第4話『厄日がエブリディ』

ミーンミンミンミンミン


「あー、あっづぃ……」


スティルシアを拾った次の日、俺は汗ばむような暑さと蝉の鳴き声で目を覚ました。

壁掛け時計に目を向けると、時刻はキッカリ八時。今日は休みだから二度寝しても良いかもしれない。


スティルシアはもう起きていたようで、ソファの上でぺたんと女の子座りして明後日の方向を見つめている。


「スティルシアー……二度寝したいから、もし腹減ったら冷蔵庫に作り置きしてる煮物食べてくれ」


俺の声に肩をビクッと跳ねさせて、スティルシアはこちらへ振り向いた。

まるで我を忘れたかのような顔で、虚ろな赤い瞳が俺を写す。その途端ハッとして何度か瞬きした。


「どうかしたか?」


「ぁ、あー……おはよう。うん、大丈夫だよ」


釈然としない様子を不審に思いながらも、俺はもう一度布団に寝転がった。欠伸しながら寝返りを打つ。

九時ぐらいまで寝るか……


「そう言えば昨日、明日は朝から"らのべ"ってのを買いに行くって言ってなかったっけ?」


「忘れてた!」


「わっ」


薄い毛布をはね除け、俺は勢い良く立ち上がった。

今日は俺の購読しているライトノベルの続刊が発売する日だ。

数量限定の特典が付いてるから転売ヤーも多い。早く買いに行かなければ。


急いで顔を洗って歯磨きをし、パジャマから着替える。

そして、寝グセで跳ねた髪の毛を撫で付けながら玄関を出ようとーーして、なぜか玄関口には仁王立ちしたスティルシアが立ちふさがっていた。


「待ちたまえっ」


「なんだよ」


「私も行きたい!」


「嫌だよ!」


「いーきーたーい!」


「うるさいぞ千歳児!」


「ぐっ、ぬぬぬ……!」


白髪の美少女とか連れ回してたら目立つにも程があるだろ。

ただでさえ物騒なのに、なんでわざわざ禍根を連れていかなきゃならないんだ。


「……どうしても、嫌なのかい?」


「あぁ。本屋に行くだけだからすぐ戻るぞ」


「連れていかないと言うのなら、私にも考えがある」


スティルシアはこちらを見据え、深く息を吸った。

な、なんだ、まさか例の魔法でも使う気か……!?


「や、やめろ」


「……な」


「やめろってば!」


不敵な笑みを浮かべたままにじり寄ってくるスティルシアに、頬を汗が伝う。

あんな炎を攻撃として向けられたら、俺なんてきっと骨さえ残らない。


「やめーー!」


「置いてくなら留守の間、君の大好きな【人妻脅迫!サッカー部員たちの逆襲~】でも見てようかなー」


「あばっ」


◆◇◆


「ねぇ! 凄い、凄いよこの箱! 竜車より速いよっ!」


「……あぁ、うん。目立つからあんまり騒がないでね……」


街へ向かうバスの中、外の景色を夢中で眺めるスティルシアを尻目に、俺は心の中でさめざめと泣いていた。

……なんで俺のいつも見てるAVの題名をこいつに知られてるんだ。しかも昨日のとは違うヤツだぞ。


このままでは俺が人妻好きだということがバレてしまうーーいや、もうバレてるか。

つらい。つらたんだ。マジぴえん。


「はぁ……」


ちなみにスティルシアには、俺が中学生だった頃に着てたフード付きのパーカーと帽子を二重に着させて、耳と髪の毛を隠している。


この状態ならただのスレンダーな女の子にしか見えないし、近寄られて顔を覗き込まれたとしても、めちゃくちゃ可愛い程度の感想しか抱かない。


「はぁぁぁ……」


……なのに、なぜか車内中の視線がこちらへ集中している。それも『軽蔑』や『憐れみ』の視線だ。胃が痛い。

どうして……と原因を探していると、とても大事な事に気がついた。


上機嫌なようで小さく鼻唄を歌いながらニコニコしているスティルシアの、両胸の頂点辺り。

そこに、浮かび上がってはいけない二つのものがくっきりと浮き出てしまっていた。


ーーあ、こいつ、下着着けてない


「おま……」


「さっきからどうしたのさ」


足をぱたぱたさせながら俺を見てきたスティルシアから全力で顔を逸らした。


……やばい。

これ周囲からしたら、俺が自分の妹とかにブラジャーも着けさせずバス乗らしてる腐れ外道に見えてるんじゃないか。

断じて違う。どちからと言えば被害者は俺の方だ。


この世の理不尽を噛み締めながら、俺はバスの停車ボタンを連打した。

……近くにランジェリーショップあるかな。


「降りるぞ」


「うん」


乗客の刺すような視線にうつむきながら、スティルシアの手を引いてバスから降りた。

確か……この辺にデパートがあったはずだ。その中で探そう。


「迷子になるから着いてこいよ」


人混みを掻き分け、俺は大きな建物の前で立ち止まった。

この近辺ではかなり大きいデパートだ。


入り口にあったマップでランジェリーショップの場所を探す……三階か。

エレベーターに乗り、やけにピンク色な店の近くまでやって来た。

品棚の陰で、スティルシアに『下着買ってこい』と言って三千円を握らせる。俺が買いに行くわけにもいかない。


「良いか……!? 店員さんに任せれば多分大丈夫だからな! 変な事すんなよ! あと、もし耳見られたらボディピアスですって答えとけ!」


「むう……私だって買い物ぐらいした事あるよ。そんなに心配しなくても平気さ」


ふんす、と自信ありげに歩いていく小さい背中を見送りながらため息を吐く。

そそっかしい妹が出来たような気分だ。心が休まらない。


ベンチに座り、リュックから朝ごはん代わりに持ってきた紙パックの野菜ジュースを取り出して、口へ流し込む。

ぬるくて美味しくない。でも今日初めての糖分だから、少しずつ頭が回るようになってきた。


「かわいい……! が、外人さんですか!? 写真取って良いです……!? あとツイッターにも! わぁ、耳すごい……」


「……? 好きにしたまえ。あとこの耳は"ぼでぃぴあす"らしい」


「しゃべり方もかわいい……! おしゃれですね!」


なにやらスティルシアと店員さんが話し込んでいる。声は聞こえないが、向こうが笑顔なので問題を起こしたわけではないと思われる。と言うかそう信じたい。


それから数十分後、スティルシアがレジ袋を持ってランジェリーショップから出てきた。なぜか複数名の頬を赤くした店員さんに見送られている。

当の本人は疲弊した様子で、フードを深く被り直していた。


「おーい、下着買えたよー」


ベンチに座った俺を見つけると、スティルシアはこちらへ呼び掛けながら袋からヒラヒラした布を取り出して見せ付けてきた。ーーパンツだ。

店員さん達や他の客がギョッとした顔で俺を見る。


「おい! それっ、早くしまえ!」


「え……彼氏さんですか?」


「恋仲なんかよりもっと深い関係だよ……ふふ」


「保護者ですからぁ!」


俺は半ば引きずるようにスティルシアをランジェリーショップの遠くへ連れてきた。

ひ、酷い目にあった。あの店員さん犯罪者を見るような目してたぞ。ちょっと泣きそうだった。


確かに俺みたいな客観的に見てキモオタな奴が美少女と下着買いに来るとか犯罪の臭いしかしないが。

あれ、目から生理用食塩水が分泌されてきた……


「……本屋いこ」


「この世界の書肆しょしか。私も興味あるよ」


本屋はここと同じ階だ。早いとこ買いに行かなければ。

この落ち込んだ気持ちを読書で慰めよう。



「……売り切れてる」


ラノベ新刊コーナーの棚に、ぽっかり空いた空白。

店員さんに聞いてみたら、入荷した数が少なくて早く売り切れてしまったらしい。

がくっと肩を落とす。


「ねぇ、この本の表紙にエルフが描かれてるよ!」


「クソラノベだぞそれ」


「そうなんだ……」


それから何店かの本屋を巡ったが、いずれも目当ての本は見つからなかった。

……もう帰るか。特典は諦めて、大人しく電子書籍版でも買おう。なんか疲れた。


それから十数分後、バス停に設置されたベンチの上。

猫みたいにビニール袋をかしゃかしゃさせて遊んでいるスティルシアを尻目に、暇な俺はSNSで特典付きが買えたとツイートしているオタク友達に恨みの返信リプライを送る作業をしていた。


「……ん?」


その時、死んだ目で画面をスワイプしていた俺の目に、とあるツイートが止まった。


何人かの女性が写った写真付きだ。普段俺の元に回ってくる事がない類いのパーリーピーポーな雰囲気を感じる。

俺のフォローしている人がリツイートしたのだろう。


【バイト先にやばい子が来た!!!芸能人よりカワイイ!なんか陰キャっぽい奴と一緒に来てたけど笑笑】


妙に癪に障る文面。

そのまま貼付された写真の方へ目を向けると、その中心には見覚えのある少女が数人の女性に囲まれて無表情で佇んでいた。


絹みたいな白髪、血より赤く大きな瞳。

アイドルが路傍の石ころに見えるレベルの美貌を備えたその少女は、まるで今俺の横にいるスティルシアのようでーー


「……え、なんでお前ツイッターで拡散されてんの?」


「ついったー……? あぁ、さっきの人たちが言ってたな。回覧板みたいなものだろ?」


「世界規模のな!? あぁぁぁ……どうしてこうなるんだよ……!」


焦りに髪をわしゃわしゃしながら確認すると、既にいいねの数は1000を越えていた。投稿から十数分でこれだから、もっと増えるだろう。

あと俺のこと陰キャって書いた店員許さないからな。


「や、厄日だ……」


「生きてりゃそのうち良いことあるよ」


「大体お前のせいなんだよなぁ……」


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