52  激動の時代の前触れ?

 狂喰害蟲王のグラと名乗るGが立ち去った後、私はしばらくの間頭を上げることができなかった。


 冷や汗、悪寒? 分からない。

 ただただ震えが止まらなかった。

 今まで楽観的に生きてきた私を本格的に別世界へと来てしまったことを再び思い脱させるその圧力に、私の震えは止まらなかった。


 このままじゃダメだ。

 このままじゃ、本当にダメだ。

 危険を冒してでも早急に強くならなくては、呑気に植物衆爆誕だの言ってられない。


 私は計画を改めた。


 敵対はまず無い、少なくとも今のうちは。

 かといって懐柔される気は更々ないけど、とにかく今は下手に出よう。

 もし私たちが仲間になるなんて提案したところで、種族は違う出所の分からない存在を信用はしない。

 下手したら後ろから刺される。

 だって私程度でも考えられる選択だもん。

 向こうがやってこない保証なんてない。


 かといって真っ向から敵対もない。

 とにかく表面上では邪魔はしない迷惑をかけない、でもいざ対立したら搾取されるだけじゃなく対等に渡り合えるだけの戦力は保持していなくてはいけない。


 確実に私含め植物衆全員が修練を積んで、確実にかつ早く力を付ける。

 私はこの樹海を楽園にする夢があるとはいえ、悠長にやってられなくなった。

 時間はない、今までのやり方をガラッと変えなくては。

 それに、グラは人間だった頃の私の名前を知っていた。

 これも怖い点だ。

 鑑定? に近しい能力を持っているとすれば、私の手の内はバレている。


 森さんですら、ステータスの開示時に「名前:なし」になっていた。

 と言うことは、森さんをも上回る何かがあるということに他ならない。


 ねぇ森さん、私とGの戦力差ってどのくらいかわかる?




《解:不明です》




 むぅ。

 予想はしていたけど、そりゃあそうだよね。

 格上ということはわかる、その格上の存在を森さん程度でわかるわけがない。


 私は今は岩を殴り続けている阿形吽形の元に向かった。

 案の定、彼らは未だに岩を殴り続けていた。


 というか、あのG達の殺気を感じなかったのか?

 なんで、まだ岩を殴り続けられているんだ?


 私は彼らに訓練をやめる様指示を出す。

 2本ふたりは岩を殴る動きを止めたまま、私の方へ振り向く。

 そんな少し間抜けっぽい彼らを見ていると、冷静になれる自分がいた。

 よく見ると岩にはヒビが入っており、二人のスキルやレベルも少し上がっていた。


 やり方は間違っていない。でも、これだと時間がかかりすぎる気がする。

 私はその辺で拾ったちょうどいいサイズの枝を綺麗な棒状にし、阿吽に渡す。

 そして思念を飛ばす。


 これからは、組手で永遠に1vs1を繰り返しなさい。 

 いや、でもそれだと変な癖がつくか。

 不定期で私が【魅惑香】ってスキルで虫を誘き寄せるから、それらは2本ふたりで協力して対処しなさい。

 私は手を貸さないから。

 もし、死んでしまったらそれまでだったと思いな。


 厳しいかもしれないけど、弱肉強食の世界において強いものしか生き残れない。

 強くなるためには実戦が、死闘が必要不可欠だ。

 私が急激に成長したのも、ちまちま戦っていた時よりも死にそうになっていた時ばっかりだ。

 この判断は間違っていないはず。


 もし、万が一に死んでしまったら……、その時は割り切って供養するしかない。

 でもって、また【株分け】して分身体を作る。


 大事に思っていても、あくまでも彼らは私から生み出された分身の一つ。

 同じ存在はいなくても、似た存在はまた作り出され。

 だから死んじゃったらそこまでだった、そう割り切る。


 でも、そうならない様手は尽くす。

 強くする。もちろん、私も含めて。

 そうして私達の修練が始まった。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「マンティサイス」

「なんでしょうか、ボス」

「彼女達は今後私たちの良き隣人になるのか、それとも敵対するのか。どちらになると思いますか?」

「……というと」


 狂喰害蟲王の少し後ろを歩くカマキリ型の蟲師、マンティサイスは質問の意図がわからないでいた。

 それもそうだろう。

 彼が慕うボス『グラ』と言う存在は、統治者階級であり魔王種を持つ樹海のボスだ。

 世界で7人しか持ち合わせていないその最強の一角であり、そんな存在に敵対する存在はいるはずもないからだ。


 それが良き隣人という対等な存在、もしくは敵対という同等の力でもなければ選べない存在になり得るかと聞いているのだ。

 そんなマンティサイスの問いに対し、グラは口を開く。


「そうですねぇ。彼女は、いや彼女は異分子ですからねぇ。世界にもたらすバグとでも言いましょうか。私の触覚が疼くんですよ」


 グラは立ち止まり、マンティサイスへと振り返った。


「来ますよ、激動の時代が」

「さようでございますか」

「えぇ。その為に、私たちも下地を固めなくてはいけませんよ。生きていく上での先読み、時の流れを読むことは重要ですからねぇ」

「では、これもその一環と?」

「えぇ、そう言うことですよ。久しいですね、クイーンフォルミーカ」


 星中核大迷宮中層【樹海】上層【大地】、その中間地点にある坑道の一つ。

 光はほとんどなく、樹海と違って植物も生えていない岩肌が露出し至る所で鉱石が剥き出しになっているその場所。

 そこには強大な顎と大きく膨らむ腹部を持つ巨大蟻、このコロニーのトップであり狂喰害蟲王の傘下にいる女王蟻とその子供達が無数に蠢いていた。


「上層【大地】の動きの監視兼門番として任命したあなたに話があって伺いました。ご用件はお分かりですよね?」

「……」

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