第6話 上陸後、とある食堂にて 2
店内に入って来た二人組は、なんともちぐはぐな組み合わせだった。
一人は入り口を屈んで潜らなければならない程大柄な男だ。頑丈そうな板金鎧を着込み、その背丈よりも更に長大な棍棒のような武器を背負っている。
歳は30代半ばという所だろうか。鋭く周囲を見回す茶色い瞳に黒い短髪、無精髭とが相まって厳めしい顔つきをしている。いかにも歴戦の戦士といった風貌だ。
もう一人は対称的にかなり小柄だ。先の男の胸くらいまでしか背丈が無い。
フードを被っているが、覗いている顔立ちは非常に整っている。透き通るような青い瞳が目を引く。
身体にぴたりと張り付くようなタイツの上に、皮のジャケットと短いボトムという軽装である。そのほっそりとした体の線がよくわかり、女性だと知れる。
得物らしき取っ手が、腰の後ろから二つ覗いていた。
サンデーが何気なくそちらを眺めていると、男の方がその視線に気付き声を発した。
「おお! あの化け物を吹っ飛ばした姉ちゃんじゃねぇか!」
「あら本当。奇遇ですね」
ガシャガシャと鎧を鳴らしながら駆け寄ってくる男に、女も悠然と追従する。
「君達は……誰だったかな?」
首を傾げながらエミリーへと尋ねるサンデー。
「はい~? ああ~、船で大イカさんと戦っていた冒険者さん達ですね~。その節はご苦労様でした~」
タブレットから顔を上げたエミリーが、二人を確認して軽く頭を下げてみせる。サンデーの勇姿を撮影する際に見かけて顔を覚えていたのだ。
「あーいやいや、結局この姉ちゃんがいなきゃやばかった。礼を言いてぇと思ってたんだ」
「全くです。船ではあの後ごたごたしていて挨拶もできずに失礼しました。改めて感謝を」
男が手を頭を掻き、女が胸に手をやり丁寧な一礼をしてみせる。
「ふむ、覚えていなくてすまないね」
「そうですよ~いい加減私をメモ帳代わりにするのはやめてくれませんか~?」
仕事を中断されてエミリーが眉根を寄せている。
「ふふ、それも君の仕事じゃないか。歳のせいか物覚えが悪くてね」
「歳って、どう見ても20代でしょう?」
自嘲気味に笑うサンデーに、女が不思議そうに問う。
「何を隠そう~この人はかの不殺の大英雄ことサンデー様その人なんですよ~。そして私は独占取材班のエミリーです~」
決め台詞となりつつあるエミリーのドヤ顔紹介を受けて、二人の目が見開かれる。
「「不殺ッ!?」」
不意に伝説の人物の名を挙げられ、素っ頓狂な声を同時に上げた。しかし二人はすぐに納得する。 冒険者ならば誰も知っている、500年以上を生きるとされている有名人である。
「いやぁ道理で……パネェとは思ったが」
「あんな力を見たら信じるしか無いわね……」
仮に名前を騙っていたとしても、持つ力は本物だと判断したのだ。
「ところで君達はこれから食事かな? 良ければ同席しないかね」
4人席の空きを目で示し、誘うサンデー。
「そのつもりだが、良いのかい?」
「連れが仕事に没頭してしまって退屈していたのだよ。少しばかり話し相手になってくれれば有難いね」
「そういう事ならば喜んで」
女がにこりと微笑んでサンデーの正面に腰掛ける。
先を越されて男が何か言いたげにしたが、大人しくエミリーの前に座った。
「邪魔するぜ、お嬢ちゃん」
ニカッと笑いかけて見せるが、エミリーは細い目で一瞥し、
「お構いなく~。私は仕事があるのでお気にせずにどうぞ~」
軽く一礼すると、すぐに元の姿勢に戻ってしまう。
「そ、そうかい? ははは……」
「ほら、釣れないだろう? 先程からこの調子なのだよ」
乾いた笑いを浮かべる男にサンデーも肩を竦めて見せた。
二人組が料理を注文し、待っている間に改めて感謝の意を表すると、その後自己紹介を始める。
男はナインザール、女はアルトレータと名乗った。
それぞれ仲間内では、竜牙のアイン、閃光のアルトという通り名で知られていると言う。二人を差して竜閃と呼ばれる事も多いらしい。
ナインは見ての通りの戦士、アルトはレンジャーとの事だ。
この食堂は冒険者ギルドに併設されており、挨拶回りを済ませた後に立ち寄ったということだった。
因みに冒険者ギルドと言うのは、所謂労働組合のような物だ。登録した冒険者達の身元を保証し、各々に見合った仕事を斡旋するといった業務が主である。
「それで、君達は何故この島に? 私はただの観光だが、そちらはそうではないだろう?」
煙管を傾けサンデーが尋ねる。普通の煙草の葉とは違うようで、煙臭さはなくお香のような芳しい香りが漂う。
「ま、冒険者が来てやる事っつったら一つしかねぇさ」
拳を挙げてぐっと握りしめてみせるナイン。
「本土はこの所大分平和になりましたからね。仕事が減っているんですよ」
アルトが補足するように続けた。
「随分前に腕の立つ連中が乗り込んでるはずなんだが、奥地に行った奴らが戻ってこねぇ。捜索しようにも手が足りねぇってんで、俺らにお鉢が回ってきた訳だ」
「同じ船で、他にもいくつかのチームが一緒に来てます。ギルドでは騎士団との合同任務も考えてるみたい」
話している間に次々と料理が運ばれてくる。
付近で取れた新鮮な魚介をふんだんに使った鍋や、からりと揚がった切り身のフライ、バターを入れた貝の壺焼き、オリーブオイルで蒸し焼きにした魚等、テーブルの上に所狭しと並ぶ。
「つっても島に着く前に早速死にかけた訳だがな! ミイラ取りがなんちゃらって所だぜ。洒落にもならねぇ!」
「私が出しゃばらなくても、君達なら撃退できたのではないかね?」
サンデーが水を向けると、ナインは満更でもなさそうに相好を崩すが、すぐに真面目な顔になった。
「倒すだけならできたかも知れねぇが。船はダメになっただろうな」
船壁を破られれば沈没しただろうし、動力をやられれば航行不能になる。
あの海域は流れが複雑で、そもそも魔導船でなければ航行すらが難しい。
漂流すればどこに流されるかもわからず、救助が来る見込みは薄かっただろう。
「本当にね。サンデーさんがいなかったら私だけ飛んで逃げてたわ」
「お前は本当にそうするから洒落にならねぇ……」
溜息を付きながら、ナインはテーブルに置かれたジョッキに手を伸ばす。
「まあとにかく生き残った、それで良いんだよ。って事で、幸運の女神サンデー嬢に乾杯だ!」
「はいはい、かんぱ~い!」
二人がかちんと杯を鳴らす。サンデーも形だけ空のグラスを掲げて見せた。
しばし談笑しつつ賑やかな食事が進むのだった。
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