サンデー様は殺さない ~不殺の英雄漫遊記~

スズヤ ケイ

第1話 プロローグ

『〇月×日。快晴。風もなく、波低し。

 本土の港を出港した我々は、優雅な船旅を満喫中である。ここまでの航海は順調その物。目的地まではあと二日といった所だ。平穏なのは良い事なのだが、記事としては面白みに欠けるのが目下の悩みではある……』


 日課の手記を書いていた手を止め、エミリーは椅子に座ったまま、一度大きく背伸びをした。


 肩までのふわりとした金髪がさらさらと揺れる。

 まだ眠っていそうな程細い目をごしごしと擦っていると、


「……朝からご苦労な事だね。良い記事は書けそうかね?」


 ふと背後から声をかけられた。涼やかで耳に心地の良い、落ち着いた女性の声だ。


「起きてたんですね~サンデー様~」


 エミリーは振り返り、声の主に向き直る。


 そこには、黒い東方風のドレスを纏った、美しい女性がベッドに腰かけていた。

 腰まである長い髪を高く結い上げている。その色は着衣と同じく漆黒だ。

 脚を組み、スカートの深いスリットから、白く綺麗な肌を惜しげもなく晒している。


「ああ。随分集中していたようだね。私が着替え終えるまで気が付かないなんて」


 まるで穏やかな紳士のような口調が特徴的なサンデー。

 言いながら、胸元の服の合わせ目から黒い羽扇を取り出して、口元を扇ぎ始めた。


「いや~数日分の書き溜めをしておこうと思いまして~」


 相方も起きた所で、一休憩しようと席を立ち、お茶を淹れ始めるエミリー。


 今彼女達がいるのは、イチノ王国所属の大型輸送船、フロンティア号の客室だ。


 エミリーは、イチノ王国に本店のある出版社で新聞記者をしている。

 目の前の絶世の美女と言っても良い相方は、著名な旅行者として世に知られる人物である。

 その旅に同行して、彼女の旅の軌跡を旅行記として綴り、新聞のコーナーへと連載するのが、目下のエミリーの仕事だ。

 次の旅の目的地を目指して、こうして海路を進んでいるのであった。


 近年魔導科学の発展が著しいイチノ王国では、便利な魔導具が多数流通を始めている。

 例えば、今エミリーがお湯を沸かしているポット。

 火を必要とせず、魔力電池によって稼働し、あっと言う間にお湯を沸かす事ができる優れものだ。


「でもこう平和だと~、書く事がなくて困りますね~」


 ささっと二人分のお茶を淹れたエミリーが、盆を持って席に戻る。


「良い事じゃないか。向こうに着くまではのんびりするとしよう」


 その間にサンデーはテーブルの正面へ居場所を変えていた。そう言ってお茶を啜り始めたその時。


 ずしんと、船が大きく左右に揺れた。


「おっと」


 思わずエミリーが手を放してしまったカップと、テーブルから宙を舞ったポットを、サンデーが器用に羽扇で受け留めて見せた。もちろん自分の分も零してはいない。


 船の揺れは未だ治まらず、それどころか段々と激しくなっていく。部屋中の小物が飛び跳ねている。


「良かったね、助手君。どうやら事件のようだよ?」

「ここまで大ごとじゃなくても良いんですけど~」


 揺れを物ともせずに椅子に座り続けるサンデーと、必死に備え付けのテーブルにしがみつくエミリー。


「というか、いい加減名前覚えてくれません~?」


 サンデーと旅行を始めてしばらく経つが、まだ一度も名前を呼んで貰っていない。

 そもそも他の人の名前も覚えず、いちいちエミリーに確認をしてくる。相方と言うよりはメモ帳代わりにされているようだ。


「すまないね。どうにも物覚えが悪いのだよ」


 くすくすと笑う姿は、まるで悪びれる様子が無い。


「まあ、ただの魔物くらいなら、護衛の兵士諸君が何とかしてくれるだろうさ。お茶でも飲んで落ち着き給え」

「飲んでいられる揺れじゃないんですけど~」


 優雅にカップを傾けるサンデーに、恨みがましい目を向けるエミリー。


「仕方ないね。これを飲み終わったら、少し様子を見にいってみようじゃないか」


 カップを軽く振って見せると、サンデーは微笑みを浮かべた。



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