジャンはサンデーに向き直った。


「本来なら馬車を仕立てるべきなのですが、この町は御覧の通り急な坂だらけですので」


 そう言って向かう先の道を示してみせる。


 この島は元々の海抜が高く、港から町の頂上までの高さが実に100mを超す。そのせいで道の至る所が急な坂や階段になっている。

 その上開拓初期に建設された街並みは計画性が無く、あちこちが入り組んだ場所も多い。いかにも馬車向きではない。


「そこで、宜しければあちらをご用意しようと思いますがいかがでしょうか?」


 そう言うと、ジャンは冒険者ギルドの更に一つ先の場所を見るように促した。

 そこは荷台に椅子を固定したような手押し車がいくつも置いてある広場だった。付近には揃いの制服を着た労働者風の男達が焚火に当たっている。


「成程~人力車ですか~」


 エミリーが得心したように頷いて見せる。


 その名の通り、馬に代わって人が引いて走らせる車の事である。馬車のような長距離移動には向いていないが、この町のように坂が多かったり入り組んだりしている観光地では、小回りの利くこちらが主流である。


「そう言えば久しく乗っていないな。では頼むとしようか」

「はい。それでは手配をして参りますのでしばしお待ちを。予約は取ってありますので時間はかからないはずです」


 サンデーの了解を得て、ジャンが受付であろう建物に入って行った。




「ふふ、気が利くものだね」

「ですね~騎士様はこうでないと~」

「ああいうのが好みかね?」

「いえ全然~? 騎士団長様の方がイケメンでしたね~」


 サンデーらが益体も無い話をしていると、ジャンが二人の男を連れて戻ってきた。


「お待たせしました。彼らが車へ案内してくれるそうです」


 ジャンの言葉を受けて、後に付いてきた男達が深々と頭を下げる。揃いの服を着ており、その上からでも分かるがっしりとした肉体を持っていた。


「この度は我が社をお選び頂きありがとうございます。それではこちらへおいで下さい」


 人力車の人足と言えば、威勢が良く荒っぽいイメージを持たれる事が多いが、人足にもランクと言う物がある。

 観光地では一般の観光客が乗る物でもそれなりに礼儀正しい者は多い。直接土地のイメージに関わるからだ。しかし貴族のような貴賓客を乗せるものと比べれば、車から引手の礼儀作法まで全く別の物だ。


 彼らはその最高級の車を任されているのだろう。物腰は柔らかく、制服も黒を基調にデザインされた、シンプルだが小奇麗な服だ。貴族の馬車を駆る御者のように見える。体を動かす為の服なので、デザイン性を保ったままで通気性と耐久性を両立したと考えれば、高級品である事は想像に難くない。


 程なくして案内された車もまた豪華であった。

 他の一般向けの車とは違い、立派な天蓋が付いている。座席部分は柔らかそうなクッションが敷き詰められ、黒を基調とした落ち着いた外装にも、金箔等を使った凝った意匠が散りばめられている。


「お嬢様方、お手をどうぞ」


 車の乗りこみ口に踏み台を置くと、引手が手を差し出す。

 その手を取って、二人は車へと乗り込んでいく。


「ふかふかですね~暖かい~」


 適度に沈み込むクッションに腰を預け、脱力していくエミリー。

 天蓋部分に風除けの魔術が込められているようで、座席に入ると肌が切り裂かれるようだった風がたちまち止んだ。


「良い塩梅だ。これなら多少の揺れは吸収してくれるだろう」


 サンデーもご満悦である。


「私は徒歩で先導しますので一度失礼します。しばしお寛ぎください」


 二人が落ち着くのを確認すると、ジャンは一礼して前方へと向かった。

 引手は踏み台を仕舞った後、胸に手を当てて一礼する。


「座席の脇に暖かいお飲み物もご用意しておりますので、ご自由にお召し上がり下さい。他にもご用命があれば何なりとお申しつけを」


 見ればホルダーに水筒が収まっていた。エミリーが中身を確認すると、保温魔術による物だろう湯気がほかほかと立ち上り、ココアの甘い香りが立ち込めた。


「至れり尽くせりですね~」

「ふふふ、人助けはするものだね」

「それでは出発しても宜しいでしょうか?」

「ああ、やってくれ給え」


 サンデーの頷きを見て、引手がゆっくりと車を走らせ始めた。

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