第60話 黒き混沌 2

「構え! この距離なら当たる! ぶち込んでやりなさい!」


 アルトの号令が飛び、魔銃隊が膝を付き狙撃の準備に入る。

 横では魔術師達が各々の術式を組み立てている。


「──放て!」


 ガガガンッ!!


 魔銃隊による一斉射撃が、真っ直ぐに黒い山へと突き刺さる。氷結弾により一部が凍り、部分的に動きが止まる。雷撃弾はその身体を貫通し、黒い粘液を周囲へとばら撒いた。


 ──キャハハハハ!!


 痛みを感じているのかいないのか、哄笑が更に大きく膨らんでいく。


「二射目構え! 畳み掛けろ!」


 魔銃隊が構え直している間に、3人の魔術師達が巨大な氷柱や稲妻を撃ち込んでいく。

 アシュリスも魔力で編んだ無数の光の槍を展開すると、次々と射出する。

 見た目には表面を派手に抉り、撒き散らし、体積を削っているように見える。

 衝撃が伝わっているのだろうか。河を下る速度が落ちていた。


「放て!!」


 第二射目が、再度黒い塊へと発射される。

 凍り付いた箇所に衝撃が加わり、がらがらと崩れ落ちていく。

 しかし表面だけがはがれたようで、その部位を補填するように新たな黒い肉がぼこぼこと穴を塞いでいった。


「やはり再生するのか!」


 アシュリスは腕を目の前に両手を突き出し、その指で複雑な印を描きながら集中を高めると、天へとその手を突き上げた。


「天雷よ!!」


 アシュリスの叫びと共に、黒い塊の上空へと黒雲が発生し、ゴロゴロという特有の音が響き始める。

 そして間を置かず、一瞬の閃光と共に天地を白い柱が貫いた。


 ──ドオオォォォン……


 あまりの轟音に、落ちた後の余韻しか人の耳には届かなかった。


 アシュリスの知る攻撃魔術の中でも上位に位置する雷撃の魔術である。

 森を消失させないように範囲を絞りはしたが、わざわざ準備動作を加えて精度を上げたその一撃は、小高い丘程度なら消し飛ばすだろう。


 効果はあったようで、黒い塊の半分ほどが吹き飛び、断面がぶすぶすと焼け焦げている。あまりの熱量に再生も追いついていないようだ。浸かっていた河の水も蒸発させてしまったが、この際は仕方あるまい。

 周囲へ伸びていた触手もびくびくと痙攣しながら地に垂れ下がって行く。ひとまず動きを止める事には成功したらしい。


「さすがアシュリス様。お見事でございました」


 魔術師の一人が傍らに寄り賞賛の声を掛ける。


「ああ。この規模の術は久しぶりだが、上手くいったようだ」


 額の汗を拭いながら応じるアシュリス。


「いやぁすげえな。これほどの火力があるたぁ。姐さんにも負けてないんじゃねぇか?」

「本当に。あたしらなんかいらなかったんじゃ?」

「全くです。今の術に比べれば、我々の魔銃など水鉄砲のようなものですね」


 周囲から口々に声が上がり、弛緩した空気が流れる。

 しかしそこに、ガーグ族長の冷静な声が水を差した。


「……ぬしら、浮かれるのはまだ早いようだぞ」


 ──キャハハハハ……


 笑い声が響く。


 全員がはっとして前方へ視線を戻す。


 キャハハ……キャハハハハ……


 黒い肉塊の周囲から、煙が上がっている。

 アシュリスは初めそれが自分の攻撃により焼けた部分からのものだと思っていた。


 しかし周囲を見渡したアルトから、信じられない報告がなされる。


「……飛び散った肉が、動いてる」


 大火力によって飛散した粘液状の黒い肉。それらは周囲の森へと夥しい欠片となってばら撒かれた。そこまでは良い。

 問題なのは、それらの肉片自体に意思があるかのようにもぞもぞと蠢き始めていた事だ。

 それらは落ちた場所に存在するもの、樹の枝や草、あるいは剥き出しの地面を覆い、酸性の液体のようにじゅわじゅわと溶かしていた。それこそ煙の正体だったのだ。

 肉片達は周囲の物を溶かし、同化しながらずりずりと移動を始め、本体である塊へと帰還しようとしている。

 なんという生命力なのだろうか。そのまま合体を許せば、更なる巨体へ育つのだろう。


 その時、本体の黒い塊にも動きが現れた。

 ぶすぶすと燻っていた断面が、その下から張り出してきた新たな肉と入れ替わり、何事もなかったように再び膨張を始めたのだ。

 そして先程よりも更に多くの触手を伸ばし、別たれた自分の肉片を回収し始めた。

 更には、こちらを完全に敵だと見定めたのだろう。何本もの触手が壁の上に立つ彼らへと迫りくる。


「──させるかよ!!」


 魔術師達へ伸ばされた黒い触手を、ナインが棍棒の一振りで薙ぎ払った。

 魔力の込められた武器の一撃も有効なようで、触手は半ばから千切れた。

 ガーグの戦士達も魔術師から武器に魔力を付与され、それぞれ応戦し始める。遠距離戦から、近距離防衛戦へと切り替えを余儀なくされる。


 しかし──切り落としてもそのまま動く肉片となり蠢き続け、周辺を溶かしていく無数の触手が相手だ。

 足元に落ちた肉片は魔術師がすぐに凍らせていくが、多少の時間稼ぎにしかならない。

 加えて足場も狭く、いかにも旗色が悪い。


「ちっ! どうすんだ領主様! これじゃジリ貧だぜ!」

「こっちで撃ち落とすのも限界があるっての!」


 ナインが棍棒を振るい続け、アルトも壁の上まで達する前に魔銃で触手を迎撃しているが、いかんせん数が多い。

 魔銃隊に至ってはここまで接近されると狙いが付けにくく、乱射して威嚇をするのが精一杯の様子だ。


「くっ……押し返して一度体制を立て直す!」


 アシュリスが魔術師に指示を飛ばすと、3人がそれぞれ詠唱を開始し、正面へと腕を突き出した。

 すると、押し寄せていた触手が見えない壁に阻まれるようにして、進出を止めた。

 魔術障壁を展開したのだろう。一定の空間よりこちらへ至れない様子で、見えない壁を這うように触手が蠢いている。


 そこへアシュリスが再び印を結びながら壁の縁へと立ち、手の平を正面へと向けた。


「天津風よ!」


 その言葉と共に、正面に突風が吹き荒れる。奇しくも、フロンティア号でサンデーが見せた風の魔術に酷似している。


 凄まじい暴風に巻き込まれた黒い塊は、触手ごと後退を余儀なくされ、湖の縁まで押し戻されていった。


 アシュリスは続けて魔力を練り、両手の指を丸く円を描くように繋げると、湖の全景をその円の中に収めた。


「繋ぎ止めよ!」


 アシュリスの一言が響くと、湖まで後退した黒い塊が、四方からガラス板を押し付けられたようにぎゅっと凝縮され、水槽に無理矢理押し込められたような立方体となって動きを止めた。


「「おおお~!!」」


 一同から歓声が上がるが、立て続けに大規模魔術を行使したアシュリスにはそれを喜ぶ気力も無い。

 そもそも動きを止めただけで、問題は解決していないのだ。


「どうすれば奴にダメージを与えられる……?」


 荒く息を付くアシュリスに、応えられるものはいない。


「ダメージ自体はあるように見えるけど……やっぱり大火力で押し切るしかないかしら」


 アルトが気遣うように横へ立ち、その身体を支えた。


「ああ、すまないな。……やはりそれしかないか? あれ以上の規模の魔術となると今度こそ加減ができん。この森一体を焼き尽くすことになろう……」


 苦渋に満ちた顔で呻くアシュリス。


「……我は今、ぬしらと戦を始めずに良かったと考えている。あれに飲み込まれるも、ぬしに焼き払われるも変わらなかったであろうからな」


 族長が畏敬の念を込めてアシュリスへ声をかける。


「故にだ、森が消え去ろうと、あれの驚異から逃れられるなら、ぬしらの傘下に入る事に躊躇いは無い。命さえ残れば、我らはそれに甘んじよう」

「族長殿……良いのだな?」

「うむ。あれは世にあってはならぬものだ。何を犠牲にしても滅ぼさねばならぬ」


 族長が真摯に頷いて見せる。


 アシュリス自身には環境破壊に対する懸念が残っていたが、確かにあれは放置できるものではない。自分の魔術が引き起こす以上の厄災となるだろう。

 アシュリスは覚悟を決めて、行使する魔術を選び始めた。

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