第11話『貌のない天使』

「ふう……エレベーターがまだ機能していて助かった。奴ら全員を相手するのは流石に骨が折れる」


「俺は物理的に骨が折れてそうなんですけど……」


炎の道を抜け、俺とエリミネーターは滑り込んだエレベーターの内部で話していた。


無理に引きずられたせいで体中が痛い。多分全身打撲している。

それを我慢しながら立ち上がり、俺は壁に光る『4F』のボタンを押した。


軋む音と共にエレベーターが上へ上り始め、体に重圧を感じる。

……四階もモンスターの巣窟になってしまっているのだろうか。

俺はゴクリと生唾を飲んだ。本当に、生きた心地がしなーー


「■■■■!!!」


「っ……!?」


「……下がれ、坊主」


ーーバコンッ! という鉄がひしゃげる音と共に、エレベーターの扉が大きく凹んだ。


揺れながら上昇が止まる。ここはまだ三階の筈だ。

外部からモンスターに攻撃されて昇降を止められた……?


エリミネーターは扉に向け剣を構え、深く息を吸う。


「術式装填。"カーネリアン"!」


エリミネーターの大剣に葉脈に似た紅蓮の赤線が走る。それと同時、ドアに向けて極大の炎の螺旋が放たれた。

そして……その先に立っていた存在を見て目を疑う。


「マジ、かよっ……!」


ーー融解しながら抉り抜かれた鉄扉の先に居たのは、凄まじく引き絞られた肉体の緑人。

そいつは、好戦的な笑みを浮かべながらエリミネーターを睨んでいる。


……"ゴブリン・エース"だ。

三階のフロアにはこいつしか居ないようだったーー否。床に散らばる数多の魔核ーー他のモンスターは、


そして、俺はある事に気が付く。

横腹に丸く抉られたような傷跡が付いているのだ。

つまり……前にスティルシアが撃退したゴブリンエースと、同個体。


「■■■■!」


「……先に行け坊主。お前を守りながらでは、こいつは少し分が悪い」


「え……」


「その短剣を貸せ」


ゴブリンエースと睨みあったまま、エリミネーターはそう言った。

言われるままにナイフを渡すと、エリミネーターはその剣身に指を触れさせる。


「……術式刻印。"ダイアモンド"」


触れた指先から、銀色の葉脈がナイフを侵食していく。


「なんですかこれ……」


「武器の強度を増させた。これなら龍種の爪とカチ合ってもそうは折れん。それで友を救いに行け」


そう言い切った瞬間、見計らったかのように、ゴブリン・エースが目にも止まらぬ速さでエリミネーターへ突進した。


エース個体の繰り出した正拳を大剣の腹で受け止めながら、エリミネーターは後ずさる。

ゴィィィン!という、骨と鉄の打ち合う音が響き渡った。


「■■■■……!!!」


「ほう、小鬼の分際で武をるか……ならばオレも答えよう。ほら坊主、向こうは決闘が望みのようだ。速く行け」


「は、はい……」


ナイフを受け取り、俺はゴブリンエースの横を抜けて階段へ走る。どうやら俺には興味が無いらしい。望みは強者との戦いか。


階段を駆け上がり、四階へと向かう。

曲がりくねった段差を抜け、ひしゃげて開かなくなった扉を蹴り壊した。


「……っ」


ーー四階の光景は、想像を絶するものだった。


モンスターが居るのは予想通り。地面に転がる住民たちの死体も予想通り……しかし、そのモンスターの風貌は異様そのものだった。


白く煌めく翼を背中に生やしたは、絵画などで見覚えのある神聖な存在と酷似している。


"光の剣を持ったのっぺらぼうの天使"。そうとしか表現しようが無い外見の怪物たちがーー四体。

そいつらが、一斉にこちらへ振り向く。


『カミ、ソノ証左ショウサヲ、ココニ』


『アア、カミ。カミ。スバラシイ。スバラシイ。ワレラノセカイニハ無かった。イラッシャラナカッタ観念デ、概念ダ』


『ノウミツナ信仰のイブクこの建造物ニテ、ワレラはカミを生み出す』


『ソウ、今コソ、神の存在証明ヲ……ソノ式にキサマは不要ダ』


ーー言葉を、喋っている。

エリミネーターと同じ、異世界の人間かと一瞬だけ思ったが……すぐに、違うと気が付く。

恐らくは単純に知能が高いだけだろう。


……バンダイは、どこだ。

天使たちに注意を配りながらフロアを見渡すと、奥にあるロッカーがガタッと震えた。あそこか。分かり易いなおい。


「はぁぁぁ……!」


接近してきた天使によって躊躇い無く振り下ろされた光の剣を、上体を反らす事で回避する。僅かにかすった前髪が切れて宙を舞う。


ーーかなり、速い。腐老人の核を取り込む前だったら絶対に見えなかった。


後ろの壁が斜めに焼き切られる。ひやっとした。コンクリがまるで豆腐のようだ。


「ビームサーベル、かよっ……!」


悪態を吐きながら天使に前蹴りを食らわせる。


呻き声を上げながら後ずさる天使へ追撃を加えようとしーー背後で剣を構える、もう一体の天使の姿を見た。


「っ……クソが……!」


『ココマデ強力な先住生命は初めて見た。ソノ肉ト脳漿は、良い供物トナルダロウ……』


光剣の形状が、ブレード状から槍状へ変化する。突き出された炎槍を辛うじてナイフで防ぐ。


数秒の鍔迫つばぜり合い。

力では俺の方が勝ってるのか、天使は後ろに飛び退く。

が、その左右には俺に光の弓をつがえた天使が二体立っていた。


……流石に、分が悪いな。

四対一なのに加え向こうは飛び道具も持っている。正面からやるのは得策じゃない。

隙を見計って、バンダイを連れて逃げよう。


『……ニゲヨウとしている ナ』


『メンドウダ。足をネラエ』


『いや、"ミワザ"を、ツカウカ?』


『ソウダナ……例の厄介なゴブリンニ使うツモリだったが、逃げられては元モ子モ無い。オレガ時を稼ぐ』


四体で何度か問答を繰り返したと思った瞬間、一体の天使が突進してくる。

武器の形状は最初の剣へと戻っていた。


残りの三体は、腕を天井に掲げて三角を描くように立っている。

その三角の中心には、小さい真っ黒な球体が浮かんでいた。


だんだんと巨大化していくソレは、見ているだけで本能的な恐怖を覚える程の圧倒的な力の塊だった。


ーーアレは、まずい。


奴らの言う"ミワザ"……いや、御技みわざか?

恐らく、複数体で使用する大技だろう。そういうのは大概


『ニガサンゾ』


振り下ろされた炎剣を防ぎながら、俺はバンダイの入ったロッカーに叫ぶ。


「ぐ、ぅっ……! おいバンダイ! 出ろ! あれを打たれる前に逃げるぞ!?」


「えぇぇぇぇっ!? なんでバレてるのぉっ!?」


「っ、らぁぁぁぁ!!!」


ナイフを思い切り光剣へ叩き付けるーーパキンと、向こうの剣がへし折れた。エリミネーターのしてくれた強化が効いているらしい。


武器を失いガラ空きになった天使の喉笛をナイフで掻き切る。


灰になるまで待っている時間さえ惜しい。首から鮮血を吹き出しながら崩れ落ちる天使の胸部へズボっと手を突っ込み、無理やり魔核を引き抜いた。

それを咀嚼しながら、バンダイの手を引く。


「行くぞ!」


「と、と……友よぉ"ぉ"ぉ! 助けに来てくれてありがとう"ね"ぇぇ"ぇ"ぇ!?」


「鼻水つくから抱き付いてくんな……」


号泣しながらすがりついてくるバンダイの手を引き、階段へと急ぐ。

この調子なら、発動前に逃げられーー


『イか、セん』


ーー紅蓮の弾丸によって、階段が破壊された。瓦礫によって塞がれ通れそうにない。


焦燥に駆られながら振り向くと、そこには右手を突き出した体勢の、ほぼ灰になった天使がいた。

最後の力だったのだろう。数秒後には完全に崩れ落ちる。


が、天使たちの黒球はもう完成間近に見えた。

大きなバランスボール程まで肥大化した黒球に、空気が震える。


……階段の瓦礫をどかすのは間に合わない。なら。


「屋上に行くぞ……!」


このマンションは四階建て。今の俺なら、多少の怪我を覚悟すれば地面に着地できる高さだ。


屋上への階段を全速力で上がる。

走って、走って、屋上に通じる扉を開きーー


『『『下位時空掘削魔術ロウ・ドミネーション』』』


ーーその声は、地獄からの呼び声が如き禍々しい感情を孕んで俺の耳を焼いた。


「ま、ず……」


瞬間、前方の地面から漆黒の球体が飛び出てきた。

天井ごとフロアをブチ抜いてなお威力を失っていない球体は、

まるで意思を持っているかのように俺へ突っ込んでくる。


咄嗟にしゃがんで回避する。

すると、球体は地面を抉りながらUターンして俺を追尾してくる。


追尾ホーミング、すんのかよっ……!」


迫りくる黒球の通った後を見て戦慄する。

溶けるとか砕くとか、そういう次元ではないーーまるで空間ごと切り取ったかのように丸く消し飛んでるのだ。

さながら動くブラックホールだ。


……さっきの天使の声、『ロウ・ドミネーション』とか言ってたな。


スティルシアがゴブリンエースを撃退した時の魔法も確か『ドミネーション』だった筈だ。効果も似ている。

いやそれが分かった所でどうしようも無いが。


「ぐっ……と、友よっ! 吾を助けにきてくれた貴様が死ぬのはあまりに不憫だ! ここは吾が食い止めるから先に行け!」


「お前デブだから肉壁としては高性能そうだけどあれは無理だよ!!」


「酷いっ!?」


ガビーン、と顔を歪めるバンダイを無視し、必死に黒球から逃げ回る。


ーーが、すぐに限界が訪れた。

一撃目を無理な態勢で回避したせいで、二撃目にどうしても回避不能な状況に誘い込まれた。


「が、ぁっ!?」


抉り飛ばされたのは、腰。

どんな鋭利な刃物でも不可能な、凄まじく平坦な断面。そこから噴水みたいに血液が吹き出る。


「っ、ふぅぅぅ……!」


ーーこんな所で、死ねるか。

全身を駆け巡る熱い魔力の感触。イチかバチかそれを腰に集中させた。


すると、傷口からゆっくりではあるが赤い結晶が生えてくる。

こうすると局所的に傷の治りを速められるらしい。


……しかし、それでも。あまりに遅い。

既に軌道修正を済ませた黒球は、また俺に向かってくる。


ーー万事、休すか?


痛みに研ぎ澄まされた思考をフル回転させ、この状況を打破する方法を模索する。

足は動いてくれないし、そもそもアレを防ぐのに物理攻撃なんてもっての他だ。


スティルシアみたいに魔法とかを使えれば良いが、そんなのイメージ出来ない。


……いや、たった一つだけある。何度も間近で見た、あの技術が。


「術式、装填……」


指先に魔力を集め、ナイフへ血管を伸ばすようなイメージをする。

……『術式装填』。エリミネーターの技だ。ついさっき見たから鮮明に覚えている。


俺に使えるかは分からないが、諦めるよりはずっとマシだ。


「おい、おい!? 来てるぞ!? ねぇ!? 」


うっすらと、少しずつナイフに青い線が走り始めた。

黒球はもう眼前まで迫っていた。やるしかない。


ナイフを握り締め、エリミネーターの動きを思い出しながら構える。


「アイオライト……!!!」


体からすっと熱が抜ける感触ーーナイフの刃から、ジェット水流が噴出された。


エリミネーターの物には劣る、だが人体ぐらいならば余裕で切断できそうな水の奔流。


……でも、成功したと喜んでいる場合ではなかった。

明らかに押し負けているのだ。


黒球は、水流を吸い込みながら変わらず直進してくる……少しは遅くなっているが。


「くそがぁぁぁ!!!」


「す、凄いぞ! ……ってあれ、全然防げてなくないか!? どうするんだ!?」


「根性だよ!!!!!」


「発想がパワー系の人過ぎるぞ貴様!?」


しかし、奮闘むなしく。

俺は黒球に飲み込まれ、磨り潰されようとーー


「……■■レジスト


ーー突如として黒球が薄らぎ、もやに変わって霧散した。


「……ごめんね。私はあの家よりも、この世界よりも……ずっと、君が大切なんだ」


鈴を転がしたような耳心地の良い声は、今や聞き慣れたもので。

……同時に、この場では絶対に聞くことが無いと思っていたもので。


「スティル、シア」


「うん。君の大好きな、君を大好きなスティルシアちゃんだよ」


左手に炎を纏わせ、茶目っ気たっぷりに片目をパチッと閉じて。

この地獄に、一人のエルフが降り立った。


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file58ー1【熾天使セラフィス】脅威グレードC-

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file2ーerror【ゴブリン特異個体『夜叉』】脅威グレードB+

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