第1話 少年少女前を向く

―――起きて…一樹



(なんだ…この声は。俺を、呼んでいる…?)



少年は目を覚ました

目に入ったのは、モノクロの世界だ

自身が暮らしていた街のものだが、あたりは水のようなものが散見される



(これは…雨、か…?いや…そもそも俺は死んだはずだが…転生が上手くいったのか?だとすれば、何故視界が白と黒で構成されているのだ?)



少年はあるき出した。目的地があるわけではない

そもそも、潰えた家屋の中に目的地があったとしても、目標物がないのだから見つけることは不可能だ



(俺は…何処に向かって…?)



少年は見覚えのある道の前で立ち止まった



(これは…桜の丘に行く道、か…?並木が枯れている…)



少年は元々桜並木だったそこを進んでいく

枯れた桜が、少年を見つめている気がした

憐れみ、喜ぶように



(…なんだろうか、この視線。まるで懐かしいものを見るような目を向けられている…。それに、家屋もおかしい。どう考えても、破損から数十年は経ったかのような朽ち方だ)



少年は登りきり立ち止まり、本来あるはずのものがないことに気がついた



「そんな…嘘、だろ…?」



少年はまた歩き出した

次第に歩調が早くなり、ついには走っている



「卯月!」



本来、少女がいるべき――桜が生えているべき場所

そこには、何もなかった

否、強いて言うのであれば刀が地面に刺さっている

それはあの日、少女が使ったもの。しかしそれを少年が知ることはできない



「まさか、切り倒されたのか!?だとしたらあの村の状態は…?」


「お伝え致します。一樹様」


「誰だ!」



振り向くと同時に、刺さっていた刀を抜く

少年の腕は、まるで何かに食われるような痛みに襲われていたがそんなことはどうでも良かった

しかし少年はそれを、また地面に刺し驚きを顔に浮かべた



「貴様らは…?」


「我々は」「霧桜様に」「養われていた」「精霊たち」「そして」「霧桜様が」「お亡くなりになり」「朽ち果てた」「残骸です」



口々に話を始める彼女ら

容姿は少女に近いものの、髪は黒く目は赤い

少女と同じ容姿で、それを語る



「1人で喋れ」


「はい。私たちには名前はなく、霧桜様の子供として生きてきたものです」


「…霧桜ってのは、卯月のことか」


「肯定です、一樹様」



少年は20人の彼女らを見た

彼女らだけは、その目で見える。服の色、目の色、肌の色。そしてその目に滲むもの



「貴様らはつまり、あの桜並木たちか」


「肯定です。私たちは、あのお方をお守りできなかった。申し訳ありません、一樹様」


「それは……。すまない、俺もあいつを守れなかった。戻るのが遅かったようだ」


「否定です。一樹様は早すぎたのです。空にのぼるのも、霧桜様を諦めるのも」


「それは…否めないな。見抜かれていたわけか」


「肯定です。貴方様は、我々の近くを通るとき一人一人に声をかけてくださいましたから。ただひたすらに、あのお方の話でしたが」



少年は彼女らが求めるものを思考した。しかし、理解できない

何故自身も、主人も失った後にこうして会いにきたのかがわからないのだ



「何故、死後の俺に会う?」


「…一言、お礼を申したかったのです、一樹様」


「礼…?俺が何をしたというのだ」


「霧桜様…いえ、貴方様には卯月様とお伝えするべきでしょう。あの方の救いになっていただき、ありがとうございました」


「…死なせたのにか」


「死因は寿命です。あれから100年が経過したとき、あの方は未練を残して亡くなりました。最後の力を振り絞り、我々を精霊化させたのです」


「言ってたな、そういえば。意思はあるが、精霊ではない者たちがいると」


「はい。我々のような、いわゆる系統樹木は精霊として生きられません。なのであの方は、我々それぞれに体を与えたのです。それが、これ…」



胸元に手をあて、少しだけ口角をあげる彼女

少年は少し、儚さを感じた

まるで綺麗なものが消えてしまうかのような。そう、まさに

桜が散ってしまう瞬間のような感覚だ



「我々はもう消えてしまいます。なので、差し出がましいことではございますが一樹様にお願いを…」


「…言うがいい」


「卯月様を、どうかよろしくお願いいたします。あの方はまた、どこかに生まれます。そして記憶を持たず、ただ本能のままに貴方様を求めます。ぜひとも、あの方を…」


「…そうはいっても、俺は死んでる」


「そうかもしれません。ですが、貴方様なら…あるいは…」



少年は少し考え、彼女に近づいた

そして頭に手をおき、撫でる



「よく耐えたな、お前たち。褒めてやる」


「――!あり、がとう…ございます…」


「俺はお前たちが消えることを望まぬ。故に、少し力を貸そう」



少年は彼女らに手を向けた

そして手を下ろし、彼女らに背を向けた



「ではな、千本桜」


「それ、は…?」


「お前の名前だ。一人一人につけている時間はなさそうだからな、代表として名を与える。また会おう」



少年の意識は途切れた

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