第3話『幸せの魔法』

「凄いねぇこの板。サラサラしててあったかいよ」


「こらテレビの画面に触るな。汚れるだろ」


非常事態だからか何度も同じ内容をグルグル放送しているテレビを点けたまま、俺はノートパソコンで情報収集をしていた。


分かった事と言えば、四時間ほど前に世界各国の上空で正体不明の"黒いオーロラ"が観測された事。

それを境に謎の生命体……あのスライムが大量発生した事。


そしてこれはまだ都市伝説レベルらしいが、それを殺した際に出る赤いビー玉を飲み込むと筋力や身体機能が強くなるという事。


そのため都会の方では若者たちの間でゲーム感覚の"スライム狩り"なるものが行われているらしい。

……ここまで全て、スティルシアの言葉と一致している。


「はぁ……」


頭が痛くなり、ぱたんとノートパソコンを閉じた。


何が"スライム狩り"なんだか。なんで現実世界でレベリングしなきゃならないんだよ。ド〇クエをしろド〇クエを。

全く、情報量が多過ぎて胃が痛くなる。


「……こんな時に婆ちゃんが居ればなぁ……」


うちの祖母は、戦後の動乱を駆け抜けたせいかとても強い女性だった。

老いた女手一つで俺を育て、俺が高校入試に受かったと聞いた次の日に倒れて寝たきりになってしまった。


それからは、以前より兆候があったアルツハイマー型認知症が一気に悪化して、俺の事も自分の事も忘れてゆっくり子供に戻りながら死んでいった。


「……お婆さんがいるのかい?」


「あぁ。もう死んじまったけど」


小さな仏壇で微笑む写真を指差しながらスティルシアに言うと、少し複雑そうな顔になった。

形の良い眉がひそめられた、正に苦虫を噛み潰したような表情。


「……とても、羨ましいよ」


「なんでだよ」


「君みたいな孫が居て、死んだ後も誰かの心に残り続けて。さぞかし立派な人だったんだろう……私とは、大違いだ」


中学生程の見た目には似つかわしくない、疲れ果てた枯れ木みたいな声色でスティルシアは言った。


「お前だってまだまだ若いだろ。俺より下の癖に人生語るな」


「……? 私は君より軽く1000歳以上年上だが」


「えっ」


「えっ」


顔を見合わせたまま、しばらく場を沈黙が支配する。

……そういや、さっきこいつ自分の事をエルフだって言ってたな。


エルフは多くのファンタジーモノにおいて長命かつ美形として名高い。

蛍光灯を浴び煌めく白髪から覗く長耳を見ながら、俺は頭の中で納得した。いや1000歳以上なのは流石に受け入れにくいけど。


「……え、一応、敬語とか使った方が良かったりします?」


「いらないよ。うやまわれるほど大層な人間でもないからね」


「そ、そっか。そうだよな」


「そうだよなとはなんだ」


それから俺はシャワーを浴びて汗と泥を流し、部屋着に着替えた。まだ夕方だが今日は色々あって疲れたから早めに布団を敷いておく。


スティルシアはと言えば、俺のパソコンで某アンパン男や猫型ロボットなどの子供向けアニメを熱心に視聴していた。


「こ、このバケモノめっ! なんで頭部が無いのに飛行魔術が使えるんだ!? それにこんなアホ面晒した獣人なんかのために身を削るなんて信じられない……!」


「ちなみにお前が一番アホ晒してるぞ」


「あぁぁぁぁ食パン男が撃墜されたぁぁぁぁ!!! 私が……私が君を死なせはしない……!」


「感情移入が凄いよお前」


画面に釘付けのスティルシアを放置して、俺はキッチンに立った。久しぶりに二人分の食事を作るからなんか緊張する。


冷蔵庫の中身と相談した結果、今晩は挽き肉のハンバーグで決定した。

背中に誰かの存在を感じながら立つキッチンはとても懐かしくて、少しだけ口元が綻ぶ。


婆ちゃんはハンバーグを作る際にパン粉などの『つなぎ』を混ぜるのが嫌いだったから、俺のハンバーグはひき肉オンリーだ。


纏まりにくくて手間が掛かるが、その分とても美味しい。そこらのファミレスには負けない自信がある。

こねた挽き肉を油の引かれたフライパンに乗せて経過を見守る。


「……うし、火は通ってるな」


菜箸で小さく穴を開け、出てくる肉汁が透明な事を確認したら完成だ。

良い匂いを嗅ぎ付けたのか、スティルシアは俺の後ろで肩越しに二つのハンバーグをまじまじと見ていた。


「……それ、私も食べて良いの?」


「当たり前だろ」


野菜と一緒に盛り付けたハンバーグを食卓に並べ、二人で向き合って座る。


誰かとご飯を食べるのに慣れていないのか、スティルシアはぎくしゃくと居心地が悪そうに床に座った。


「頂きます」


「い、いただき、ます」


俺の真似をして皿に手を合わせたスティルシアと一緒に食べ始める。

箸の使い方は分からないだろうからフォークを渡している。

でもなぜか皿と向き合ったままじっとしていた。


「どうした」


「……うん、いや、もうちょっと見てたくて」


「なんだよそれ……」


俺が半分ほど食べ進めた辺りで、やっとスティルシアは口を付けた。

はむ、と小さく口に含んで目を見開く。


「……おいしい」


「婆ちゃん直伝だからな」



「……ほんとに、おいしいよ」


一心不乱に口に詰め込む目の前の少女を見て、思わず笑ってしまった。いや少女じゃないか。


食べ終えたのを見計らって皿を台所に下げる。

スティルシアの口元にソースが付いてたのでティッシュで拭いてやった。


「覚えてる食べ物の中で一番美味しかったよ!」


「そりゃ良かった」


それからは三十分。

皿を洗い終えると、窓から見える外はもうすっかり暗くなっていた。


世間は物騒だ。玄関に行って鍵とチェーンを確認しておく。

……よし、万全だ。こんな田舎まで危ないヤツは来ないだろうが、念には念を入れておくに越した事は無い。


ふと、スティルシアの方を見ると俺のノートパソコンと向き合ってカタカタ震えていた。

何があったんだ。


「どうしたー?」


「ね、ねぇ、ぱそこん弄ってたらなんか変な所に飛んだんだけど。裸の女の人がいっぱい居るよ……」


「あぁ……ぁあ!? おまっ、これエ◯クスビデオじゃねぇか! 消せ消せ! どこから飛んだ!?」


「お気に入りサイトの所からだよ。こういうのが好きなんだね。えぇと、ひとづまれいぷ?、野獣と化したせんぱーー」


「ぁ"あぁあ"あぁ"ぁぁ"ぁ"ぁ!!!」


スティルシアは一週間パソコン禁止になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る