第11話 領事館にて

 領事館の大門は頑丈そうな鉄扉で出来ていた。ジャンが警備の兵に何事か告げると、ガラガラと音を立てて左右に割れていく。


「お待たせしました。このまま正面の建物が領事館となっております。参りましょう」


 門を超えた先は石畳が真っ直ぐ続き、両側に背の高い樹々が等間隔に植えられている。

 すでに夜の闇が迫る時刻であるが、魔術による照明が備えられているらしく、視界に不都合は無い。

 目算で100m程向こうに、先に見えた大きな建物の入り口が見える。

 左手には地面が剥き出しの広場が有り、兵達が集団で夜間訓練を行っている。

 右手には正面の建物よりは低いが、横方向に長い建物がある。こちらは普通の木造建築のようで、干しっぱなしの洗濯物らしき物が見える。兵舎、あるいは職員の宿舎なのだろう。


 左右に兵士が立つ正面玄関がはっきりと見えてきた頃に、その扉が開いて人が出て来るのが分かった。


「むむ、イケメンの気配が~」


 エミリーがいそいそとタブレットを撮影モードへ切り替える。

 そのまま歩みを進めると、王国第二騎士団の長が笑顔で待っていた。以前の鎧姿ではなく、白い礼服を着ている。端正な顔立ちもあって貴族のような気品を感じさせる。


「ようこそおいで下さいました、サンデー殿」


 きっちりと一礼して歓迎の意を示すソルドニア。


「騎士団長様自らお出迎えですか~。光栄ですね~」

「いいえ、命の恩人を迎えるのです。立場など関係ありませんよ」


 タブレットを構えるエミリーへにこやかに言う。次いで部下へ向け言葉を続ける。


「そして案内ご苦労でした、ジャン。持ち場へ戻って下さい」

「はっ! 失礼致します」


 ジャンはソルドニアとサンデー双方に敬礼をすると、兵舎の方へと歩み去って行った。


「まずはご足労頂いた事に深く感謝を。本来であればこちらが出向くのが筋なのですが……」


 胸に手を当て頭を下げるソルドニアをサンデーが制する。


「案内の子に事情は聞いているよ。貴族気分も味わえた事だし,気にしてはいないとも」

「そう言って頂ければ幸いです」


 安堵の笑みを浮かべるソルドニア。その顔をエミリーがこっそりと激写している。


「宴席を設けましたのでご案内します。どうぞこちらへ」


 ようやくにして感謝の意を示せるという喜びが満ちているようで、颯爽と先導し始める。


 領事館は内部も簡素な作りになっていた。勿論細かい所では丁寧な仕事がされているのだろう。廊下を彩る装飾なども華美に過ぎず、設計者の質実剛健な性格を思わせる。


「そう言えば~団長様はお怪我はもう大丈夫なんですか~?」


 先頭を行くソルドニアを見回しながら、エミリーが尋ねる。


「ええ。部下に治癒魔術の使い手がいまして。ほぼ完治しています」


 船で会話を交わした際はかなりの深手だったはずだが、言葉の通り動きに不自然な所は見られない。


「それは良かったです~。あの傷は相当の物かと思いましたので~」

「ご心配有難うございます。実際折れた肋骨が内蔵を傷付けていたらしく、危ない所でした。確かに本調子ではありませんが、この通り、歩き回る分には問題有りません」


 腹部をさすりながら笑って見せるソルドニア。


 この世界における治癒魔術とは、一般的には本人の生命力を増進させて回復を早める物を指す。

 しかし万能と言う訳では無い。先に述べたように生命力を基盤とした術式な為、瀕死な状態では効果が無い場合も有る。

 ソルドニアのように骨折や内臓破損を僅か数日で癒したという事は、恐らく高位に属する術が使われたのだろう。それでも、ソルドニア自身の生命力が並外れていたからこそ一命を取り留めたのだ。

 現存している治癒魔術では、すでに失われた生命を救う事は出来ない。それは最早神の領域だ。


 この世界から神の加護が失われて久しい。

 遥か昔の神代と呼ばれる時代には、神官達が死者をも復活させる業を用いた逸話が残っているが、現在の宗教は政治に利用されるお飾りでしかなく、どれほど敬虔な信徒だろうと奇跡を起こす事はできない。神官が治癒の力を行使しても、それは本人の魔力による物だ。


「治癒魔術と言えば、サンデー殿も使えるのでしょうか?」

「サンデー様なら~、死んだ人も生き返らせても不思議は無いですね~」


 ソルドニアの問いに冗談めかして言うエミリー。

 歴史学者の中には、サンデーが神代からの生き残りではないかと主張する者もいるからだ。


「ふふ、どうだろうね」


 どちらの言葉にも答えず笑うサンデー。


「しかし仮に死者を復活させられるとしても、私はやりたくはないね」

「どうしてですか~?」

「終わりが有るからこそ、生命は輝く物だと思わないかね?」


 長い時を歩んできたからこその言葉だろう。

 目を細めてみせるサンデーに、感銘を受けた様子の二人。


「サンデー様語録にまた新たな一ページが~メモメモ~」

「流石はサンデー殿。深いお言葉です」

「ふふふ、我ながら陳腐な事を言ってしまったかな」


 照れ隠しだろうか、エミリーの頭をわしわしと撫でる。


「そういう訳だ助手君。せいぜい死なないようにし給えよ?」

「そこはサンデー様が責任を持って守って下さらないと~」

「ふふふ、そうだったね」


 笑い合う二人に、ソルドニアが微笑ましく思いながらも声をかける。


「もうじき会場に付きますが、領主殿もご挨拶がしたいと言われています。お引き合わせをさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「ほう、噂の領主君かね。美人だと聞いているよ。是非ともお会いしたいね」

「有難うございます。あちらにてお待ちしていますので、そこでご紹介を」


 角を曲がると、扉の両側に兵士が立った扉が目に付いた。

 ソルドニアが頷いて見せると、片方の兵士が扉を開けて迎え入れてくれる。目的の部屋なのだろう。

 三人は兵士の敬礼を受けながら部屋に入って行った。

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