第2話 プロローグ 2
ワルトガルド大陸最大の魔導国家であるイチノ王国の港を出航した大型輸送船フロンティア号は、航行日程の8割程を消化、目的地まで後僅かという所まで来ていた。
ここ数日は波も荒れず晴天が続き、このまま無事に到着するかと思われていた矢先。船は未曾有の危機に見舞われる事になる。
「乗客の避難を急げ! 見張りは何をしていた!」
「お、おい! 大丈夫なのかこれは! 誰が責任を……!」
「皆さん船室へ! 騎士団が対処しますのでご安心を!」
「私の子が! 子供がまだ外にいるの!」
「早く引きはがせ! 船首が折られるぞ!」
「野郎、スクリューに取りつきやがった! エンジンが回らねえ!」
甲板上は乗客の悲鳴と兵士達の怒号が入り交じり、混乱の
その原因は、海面下から伸びて船体に巻き付いた巨大な水生生物の触手だった。
航行中に不意に現れた怪物に襲撃されたのだ。
大小の吸盤が付いている事から、イカやタコに類する水棲魔獣と思われるが、触手の一本一本が成人男性の胴程の太さがあり、これ程巨大な上に真っ黒な個体と言うものは聞いたことがない。
船の両側から伸ばせる程の腕の長さを考えると、本体は一体どれ程の大きさなのか。未知の海魔という事実も恐怖の一因となっていた。
甲板の左右に備えられた大砲も、本来は遠距離への威嚇や迎撃に使われるものであり、海面下からこうも接近されてしまった後では用を成さない。木造船のため、引火の危険が有るからだ。
木材は魔力により耐久力強化はされているとはいえ、やはり火には弱い。
いたる所に巻き付いた触手によって、船体はみしみしと音を立て、今にも沈みそうになっていた。
「はぁっ!!」
立派な白い鎧を着た金髪の男が、裂帛の気合と共に剣撃を放った。
船体に纏わりついていた触手が数本千切れ飛んでいく。
「もう何本斬ったのやら……きりがありませんね」
「ソルドニア団長、乗客の大半は避難が済みました!」
部下と思しき兵士が金髪の男に駆け寄り報告する。
「よし! それでは掃討に入る! 剣は通るのです、何としても動きを止めなさい!」
激を飛ばしながら、再び海から這い上がってきた触手へと斬りかかるソルドニアと呼ばれた男。
イチノ王国第二騎士団の長である彼は、他の任務へ就く為に乗船していただけで、この船に所属している訳ではない。
しかし船の護衛兵だけに任せておける相手ではないと判断し、部下と共に魔物の迎撃に協力をしていた。
彼の奮闘を見て他の兵士達も士気を上げ、目前の化け物へと武器を突き立てて行く。
しかし一本ですら大の男の胴程もある太さの触手である。それが10本以上も入れ替わりで次々と襲い来るのだ。
ある者は巻き取られ海面へと引きずり込まれ、ある者は弾き飛ばされ、またある者は絞殺された。
「うおおおらあああああ!!」
甲板の反対側から、猛々しい雄叫びが響いてきた。
騎士団長が見やると、筋骨逞しい大男が棍棒のような物を振るって周辺の触手を薙ぎ払っていた。
「冒険者か……あちらは任せて良さそうですね」
大男を筆頭に、いくつかの冒険者グループが奮戦しているのを見ると、ソルドニアは無事な部下を呼び集めた。
「複数人で一本に当たり、互いの背後を固めながら動きなさい。船体に取りつくのを徹底して防ぐのです」
剣を構え直し指示を飛ばしていく。
「その間に私が遊撃して切り落として行きます。怪我人は残りの乗客と共に退避して治療させなさい」
そこまで言うと、背後に回ってきていた一本を見もせずに一閃する。
態勢を整えてからの彼らの動きは素早かった。
数人の兵士により足止めされた触手を、雷光の如き速さで切断していくソルドニア。
反対側の冒険者達も腕利きのようで、損害は軽微なままで迎撃を続けていた。
船に巻き付いていた触手の大半は傷を負わせて剥がしたものの、50名程いた兵士達は今や半数になっていた。その者達も満身創痍であり、逃げ遅れた乗客を庇うのが精一杯である。
ソルドニアも肩で息をしていたが、歯を食い縛ると手近で最も太い触手を斬り付けた。
その痛みに反応してか、斬られた触手が痙攣しつつもソルドニアを激しく叩き伏せる。
「ぐっ……まだこれしきで……!」
口から血を流しつつ、尚も己を奮い立たせようとするが、前方を見てその目の光が揺らいだ。
ざばりと水面の割れる音が響く。
次いで、滝が流れ落ちるような轟音。波に煽られて船体が大きく揺れる。
「あ……ああ……化けもの……」
意識のある兵士がうわ言のように洩らす。
触手の本体──イカともタコともつかない、巨大な生物が海面より現れて、多数有る目のような不気味な器官で船を見下ろしていた。
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