ポラリス

奈々星

第1話

空は快晴。

遠くに続く並木道に植えられた桜がたくさんの花びらを舞わせている。


その道を抜けると綺麗なブラウンの門と年季の入った白い校舎が僕を見上げさせる。


僕はこの場所で自分の中学校生活、最後の年を過ごす。


僕は人見知りで人と話すことが苦手だから前の学校では当たり前のように玩具にされていた。


あの暗い生活には戻りたくない。


友達は出来なくてもあの生活にさえ戻らなければ満足だという心持ちで僕は足を踏み出した。


その日は始業式で、転校生の僕には自己紹介という一大イベントがあった。

クラスの皆は折角早く帰れるんだからさっさと済ませろよという空気で僕に目線を飛ばす。


第一印象は大事なので僕は大きな声で明るくハキハキと自己紹介をした。


この様子を見て僕を人見知りのコミュ障だと思う人はいるまい。


学校が終わると僕はまだ目新しいこの街を散歩してみることにした。


学校は僕の家から北の方角にある。

僕は西の方へ出発した。


大雨の時のために天井が抜けたトンネルのようなものの底にちょろちょろと流れる川。


幼稚園に小学校。


ファストフード店やカフェ。


この街を探検しているとあっという間に日が沈もうとしていた。


そして僕は学校の近くの公園までやってきた。


かなり整備された綺麗な公園だったので僕は中に入って遊具を見て回った。


滑り台が2種類あり、ブランコも2つ。

懸垂のバーや健康器具のようなものも置いてある。その近くのベンチの下に汚れたダンボールと缶詰が置いてあった。


ダンボールを覗いてみるとそこには明るい灰色の体に黒の縞模様のついた小さなアメリカンショートヘアの子猫がいた。


僕はそばに置いてあった缶詰を手に取り栓を開けようとしたがただ指先を痛めるだけだった。


そこへまさに渡りに舟。

栓を開ける銀のオープナーを握った女の子がやってきた。


「あっ転校生!」


その女の子は僕の事を知っているようだった。どうやらクラスメイトらしい。


彼女は僕と立ち話をする前に僕の手から缶詰を取り栓を開け、猫にあげた。


しゃがんでダンボールを覗いていた彼女が僕の方に顔を向ける。


「かわいいでしょ。ドクターって名前つけたんだ。」


僕もしゃがんで彼女と同じ視点からダンボールを覗き、ドクターを撫でた。


「かわいいね。」


それからドクターを挟んで僕と彼女は話を弾ませた。


担任の先生は体育担当で生活指導の先生でもあるから服装とか遅刻とかに厳しいだとか、

国語の授業は起きている人がいないとか、

冗談を混じえながら僕らは楽しい時間を過ごした。


「私1回この公園でドクターを見つけて家に持って帰ったんだけど戻してきなさいって親に言われて泣く泣くここでお世話してるんだ。」


そこで僕は彼女の思いを救おうとある提案をする。


「僕の家で世話するよ。

多分お母さんもいいって言ってくれる。

毎日ドクターとこの公園に来るから会いに来てよ。」


彼女は僕に礼を言って僕とドクターは毎日4時にこの公園で彼女に会うことになった。


2人はLINEでもよく連絡を取りあっていて、

度々今日は行けないという連絡が来たりして

毎日ドクターを彼女に見せてあげる事は出来なかったがそれでも週に三、四回は話すことが出来た。


それからおよそ半年くらい経つとドクターは

見違えるほどたくましくなった。

2人でドクターの成長を喜んだ。


それが12月の4日。

これまでも学校を休むことは少なくなかったが2週間以上休むのは初めてのことで、心配して送ったメッセージも既読すらつかずさらに不安は大きくなった。


そして12月の25日。

彼女はこの世を去った。

あまりにも急な出来事だった。


その日から始まった冬休みはいつもよりも暗く年末年始に家族で出かける予定もすべて断ってドクターと家にひきこもった。


冬休み最後の日。

例のごとく家族に出かけると言われたものの僕は断りドクターと家にいた。


そこに突然、ドアのポストに直接手紙が投函される音がした。


滅多にないことなので僕は直ぐに玄関まで行き投函された手紙を見てみた。


驚くことにそこには彼女の名前が書いてあった。僕に対する遺書なのか。誰が入れたのか直ぐに外を見れば分かりそうだったが、

中身が気になってそれどころではなかった。


そこには僕が知らない彼女のことが綴られていた。


彼女は小学校6年生の時から肝炎後再生不良性貧血という病と戦っていて中学校2年生までは病院にいる時間の方が長かったという。

しかしステロイド注射などの長く辛い闘病生活を耐え抜き中学校3年生になって学校に通うことができるようになったということ。



彼女も彼女の家族も猫が大好きだったがドクターを飼うことに反対されたのは野良猫を重病の彼女と共に生活させるのが怖かったからだということ。


まだまだやりたいことがたくさんあったということ。


彼女の手紙の最後には

「どうか私のことを忘れないでほしい。」

と書かれていた。


僕の目からは思わず大粒の涙が零れた。


玄関に行ったまま帰ってこない主人を見にドクターが僕の所へやってきて僕の足に擦り寄る。


忘れないでほしい。


この言葉がその日ずっと僕の心を支配していた。


夜になってもこの言葉が頭から離れず眠りにつくことができなかった。


ドクターもいつもと様子が違う主人を心配しているのか目を覚ましていた。


朝から開け放たれている窓に目をやってみると空には綺麗な星々が浮かんでいた。


それを見て僕はベットから飛び出した。

僕の頭にある考えが浮かんで来たのだ。


夜空に浮かぶかの有名な12星座の生き物たちは何かの手柄を讃えられて神ゼウスによって

空高く輝く星として夜空に残されたという。


僕は調べながら厚紙に穴を開けて自作のプラネタリウムを作っていると猫座という星座があることを知った。


猫が大好きな彼女をこの星座に絡めないわけにはいかないし、何より僕と彼女の出会いは猫のドクターがくれたものだったからこの猫座の近くに彼女を形作るように星の穴を開けた。


隣には死んだらここに帰ろうという僕ための星の穴も開けておいた。


窓もカーテンも閉め切って出来上がったプラネタリウムをドクターと共に鑑賞する。


ドクターは僕の隣でずっとにゃあにゃあと鳴いていた。こんなに声を出すことは初めてなのでドクターも何か感じているのだろうと思うと僕にも込み上げてくるものがあった。


気づいたら僕はドクターと大きな声で泣いていた。窓を閉めていてよかった。


翌朝、目が覚めてもプラネタリウムの明かりがついたままだった。

朝食を食べようと下の階に降りると母が昨晩のことを心配して話しかけてくれた。


大きい声で泣いていたのに急に静まったから余計心配になったらしい。


実際は僕は思いっきり泣いてすぐに泣き疲れて眠ったようだった。


「あんた、泣きながら寝言で『忘れない』って言ってたけど、どうしたの?」


「なんでもない」


そうやってお茶を濁して僕はそそくさと支度を済ませ家を出ようとした。


すると2階からドクターが降りてきて僕を見送りに来た。


母も僕を見送りにやってくる。


「行ってきます。」


僕はそれぞれの目をしっかり見て心配をかけないように笑顔を見せて家を出た。


学校はあまり好きな場所ではない。

前よりはましだが今でも暗いところにいる。

それでも僕は彼女の分まで人生をやりきろうと思う。


僕は未来に新しい希望を見た。


茶色い屋根に白い外装の一軒家の二階。

窓もカーテンも閉め切られた暗い部屋で、

1匹の猫と2人の男女を中心にしたプラネタリウムはあたたかい光を放っている。

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ポラリス 奈々星 @miyamotominesota

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