第13話『公務員(いのちがけ)』

「術式装填・カーネリアン……ってまた駄目だ。どうしても途中で途切れるな……」


バンダイを助けた次の日、俺は家の縁側えんがわで包丁に指を当てながらそう呟いた。


術式装填。

スティルシアに聞いたところ、魔力が通りやすい金属を媒介にする事によって、魔法の才能がある人間が体に生まれ持つ『魔管』無しで魔法に似た現象を引き起こす原理の技術らしい。


だがその分パワーは魔法に劣るため、向こうの世界で使う者は物好きと才能が無いやつしか居なかったのだとか。


スティルシアは『ほぼ魔法の劣化版だよ! オワコンだよ!』とも言っていた。散々な言われようだ。エリミネーターが泣いてるぞ。


……しかし俺には、魔法の才能は無いらしい。

だから『近づいて殴る』以外の戦法を取るにはこれしか無いのだ。


昨日俺が見たエリミネーターの"術式装填"は全部で二種類。

凄まじい水圧で水を発射する『アイオライト』と、炎の螺旋を撃ち出す『カーネリアン』だ。


練習を積んだ結果、俺はアイオライトの方は完全にマスターした。

試しに近場にある森の大木に向かって全力で撃ったら、余裕で幹ごと吹き飛ばす事が出来た。

これならモンスターにもきっと通用する。


……しかし、『カーネリアン』の方はいくら練習しても出来そうに無い。

何故かとスティルシアに聞くと、俺の適正属性が水なのだと言われた。逆に炎は苦手らしい。


どっちかって言うとカーネリアンの方がかっこ良かっただけに悲しいが、贅沢は言えない。あくまでサブウェポンとして考えよう。


「……昼飯、作るか」


縁側から立ち上がり、居間の方に移動する。

床にぐでーんと伸びていたスティルシアが、俺に気が付いて顔を向けてきた。


「まーだあのオワコン魔術の練習してたの? 君ってばセンスは抜群なのに、魔法には全然適正無いんだもんねぇ……」


「うっせぇお前の昼飯だけきりぼし大根にするぞ」


「うわぁぁぁごめんね!?」


必死にすがってくるスティルシアを無視してキッチンに立ち、シャツの袖を捲る。

まだまだ食材には余裕がある。何を作るかーー


「……あれ、電話がきてるよ」


プルルルル、と鳴り響いた固定電話に作業を遮られる。誰からだろうか。

俺は受話器を持ち上げ、耳に当てた。


「どなたですか?」


『おお……? おお、坊主の声だな。オレだ。エリミネーターだ』


受話器の向こう側から聞こえたのは、エリミネーターの声だった。

なんで俺の家の番号を知ってるんだ……?


『坊主、スマートフォンを落として行っただろう。階段を登る時にポケットから落ちたのが見えてな』


そう言えば、昨日からスマホが見当たらなかった。

スティルシアが持ってるのかと思って気にしてなかったが、落としてたのか。


「ありがとうございます……」


「ねぇねぇ、電話の相手だれっ? 女の人?」


俺の肩口から覗きこむようにひょこっと顔を出してきて、スティルシアが聞いてきた。

電話中だから無視する。


『いや、なんて事はない。結局例のゴブリン・エースも仕留め損なってしまったしな……』


「そうですか……あ、そういえば、バンダイってヤツ見ませんでした……?」


「ねぇっ!!! 無視しないでよ!!!」


『あぁ、中々に気の良い奴だ』


「すーっ……わぁっ!!!」


「いやうるせぇな!? メンヘラの人かお前は!?」


耳元で大声を出してきたスティルシアに、つい反応してしまう。

謎に満足げな顔が癪に触った。


『なにやら騒がしいな……同居人でも居るのか?』


「ペットです!」


「彼女だよ!!!」


「馬鹿じゃないのお前!?」


『なんか楽しそうだな! まぁいい、暇ができたら取りに来い。この街に居たモンスターどもはオレたちが軒並み掃討そうとうしたから安心しろ。この世界の戦士たちも中々やるものだ』


そう言い残して、プツッと通話が切れた。

俺は顔をしかめながら、キッとスティルシアを睨む。


「なにが彼女だよ……」


「だって、赤ちゃん作れる体の男女が一つ屋根の下に暮らしてるんだよ!?」


「言い方が嫌らしいなお前な」


「そして、あまつさえ私は君に裸も見られてるんだよ!?」


「いや……まぁ、そうだな」


「これもうせっくすだよ!?」


「それはちげぇよ!?」


『論破してやった』とばかりに叫んだスティルシアにツッコミを入れる。

こいつの性認識どうなってんだ。


「大体、仮にも女の子がセックスとか言うんじゃねぇよ! ビッチだと思われるぞ!」


「び、ビッチ!? はーんっ! 馬鹿だね! こちとら千年以上処女やってるんですけど!」


「それを誇らしげに語るのもどうなんだよ……」


半ギレ気味にぎゃーぎゃー騒ぐスティルシアを尻目に、溜め息を吐く。

さっさと昼飯を作ろう。大声を出してたら余計に腹が減ってきたーー


ピンポーン


ーーっと、その時、今度は間の抜けたチャイムが俺の作業を中断した。

……呼び鈴だ。誰か訪ねに来たのだろうか。


「はいはい……今行きまーす」


気だるげに返事をして、俺はガチャリと玄関の扉を開けた。

大方、近所からのお裾分けか何かの集金だろう……


「こんにちは。こちらはみなと 海江うみえさんのお宅ですね? 私はこういう者ですが」


ーーそんな俺の楽観的な思考は、扉の先に立っていた"そいつら"によって一瞬で打ち砕かれた。


祖母の名前を口にしながら、何かを見せ付けてくるスーツ姿の女。


その背後には四人の武装した男たちが待機している。全身を堅牢なプロテクターで固め、大層なアサルトライフルを装備して。


……そして、女の持つ手帳は刑事ドラマなどで良く見る物に酷似していて。


「……警察、官……?」


「いえ、所属は新たに設立された『未知生命体対策本部』ですが……まあ、警察官と思ってくれても構いません。その方が話が円滑に進みそうです」


そう言って、女は品定めするように俺を見つめる。

……まずい、明らかにヤバい組織じゃねぇか。

そもそもなんで俺の家に来たんだ。スティルシアの存在がバレでもしたのか……?


「細身でやや長身、赤みがかったブラウンの瞳……外見の証言とも被りますね。まさかこんな少年が……」


「あ、あの……?」


「あぁ、失礼しました。私は荒城あらきツカサと申します」


アラキ、を名乗る女は懐から名刺を取り出して俺に差し出した。

そしてその後、それとは別に一つの茶封筒を鞄から取り出す。


「……こほん、それでは改めまして『熾天狩り』様。此度は貴方を、政府直属のBクラス駆逐官として雇用する事が決定致しましたので、ご報告に参らせて頂きました」


「……はいっ?」


してんがり……? 支店借り? なんだそのみじめなハンドルネームは。まさか俺の事か?


思わずポカンとしていると、女は『駆逐官制度をご存じありませんか?』と言ってくる。

そんなの聞いた事ない。


「あの……そもそも、どうやってこの家の場所を……?」


「あなたは先日、他の駆逐官から武装を奪いましたね? 恐らくナイフでしょうか。

あの系列の武器を作るのはかなり高価でしてね……コスト面と盗まれた際の安全面のため、GPSを内臓させているんです」


俺は今もタンスの上に置かれたままな、あのナイフを頭に思い浮かべた。

スティルシアに魔改造されたせいで気軽に使えなくなったアレだ。


……あれを持ち帰ったせいで家の場所がバレたのか。

じゃあ、スティルシアが見つけられたワケじゃないんだな。それに少し安堵する。


と、同時にもう一つの疑問が頭を支配する。『駆逐官』ってなんだ。


「駆逐官制度というのは、未知エネルギー結晶体……通称"アカダマ"を取り込んだ民間人を戦力として雇用する制度です」


俺の疑問が雰囲気で伝わったのか、アラキはそう言った。

……前にテレビでやってたやつか。それで俺に協力を求めに来たと。


「基本的には、その戦闘能力に応じてFからAランクまで階級が割り振られます。本来は一律Fスタートなのですが……先日の凄まじい討伐実績を鑑みれば、Bランクスタートが妥当だと判断されました。」


「……見てたんですか?」


「いえ、証言された分だけです。蜴魚人リザードマンを二体、上位腐乱体グレーターアンデッドを一体……そして、熾天使セラフィス四体と同時に交戦し、そのうち一体を討伐。最後のは貴方のご友人が嬉しそうに教えてくれましたよ」


なんかエリミネーターが倒したのも俺の功績になってるな……というか、四体という言い方からしてあの天使たちはセラフィスっていうのか。


……それは今となってはどうでもいいが。

今の問題は『駆逐官』とやらに俺が任命されそうな事だ。


なんでそんな、命がけかつ福利厚生の薄っぺらそうな職業に就かなきゃならないんだ。


渡された封筒を開けてみると、中には膨大な量の書類と【Bランク駆逐官証明書】と記された、俺の名前付きの手帳。

そして……一台の携帯端末が入っていた。


「……これは?」


「怪物の目撃情報を管理し、駆逐官へ位置情報と危険度を伝える端末です」


電源ボタンらしき場所を押してみると、様々なモンスターの外見や能力などの説明がズラっと表示された。


【『リザードマン』脅威グレードD+】だの【『上級腐乱体』脅威グレードB-】だの。


他にも300種類近くの情報がある……ってあれ、唯一Aランクの欄にいる『排殺騎士』って奴の外見がエリミネーターそっくりだ。

もしかしてモンスターとして登録されちゃってるのか?


……それはまあ仕方がないとして。

これは相当便利だな。かなり欲しいが、これが欲しけりゃウチで働けとか言われたら困るから我慢するしかない。


俺はそんな傭兵みたいな事して生きたくないんだ。どうせ報酬も二束三文だろう。あのナイフを持ってた奴もチャラそうだったし。


俺は頑張って良い大学に合格して、一流の会社に入って、高収入エリート人生を送りたーー


「ちなみに、Bランク駆逐官の手取りは月200万です」


「えっ」


「怪物どもを倒して政府に"アカダマ"を納めてくだされば、更に上乗せされます」


「あっ」


「既に一億近く稼いでいる方もいらっしゃります」


「あばっ」


予想外の高給取りに、横からガツンと殴られたみたいな感覚になる。

い、一億……? まだモンスターの襲来から一月も経ってないぞ……?


それだけ金があればどれだけ贅沢が出来るだろうか。

きっとラノベを棚ごと買ったり、回らない寿司屋で『お任せ』を注文したりも出来る。綺麗な熟女も寄ってくるかもしれない。


まずい、妄想が止まらない。勝手に口がニマニマしてしまう。

なんか頭がぐわんぐわんしてきた。


「ど、どうされました?」


「……ります」


「え?」


「やります駆逐官! やらせてください!」


「や、やるんですか?」


「やりますやります!」


肩を掴み、恐らく血走っているであろう目でアラキを見つめる。

手元の書類に乱雑なサインをした。


アラキは少し怯えた様子で『で、では、政府に連絡しておきます。今後は召集することもあると思いますので、その時はよろしくお願いします』と言って足早に去っていく。


カチャン、と閉じたドアを見つめたまま、俺は自分の顔が青ざめていくのを感じた。

欲望に眩んだ思考が、サーっと冷えていく。


や、やっちまった……


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