第3話 母の話
「この話はずっと、するつもりはなかったの。話しても誰も幸せになれないと思ったから。」
「裕太は圭吾の双子の兄弟だったの。でもお父さんが事故で亡くなってからは、家の収入がなくなり、二人も面倒は見られないと、一人だけは近所に住む妹に預かってもらうことにしたの。」
「なぜ一人だけを?」
「そうね。その時はその判断が一番いいと思ったのね。今思えば、みんなに頭を下げて生活費を出してもらった方が良かったかもしれない。でも当時はまともな判断ができるような状態じゃなかったの。あの時、私が2人とも預けちゃっていたら、もしくは2人とも育てようとしていたら、私はおかしくなっていたかもしれない。」
そうか、裕太の言っていた「おばあちゃんちに向かった」、というのは僕の知っている郡山のおばあちゃん家に向かったということだったのか。
「あの日、妹から電話を受けて真っ青になったの。裕太と遊んでいたはずの圭吾は家にいるのに、まだ帰ってないなんて。」
「圭吾が防空壕そばで別れたと言うので、大人たちに探しに行ってもらったの。でも裕太はどこにもいなかった。」
母の話を聞いて、僕はなんとも嫌な気分になった。
しばらく沈黙が続いたところで、僕は母親に伝えることを思い出した。
「で、裕太は元気に暮らしてるんだって。言っておいてと昨夜頼まれた。」
僕はその後の母の顔を見ることができず、散歩に行ってくると言って、外へ出た。歩きながら叔母に電話をかけた。
「久しぶりにどうしたの?」
電話に出た叔母はうれしそうだった。僕は叔母と仲が良かった。
「裕太のことなんだけど。」
時候の挨拶は抜きに、僕はいきなり本題をぶちこんだ。
「えっ。」
叔母は電話口で言葉を失ったようだった。
「お母さんから聞いたんだ。僕が裕太と遊びに行っていた時に裕太を置いていっちゃって、そこから行方がわからなくなったんだって。で裕太と僕は双子の兄弟だったんだって。ずっと忘れてたんだけど。」
「そう…。」
「電話で話すかどうかわからないけど、圭吾は裕太のこと思い出してくれたんだ。」
叔母の声はゆっくりで、いつもよりトーンは低めだった。
「うん、すっかり忘れていたんだけど、うちのアルバム見たらたくさん裕太の写真があって、それで段々思い出してきたんだ。」
僕は夢の中にずっと裕太が存在し続けていることを話した。
叔母は母親と同じように、しっかりと話を聞いてくれた。
僕は公園の街灯に照らされたベンチに腰かけていた。
「あのね、圭吾。その話は大体合ってると思うけど、ちょっと違うところがあるの。」
「どういうこと?」
「裕太が生まれた日、つまりあなたが生まれた日ね。裕太は死産だったの。それで、同じ日に私にも子供が生まれて、子供の名前を同じ『裕太』にしたのよ。」
「この話はずっとしないつもりだったけど。」
僕は驚いて、思わず電話を切ってしまいそうになった。
「お姉さんは、しばらく入院していて、自分の子供の一人が死んじゃったことが信じられ
「何回も説明はしたんだけど、わかってもらえなかったから、もうそれでいいやってことにしちゃったの。当時私は一人で子供を産み、相手の人がどこかに行ってしまっていたから、その方が都合いいかもって。」
「もう、大変よ。だって裕太は戸籍的には私の子だし、お姉さんの子っていうことにしちゃったから、自分の子なのに、養子で預かるっていう「フリ」をしなきゃいけなかったから。」
「でも実際、裕太は本当に姉の裕太の生まれ変わりだったかもしれなかったしね。私たち双子姉妹のおなかに同時に2人の命がいたことは確かだから。」
「それって、お母さんがおかしくなっちゃったってこと?」
「そうは言わない。だって死産ってものすごくショックなことだから、そこから立ち直るためにはそう思うしかなかったんだと思う。あの時はそれで丸く収まるのならいいと思ってた。」
「でも、裕太がいなくなったのは本当なの。あなたと防空壕のところで遊んでたところから行方が分からなくなって。」
「で、おばあちゃんの家に向かったってあなたの夢の中で裕太が言ったのね。どこかで記憶をなくしてしまった裕太が今でも生きているのね。きっと。」
叔母との電話を切ると、少しフワフワした気分になった。
相変わらず裕太のことはまだあまり思い出せなかったけど、双子の兄弟ではなく、実は叔母の子だったとは思わなかった。
僕は真実を理解しているはずの「夢の中の裕太」に聞いてみようと、その夜はいつもより早く布団に入った。
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