第12話『空を焼き焦がす灼炎』
風になびく銀の長髪が、月光を浴びて煌めいている。
その様は、整った顔と相まって息を呑むほど神秘的で。
もしこれが初見だったら惚れてしまっていたかもしれない。中身がポンコツだと知っているから問題無いが。
「……どうして、この場所が分かったんだ?」
「君はこの世界の住人の中ではトップクラスに魔力量が多いからね。簡単に探知できたよ……最初は大人しくお留守番してようと思ってたんだけど、我慢できなくて来ちゃった」
にぱっと破顔させ、柔和な笑みでスティルシアはそう言った。なんだそのGPS並の便利機能。
俺が唖然としていると、横でバンダイがワナワナ震えている事に気が付いた。
「えぇぇぇぇっ!? お、おい友よ! ネットアイドル・エル★フィーネちゃんだぞ! 握手して貰わねば! あとツーショットを撮ってSNSに拡散して
「死にかけたばっかりなのに承認欲求が凄いよお前」
『ふぉぉぉぉ!』と叫びながらバンダイがスティルシアに駆け寄っていく。
スティルシアは少し顔をしかめて後ずさった。
「わ、わ、吾っ! 貴女のファっ、ファンです! よよよよ良かったらっ! ぁ、あぁあぁあ握手とかーー」
「うわ、汗くさっ」
「ーーごふっ」
「バンダィィィ!!!」
倒れてビクビク痙攣するバンダイに駆け寄る。す、スティルシアめ。人のコンプレックスを堂々と抉りやがって。
バンダイは『声、かわい……すこ……』と言って泣きながら頬を紅潮させている。何かにまずい方向に目覚めてしまったのかもしれない。
「……にしても、酷い有り様だ。君とお出かけした街がまるで別物だよ。私はすぐに忘れてしまうというのに。これじゃ二度と思い出せない」
暗くなった空にはためくワイバーンの群れを見上げながら、スティルシアはぼそりとそう言った。
「不愉快、だね……」
恐ろしく、冷たい声。背骨を冷えた手で鷲掴みにされたような錯覚に陥る。
スティルシアは炎を纏わせた右腕を天に掲げ、薄い唇で呪文のようなものを紡ぐ。
「
ーーごうごうと盛る炎が、膨張しながら光量を増していく。
「
「っ……!?」
ーースティルシアの手に圧縮されたそれは、最早『炎』という既存の言葉で表現できる領域を越えたモノだった。
この熱量と光量を形容するためには、もっと新しい言葉が必要だ。
……そう、強いて言うならばーー
「
ーー地獄に燃える業火は、きっとこんな具合だろうか。
「▲▲▲▲▲▲!!??」
「▲▲▲▲!!」
「▲▲▲▲▲!?!?」
スティルシアによって放たれた炎は、恐ろしく広範囲な火炎放射機の如く、見渡す限りの空全てを焼き払った。
ワイバーンやその他の空中にいたモンスターたちが、一体残らず燃え尽きる。
空にかかっていた雲まで届いた炎は、それらを吹き飛ばして美しい星空を露出させた。
あまりの
「ごらん、ゴミが消えて綺麗な夜空だ。ああいうのなんて言うんだっけね……汚い花火、だっけ?」
焼き焦げながら隕石のように墜落していくワイバーンたちを見て、スティルシアはパンパンと手を払った。
それに何か言おうとして……俺の喉から、こひゅっと空気が漏れた。
その時初めて、俺は自分の足が震えている事に気が付く。
ーーあまりに、次元が違い過ぎる。
ゴブリンエースを一蹴した時点でかなり強いのは分かっていたが、想像を遥かに越えていた。最早"異常"だ。
あまりに隔絶した力の差に思わず身震いする。
……そして、こいつでさえ『全て倒すのは無理』と言う上位のモンスターたちは一体どんな怪物なのだろうか。
「ねぇってば」
「っ……、お、おう、どうした」
「一応家には防壁を張ってきたけど、あくまで即興のやつだから。早く帰った方が良いよ」
ーーそうだ、忘れていた。
スティルシアがこちらに来たという事は、家を守る者が居ないという事。
『防壁』とやらを張ってきてくれたらしいが、それでも不安だ。
「悪いバンダイ! この下の階にエリミネーターって奴が居るから、そいつに保護してもらってくれ!」
「えっ」
バンダイにそう言い残し、俺はスティルシアを抱えて背の低い隣のビルに跳び移った。
……行きの時よりはかなり肉体が強化されたが、今の俺の足でも一時間はかかりそうだ。
それでは間に合わないかもしれない。何か良い移動手段は無いか……
「あっ、ちょっと待って」
「なんだよ!?」
「家の座標は覚えてるから、転移魔法を使えば一瞬で飛べるよ」
「……マジか」
スティルシアは呪文を唱え、手の平から黒いもやを発生源させた。次第に広がり、最終的には車が1台通れる程までに巨大化する。
「……お前って、頭以外は本当にハイスペックだよな。どこでもドアかよ……」
「ふふん、凄いでしょ。スティえもんと呼びたま……え、あれ今バカにされた?」
「これに入れば良いのか?」
「ねぇ馬鹿にした?」
「ちょっと勇気いるな……」
「ねぇ」
俺は黒い靄に足を踏み入れたーー瞬間、浮遊感を覚える。
視界が濃密な闇に囲まれて何も見えなくなった。酸素が薄くなり、胸が苦しくなる。
その数秒後、闇が晴れて視界が鮮明になった。
俺が立っていたのは見慣れた坂道。ちょうど、スティルシアと初めて出会った場所だ。
「よっ、と。おや……? 少しズレたみたいだ。私も老いたな」
「お前が田んぼに落ちてた場所だぞ」
「ひんやりしてて気持ち良いからね」
俺は駆け足で家に急ぐ。
以前より遥かに速く登れる坂道に、少なからず違和感を覚えながらも家までたどり着いた。
家を囲むようにして、半透明の四角い立方体が発生しているのが見える。あれがスティルシアの言う『防壁』か。
「……?」
しかし、その防壁の前に奇妙な人影があった。
モンスターではない。老いさばらえた老婆の人影。
近付くにつれて良く見えるようになる"その人"に、俺は自分の頬に嫌な汗が伝うのが分かった。
「なん、で」
「……あれは」
ーー家の前に佇んでいたのは、間違いなく
"祖母"はこちらに気が付いた素振りで、ニコリと微笑みながら振り向いてくる。
「ばあ、ちゃん……?」
ーーありえない、ありえない、あり得ない。
この状況に猛烈な違和感を覚えながらも、思わず近付いてしまう。
"祖母"は……祖母の姿をした"ナニカ"は、俺の記憶の中にあるそのままの表情で俺へ手を差しのべーー
「
「ぁ」
ーー"祖母"は。
腹に風穴を空けて、苦悶の表情をしながらドロドロした黒い液体に変わった。
ぐにゃりと歪んで崩壊する顔が、網膜に焼き付く。
「
地面を這いずって逃げようとする泥に、スティルシアが至近距離で火球を打ち込んだ。
地面のアスファルトごと抉り、"無貌の陰"とやらを跡形も無く消し飛ばす
「っ……ぅ」
残った魔核を見ながら俺は呆然とする。
偽物とはいえ、祖母の姿をした存在が死ぬ光景に酷く精神を揺さぶられていた。
「……家、入ろっか?」
「……あぁ」
スティルシアに手を引かれながら、玄関をくぐる。
消えかけた祖母の香りに代わって家に染み付き始めている、スティルシアの甘い香りに鼻腔をくすぐられた。
■
「はぁ……」
俺は、ソファに寝っ転がりながらぼーっとしていた。
スティルシアの見ているテレビニュースの内容を流し聞きし、今日何度目かも分からぬ溜め息を吐く。
……外は、目を背けたくなるような大惨事だ。
スティルシアがワイバーンを壊滅させたお陰か、あるいはエリミネーターが居るからか……あの街はモンスターを押し返しつつあるらしいが、他の場所は殆どどうしようも無い状況だと放送している。
人々が逃げ惑い、潰され、切断され、千切られる。
正に死の見本市だった。
……それを見て、俺の胸中に一つの疑問が生まれる。
あれだけ強いスティルシアが本気でモンスターを駆除しようとすれば、あの人たちを救えるのではないかと。
「……なあ、スティルシア」
「なんだい?」
「もし……もしの話だけど。お前が本気でやれば、モンスターはどのぐらい殺せるんだ?」
その質問に、スティルシアは少し思考する素振りをした。
「……良くて、この星の六割かな。しかもそれは『周りへの被害も魔核の残留による復活も考慮しない』場合の数だ。巻き添えを考えると、私が前線に出た方がかえって死者は増えるんじゃないかな」
「マジかよ……」
「だけど、分かったのは悪い事ばかりじゃない」
俺が持って帰ってきた赤いナイフを見ながら、スティルシアは言った。
……どういう事だ?
「このナイフを調べてみたんだけどね……刃に魔核を練り込んである。
どうやったかは分からないけど、魔核を武器に加工する技術がここの人類には存在しているらしい。私の世界でも不可能だった技術だ」
魔核を武器に練り込む……か。道理で異様に切れ味が良いと思った。
ちなみにエリミネーターの施してくれた『術式刻印・ダイアモンド』はいまだ効果を失っておらず、刀身には変わらず銀色の葉脈が走っている。
「そういやこの武器、まぁまぁな強さの
「あぁ、エリミネーターっていう騎士がやってくれたよ。多分お前と同じ世界の住人だ」
「……ふーん」
スティルシアはナイフをまじまじと見つめる。何故か機嫌が悪そうだ。
すると、細い指先をナイフに触れさせた。
銀色の葉脈を押し
「おい? 何してんだ」
「私の方が強いの作れるのに……それにこういう特別な武器をあげるのって、漫画とかゲームなら私の役目じゃん……? なんでそんなどこの馬の骨かも分かんない奴に貰ってくんのさ……」
「おい?」
「原型ないぐらいに強化すれば私が作ったって事になるかな……? なるよね、そうだよね……」
「自己完結すんな」
どんどん赤い亀裂が大きくなっていき、ナイフが『もう無理だってば!』と悲鳴をあげるようにギチギチギチという金切り音を発する。
その金切り音がピークに達した頃、やっとスティルシアは刃から指を離す。
その頃には、ナイフの外観は大幅に変化していた。
さっきまでとは裏腹に、刃には禍々しい模様が入っている。
しかし、赤と銀の葉脈が絡み合って刀身に幾多の魔方陣を描く様には、一種の神聖ささえ感じた。
「……このナイフに何したんだ?」
「使い切りの
「待て待て待て!?」
なんだその最近の広告とかで良く見る『ログインボーナスで最強!』を謳い文句にしたソシャゲみたいな性能は。
馬鹿なの、死ぬの? そう言いたくなる衝動を抑え、俺はそーっとナイフをタンスの上に移動した。
爆弾を持っているみたいな気分だ。何かの拍子に暴発とかしたらどうなってしまうのだろう。
震えが止まらないよ。俺が超振動しそうだよ。
「それでも上位のモンスターには殆ど通用しないから気を付けてね」
「……いや、お前の世界ゲームバランスの調整ミスってない?」
「くそげーだったよ」
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