第10話『排撃騎士』

「はあ、はぁ……っ!」

自転車を飛ばし数時間。俺は街まで辿り着いた。

全身汗びっしょりで気持ち悪い。俺はうるさい心臓を無視して、バンダイに『まだ無事か』とメッセージを送った。

数秒後、打ち間違いの酷い文面で無事だという旨が返ってくる。


「……分かってはいたけど、ひどいな」


崩壊した瓦礫、あちこちで起こる火災。暴れまわる怪物たち。


絵に描いたような世紀末だ。

ワイバーンの吐いた炎でドロドロに溶けた地面を避けながら、俺は歩き出した。粉塵が目に入らないようにパーカーのフードを深く被る。


まばらだが、街にはモンスターと戦闘している人々も居た。

白フードの集団、機動部隊らしき大盾を持った警察官たち。そして……私服の、胸に徽章きしょうみたいなバッジを着けた若者たち。


恐らく、国が募集していた魔核を取り込んだ一般人たちだろう。


「うわぁぁっ! わぁぁぁ!? 来るなぁぁぁ!?」


「……?」


近くで聞こえた悲鳴に振り向く。

そこには、半魚人みたいな外見のモンスターに詰め寄られて、手に持った剣みたいなのを振り回している男の姿があった。


……不意討ち出来そうだな。助けるか。

倒壊した建物の残骸から鉄骨を漁り出す。折れた箇所が鋭利に尖っていて槍みたいな具合だ。


それから一気に距離を詰め、背後から魚人の首目掛けて鉄骨を突き刺した。


パギリ、と。

頚椎だろうか、首肉を抉った先で骨の砕ける感覚。更に抉るように捻り込む。


魚人は青い血を吹き出しながらダランと力を失った。

すぐに灰となって大きな赤玉を残す。


俺はそれを噛み砕き、尻餅を着いた男に手を差しのべた。


「大丈夫か」


「ひっ、ひっ……!」


錯乱し、ズボンの股を濡らしている男から目線をずらすと、横にこいつの持っていた武器が転がっていた。


うっすら赤く煌めく銀の刀身を持った、大ぶりのナイフ。政府から支給された対モンスター用の武器かもしれない。少なくとも鉄骨よりはマシそうだ。


俺はそれを拾い上げる。

鉄骨の槍とナイフの不格好な二刀流。でも無いよりは良い。


「ふっ……!」


凄まじい勢いでこちらに突進してきた別個体の半魚人の胴に、鉄骨を突き刺す。だがそれだけでは止まってくれない。

刺さったままの鉄骨を蹴り上げて接近を阻害しながら、顔面に全力でナイフを投げた。


「■■■■■!?」


運良く眉間に命中したナイフが半魚人の脳を貫き、活動を停止させる。

残った灰の山からナイフと魔核を回収し、俺は荒くなった息を整えた。


……半魚人。単純な戦闘力なら中型ゴブリン以上、オーガ未満ぐらいか。一対一タイマンならギリギリ勝てるな。

二つ目の魔核を咀嚼しながら、そう思ーー


「っ……!?」


ーーその時、背後から恐ろしい寒気を感じて振り向いた。

視界の端に迫ってきていたのは、にちゃりと微笑む腐敗した老人の顔。


テレビの中継に映っていたモンスターだ。四本の手足がまるで別々の生き物みたいにウネウネ動いて、ムカデやヤスデに似たような嫌悪感を覚える。


「ぐっ……らあぁぁぁ!」


咄嗟に距離を取りながら、槍投げの要領で鉄骨を投擲する。

放物線を描いて飛んでいった鉄骨は、腐人の頭部を易々と貫通した。


「%#〇$¥&#→→」



……が、有効打にはなっていない。


それどころか、頭部に空いた穴からピンク色の触手が何本も生えてきて、刺さった槍を絡め取った。


そして、うねる肉の触手から更に黄色い骨が成長してきてーーアーチ状の『なにか』を形作っていく。


「マジ、かよ……っ!」


数秒後、腐老人によって作られたのは、肉の弦に鉄骨の矢をつがえた巨大な弓。


さながら『肉の弓』とでも呼ぶべきか。

ビキビキと引き絞られ、骨がしなる。


極限まで弾性力を蓄えた筋肉質の弦は、数瞬後の爆発的な破壊力を予期させた。


「っ、ふ……」


バビュンッ、と。

仮にも生物の体から出てはいけない馬鹿げた発射音と共に、矢は放たれた。


反応する間も無く、肩に感じる熱ーー身をよじり、なんとか直撃は避ける。

しかし擦っただけで左肩の肉をほぼ抉り取られた。付け根がぷらぷら揺れて、胴と皮一枚で繋がっている状態。


俺の背後にあったビルが、鉄骨矢の破壊力によって倒壊するのが見える。

ゾッとした。もしまともに受けてたら即死だった。


「くそ、が……」


無理だ、勝てない。


ばちゃばちゃ吹き出る血液に、チカチカと眩む視界。

意識を保てているのが奇跡だ。血が出すぎたせいで思考も纏まらない。

ふらつきながら逃げようとするが、すぐ追い付かれてしまう。


「%&#¥&#$→↓←」


手負いの俺を見てケタケタわらいながら、腐老人が手を伸ばしてくる。


本気で、まずい。


ゴブリンや魚人と異なり、地球の生物と身体構造があまりに違い過ぎる。だから明確な弱点が分からないし、不意討ちのしようも無い。

眉間に穴が空いても動いてるのが何よりの証拠だ。


「%¥#◇%%◇$↓↓↓!」


腐老人は逃げる俺へあっという間に追い付き、ブレード状に変形した触腕を振り上げる。

そして、それを振り下ろーー


「#$#&#↑↓!?!?!?」


ーー振り下ろそうとして、によって真っ二つにされた。


黒騎士はそのままの勢いで大剣を持ち替え、腐老人を更に横凪ぎにした。


十文字に切り裂かれた腐老人は、焦った様子で体の断面から無数の触手を生やして分断された体を接続しようとする。


しかし恐ろしい速度で無数の斬撃を見舞う騎士に再生が追い付かず、やがて数秒で灰と化した。


「……」


「っ……」


騎士は、ゆっくりと俺の方に振り向いた。兜の目の部分に灯る紅い光が俺を見据える。


感じるのは、圧倒的強者の風格。

漫画やアニメ特有の闘気オーラなど素人の俺に見えはしないが、それでもそれに似たものを覚えるぐらいの。


……猛獣から逃げる算段を立てていたら、戦車がやってきたみたいな気分だ。

どうする……?


「食え、坊主」


「……へっ?」


兜の中から聞こえたのは、くぐもった男声。

灰の山から拾い上げた魔核を俺に差し出しながら、確かにそう言った。


「な、なんで、モンスターが喋って……」


「オレはモンスターじゃない……貴公きこうとは別の世界からやってきたーー人間だ」



天空から飛びかかってきたワイバーンを一刀両断しつつ、騎士は言う。

ーー異世界から来た人間。スティルシアと同じか?


「とにかく、さっさと魔核を取り込まんか。そのままでは死ぬぞ」


俺はその言葉にはっとして、急いで口に腐老人の魔核を入れた。

ゴブリンやスライムの物より遥かに濃密な血の味。

それに顔をしかめていると、切断された肩の傷口からパキパキと赤い結晶が生えてくる。


「……っ」


結晶は、俺の腕と同程度の大きさまで成長してから砕け散った。その中から出てきたのは、傷一つ無い左腕。


……ゴブリンの時で魔核を取り込めば傷が治るのは知っていたが、こうして実際に欠損した自分の部位が生えてくるのは、なんというか、きつい。


「……ほう、かなり治りが速いな。その若さで既に"飽和"しかけているのか……?」


手をグーパーして感触を確かめていると、騎士は『着いてこい』と言って歩き出した。

一瞬戸惑ったが、とりあえず後を追う。丁度バンダイの位置情報も向こうの方面だ。


しばらく歩くと、路地裏の一角にある段ボールが沢山敷かれた場所に辿り着いた。

この騎士に保護された人たちだろうか、十数人がそこに固まって震えている。


「ここは……?」


「数日前にこの世界に飛ばされてな。普段はここで暮らしている。オレの城だ」


段ボールの上にどかっと胡座をかいて座り、騎士は言った。……スティルシアより遅く転移してきたんだな。

と言うか、この段ボールの山に住んでるって……


「もしかして、ホームレス……」


「城だ」


「え、ホー……」


「城だ。キャッスルだ」


有無を言わさぬ迫力でずいっ、と迫ってくる騎士にコクコク頷いた。

ちょっと面白いなこのおっさん……っていや、そんな場合じゃない。バンダイを助けに行かなければ。


「あの……保護してくれるのはありがたいんですけど、今友達が大変で。助けに行かなきゃなので、俺は大丈夫です」


ホームレス騎士に背を向け、俺は歩き出そうとした。

が、すぐに後ろから肩を掴まれて前につんのめる。

な、なんだ……?


「オレも同行しよう。この苦境でも友を見捨てないその心意気、気に入った」


「おっさん……!」


「お兄さんだ」


正直、この街を俺一人で生き抜くのは難しい。

強い味方が手に入るのは好都合だ。


俺はバンダイから送られ来た位置情報を頼りに、騎士と二人で路地裏を進む。


「……そう言えば、お名前って聞いても良いですか?」


「そうだな、"掃除屋エリミネーター"とでも呼んでくれ。ホームレス仲間……あっいや、同胞にもそう呼ばれている」


騎士……エリミネーターは玲瓏とした声でそう言った。

やっぱりホームレスなのか。そりゃ、転移して数日じゃ住居なんてどうにもならないだろうけど。

ホームレス騎士ナイトとか、字面がアレ過ぎる。


「ここです」


そうこう思いながら歩いていると、一件のビルの前で位置情報が到着を示した。

真っ白な高層ビルーー今は焦げ付いているが、THE宗教施設といった感じだ。


「ほう……ここか。良い物件だ。敷金とか幾らなんだろうか」


「住もうとしてます?」


「……してない」


先にズカズカ進んでいくエリミネーターの背中を追う。

中に入ると建物内は凄惨な有り様で、数々のモンスターの巣窟と化していた。


体表からマグマのような粘液を吹き出している巨大なカエルや火吹きトカゲなどが多く居るせいで、一階のフロアは気温がかなり高い。正に灼熱地獄だ。


「やばいな……」


「活路をこじ開ける。駆け抜けるぞ坊主」


「へ?」


エリミネーターは大剣を上段に構え、そう言った。


「術式装填・"アイオライト"」


大剣の刀身に、青い魔方陣のようなものか浮かび上がる。


「ふん……!」


エミリネーターがそれを振り下ろした瞬間、レーザービームと見紛うぐらいの凄まじいジェット水流が大剣から発射された。

螺旋回転しながら放たれた水流は、進路上に立っていたモンスター達を一体残らず吹き飛ばして直進する。


ーーなんて威力だ。

剣からビームが出るのは創作物じゃデフォだが、現実で見ると恐ろしい。


「チィッ……! 全員に気付かれた! 坊主、お前の友人が居るのは何階だ!?」


「そりゃ気づくでしょ……えっと、た、多分、四階……」


「よーし……ならば全速前進だ!」


「ぁあぁあああぁあ!?」


エリミネーターは俺の髪の毛をガシッと掴んで、引きずるように走り出す。デコボコした地面にガンガン手足がぶつかる。

痛い痛い痛い!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る