愛されたがりの妄想劇

ゆきちび

 

誰もいないはずの自宅の前にうずくまる影が1つ。どうしたの?と声をかければ、おかえりとヘラリと笑った。

冷たくなった手を引いて部屋へ上げれば彼は定位置のソファーへちょこんと座り、近くにあったクッションをぎゅっと抱いてうずくまる。もう一度、どうしたの?と聞けば、お腹が空いたと気の抜ける笑みを浮かべた。すぐに何か作るねと言い残し、再度うずくまった彼をリビングに1人おいて、キッチンで冷蔵庫の中身を確認する。

じゃがいもとにんじんと牛肉と……、カレーか肉じゃがか。迷う所だけど、今日は和食の気分だから肉じゃがかな。

メインが決まれば早い。静かな部屋には一定のリズムで野菜を切る音とテレビから流れてくるバラエティ番組の軽快な音楽だけが響いた。

一通り野菜を切り終えたところで、ふとキッチンの入り口でこちらを伺う彼に気がついた。何?と声をかけても、無言で此方へ近づくだけ。ペタペタと足音を立てて近づいた彼は私の前まで来るとピタリと止まり、少し遠慮がちに私の腰へ腕を回した。

頭一つ分高い位置にある彼の頭へ手を伸ばす。あやすように撫でてやれば、硬直していた身体は幾分楽になったようだった。


「どうしたの?」


無言でふるふると頭を振った。

これは何も聞けそうにないなぁと諦めて彼の頭を撫でる。

いい子いい子。心配しなくていいんだよ。安心していいんだよ、と。


「俺が、いなくなったら、どうする?」


ようやく開いた口から溢れるようにこぼれ落ちた声は震えていた。

いなくなるなんて考えた事もなかったけれど、そうだなぁ。しばらく無言で考え込んでいた私の様子を窺うように身じろぎする彼をあまり待たせるのもかわいそうで、私はようやく口を開く。


「たぶん、普段と変わらないと思う」


ピクリと反応した彼は、「そう」と力なく呟いた。その声音に落胆の色を覗かせて。


たぶん貴方が私の前から消えたとしても、私の日常は変わらない。

いつも通り朝が来て、1人でご飯を食べて、仕事へ行って、ヘトヘトになって帰ってきて、誰もいない部屋に向かってただいまを言う。日曜日には貴方と行った場所を巡って、晩御飯には貴方の好物をたくさん作って。

貴方がいなくなった事を実感する事で貴方が此処に存在したという事実を証明するの。

私の日常には、貴方という人物が確かに存在したのだと確認する。

それがどれほど痛みを伴う愚かな行為だとしても、私にとってはそれが、1番の幸福だから。


私の答えに満足したのか、彼はそろりと身体を離した。そして、おいでと私の手を取ってリビングへ戻り、ソファーへ横並びに座る。


「ご飯は?お腹空いたんじゃなかったっけ?」

「出前でいいよ」


ゆるゆると私の髪を梳く彼の手を身を委ねながら、キッチンに残されたかわいそうな野菜達を思い出す。肉じゃがはたぶん、明日になるだろうな。あとでラップで包んで冷蔵庫に入れておこう。そんな事を考えながら、唇に落とされた優しい感覚に目を瞑った。

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