第7話 上陸後、とある食堂にて 3


「いやーしかしあのデコピンを見た時は痺れたねぇ。俺だって腕力にゃ自信が有るが、あのぶっとい奴は両腕使っても受け止め切れたか怪しいってもんだ」


 料理はすでに無くなり、程良く酒も回ってきたナインは上機嫌で喋っていた。


 生ける伝説とまで言われる有名人を前にし、最初こそ緊張気味だった二人だが、特に威張るでもなく気さくなサンデーに好感を抱き、すぐに打ち解けていた。


「あんたがもし受け止められたとしても、船ごと沈められていたでしょうね」


 こちらも酔い始めた様子のアルト。今日は挨拶回りだけで仕事は無いと言い、なし崩しに酒宴が始まっていた。


「その後の風の魔術? も凄かったですね。私には術式は全く見えなかったけど。もしかして、その羽扇がもの凄い魔導具だったりします?」


 興味津々な様子でサンデーの手元の羽扇を見やる。


「見てみるかね?」

「良いんですか!?」


 軽い調子で差し出された羽扇を受け取り、アルトは精神を集中させ始めた。


「鑑定の魔術だね」

「ああ、こいつレンジャーの癖に中位魔術まで使えるんだよ。器用な相棒で助かってるぜ」


 ナインがジョッキを傾けながらサンデーに答える。


 鑑定の魔術と言ってもランクは様々である。


 今アルトが使っているのは中位に属する術だ。

 中位以下の術では素材の名称等や魔力の有無しか分からないため、そもそもそれが何であるかを知っていなければ十全な鑑定とは行かない。

 その為、術の使い手本人にも実際の鑑定の知識が必要とされる。中位以下の鑑定の術は、解析の手間を省き精度を上げる為の補助的な物なのだ。


 つまりこの術の使い手であるアルトは、鑑識眼も持っていると解釈できる。


「……」


 瞑目して、頭の中に浮かぶ情報を整理するアルト。


 因みに、彼女は今魔術を発動させる際に呪文の詠唱等を行わなかったが、この世界ではそれほど珍しい事ではない。

 呪文の詠唱は、初心者がその術式を組み立てる時にイメージし易くするための土台に過ぎない。十分に習熟した者であれば頭の中だけで術式を完結させて発動させる事ができる。

 今アルトがやってみせたのがまさにそれだ。


 そして上位魔術の使い手ともなれば、精神の集中もなしで自分の手足の如くに魔力を操る者も居る。


 サンデーが船で異能を発揮した際、その威力に驚きこそすれ、その原理について疑問を挟む者がいなかったのはその為だ。

 魔術の深淵を知らぬ者から見れば、「とにかくもの凄い魔術なのだろう」という認識なのだ。


「……ふう」


 魔術での解析が済んだのか、息を吐きながら俯くアルト。


「で、どうだったい?」


 期待した声でナインが促す。


「……特別な魔力は感じない。保存の魔術はかかっているけど、それだけね。普通の扇だわ」


 神妙な顔でアルトがサンデーへと羽扇を返す。


「まあそうだろうさ」


 サンデーにとっては分かり切った答えである。受け取った羽扇を広げ、口元を隠すように扇ぐ。


「ただし魔術的には、と言う意味よ。アンティークとしてはとんでもない代物ね」


 お宝を前にして目の色が変わっているアルト。


「それ一つで王都の一等地に豪邸が建つわ」

「なんだそりゃ!? こんなもんが!?」


 思わず指差すナインだが「おっと失礼」と引っ込めた。


「構わないよ。貰い物だし、私も今聞くまで価値を知らなかった程度のものさ」

「貰ったって……」


 これ程高価な物をぽんと差し出すなんてとても信じられない、といった表情のアルト。


「……約300年前の記事に有りますね~。東方大陸の帝国で、当時独裁を行っていた皇帝をお仕置きして革命を成功させ、感謝した反乱軍の代表から受け取ったと~」


 仕事に区切りが付いたのか、エミリーが過去の記事を検索した結果を大雑把に読み上げる。


「そんな事も有ったかな。そう言えばこの服と一緒に貰った気もするが」


 着ているドレスの布を引っ張って見せるサンデー。


 真っ黒に見えるが、よく見ると薄っすらと非常に細かい透かし彫りのような刺繍がされているのが分かる。確かに羽扇と細部の意匠が似通っているようだ。と言うよりは、服に合わせて羽扇が作られたのだろう。


「しかしもうそんなに経つのか。時の流れは速い物だ」


 感慨を微塵も感じさせない気楽さで羽扇を扇ぐサンデー。


「当時の皇室最後の遺品という事ですからね~。皇帝の他の財産は城から何から全て燃やされたそうですし。遥か昔に滅亡した国の皇室所縁の衣装セットなんて、出す所に出せば一生遊んで暮らせるかもしれませんね~」


 それだけの価値が有る物を普段使いにしているサンデーの財力はどれ程なのか、考えるだけ無駄な気がしてくる。


「……スケールが大きすぎて脱帽するしか無いわー」


 興奮と酔いのせいか、アルトは赤い顔のままで両手を挙げてみせた。


「脱帽と言えば、フードは取らないのかね? そのままでは暑いだろうに」


 サンデーがフードを被ったままのアルトに指摘する。


「あ~えっと……宗教的なアレと言うか何と言うか……」


 気まずそうにするアルトへ、サンデーは続ける。


「それとも、この町でその耳の事を知られると何か問題でもあるのかね?」

「!」


 ビクリ、とアルトの身体が震える。


「アルト、この人は大丈夫だろうよ」

「……ま、バレてるんじゃしょうがないか」


 ナインに肩を叩かれ、観念したアルトがフードを脱ぐ。


 そこには肩口で切り揃えられた美しい金髪と、長く尖った耳が隠されていた。エルフ族の証だ。


 一般的にエルフのほとんどは、大陸本土中央付近に位置する古代の森林の中で暮らし、人里へ出てくる者は少ない。しかし好奇心の強い若者が外界に憧れて冒険者になる事はまま有る。アルトもその一人なのだろう。


 エルフだと分かれば、彼女の才能が多岐に渡るのも頷ける。


 エルフ族は種族的な特徴として魔力の高い者が多い。加えて森の民と言われるだけあり、野外活動に関してはエキスパートである。そして人間より遥かに長い寿命を持つため、多くの知識を得る時間が有る。

 エルフとしてはまだ若いと言うアルトだが、その系譜は確実に受け継がれているようだ。


 しかしエルフ自体が外界では珍しく、奇異の目で見られる事は多い。そして美形揃いのために奴隷として狙われる事もある。良くも悪くも差別の対象になりやすいのだ。


 アルトは冒険者として本土ではそれなりに名が知られ、今では差別的な扱いを受ける事はほとんど無いが、新天地である開拓島では警戒をしていたのだ。


「ざっと町を見て回ったが、この街には亜人の移民も多いようだ。そう神経質になる事はあるまいよ」

「そう……ですね。ところで、何故私がエルフだと?」


 初見で見破られた事は無かったアルトが疑問を口にする。


「身のこなしだよ。君達森の民は立ち振る舞いが独特だからね。加えて魔術の技量、知識……判断材料は多い」


 その観察眼に感心するアルトに、言葉を続けながらテーブル越しに顔を近づける。


「後は……匂いさ」

「に、匂いって……」


 エルフでも稀に見るような美貌に詰め寄られ、動悸が早くなるアルト。無意識にジャケットの胸元をかき寄せている。


「森の匂い。自然の匂い。君からは懐かしい、良い匂いがする」


 すぅ~っと鼻を鳴らすサンデーを見て、アルトは顔を真っ赤にする。


「そんな事、初めて言われました……」

「誇り給え。人間の世にあっても、君は正しく森の民だ。その輝きはとても美しい」


 勝手に頭を優しく撫でられるが、アルトは全く嫌だと思わなかった。むしろ心地良く、母を思い出しそうになる。


「お~い、あんまり女ばっかりで盛り上がらねぇで下さいや」


 新しく運ばれてきた麦酒を一気に飲み干し、睨むようにナインがぼやく。


「大体なんでぇ、こんないい男が居るってぇのにどっちの美人も目に入れてくれねぇってのは」

「あんた、いつの間にそんなに飲んだのよ……」


 アルトが見ると、空のジョキが山となっていた。


「決めた! 今日はこのまま姐さんに付き合って貰うぜ! まだまだ行けるだろ、な!」


 尊敬のランクを上げたのか、いつの間にかサンデーを「姐さん」と呼んでいる。

 実の所サンデーも同じペースでワイングラスを傾けていた。その割には全く酔った素振りもなく顔色も変わらない。


「あんた絶対先に潰されるからやめときなさいって」

「やってみなきゃわからねぇだるぉが! 諦めたら終了だってどっかのお偉いさんも言ってんぞ!」


 すでに呂律が怪しくなりつつあるナインを見てアルトはげんなりする。


「まあまあ、もう少しくらいなら良いさ」

「流石姐さん、話がわかる! おーい、ジャンジャン持ってこい!」


 酒宴はまだ終わる気配を見せなかった。

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