51  統治者と接触

 私が今後どんな食虫植物になっていくか熟考しながら阿吽の2本の元へ訪れたのとほぼ同タイミングで茂みから奴は現れた。


 漆黒の姿に蠢く長い触覚、トゲトゲの6本足を生やしたみんなの嫌われ者。

 名前を言うのも恐ろしく”G”の名で呼ばれるその存在、GO・KI・BU・RIが。


 しかも、異常にでかい!

 私と大きさはほぼ一緒では?

 このサイズのゴキブリは、キモい以上にグロい! 

 

 やばい、無理。

 生理的に無理。

 てか怖っ。


「どうも、初めまして」


 私が思考停止の中、そのゴキブリは突然腰を低くして私に話しかけた。


 なんなんだよコイツ。

 誰だ?

 妙に紳士的だけど、普通に怖いよ。

 というかやっぱキモいが勝つ……やっぱ怖っ。


 私は再びGに視線を向けるが、一瞬で視線を下へと逸らした。


 会話できるほどの知能はあるみたいだけど、それなら出てくる前に鏡でも見てからにしてほしいんだけど……。

 やばい、顔を見れない。

 いや、顔どころか足も体も見たくない。

 というか、用があるのは私じゃなくて阿吽の2本の方だったりしない?

 私がいない間に知り合って——的な?


 私は後ろで突っ立っている2本の方へ振り返るが、惚けている2本の顔が視界に入ってくる。

 ダメだこりゃ。


 も、森さん!

 あれ何!?

 いきなりなんなん!?

 私に話しかけてる?




《解:不明です》




 いーや、不明じゃないね。

 あれはゴキブリだね。


 解:虫です、っていつもは言うじゃん!

 その虫がなんなの? ってところまでが私たちのテンプレでしょうが!


 いや、今はそこじゃないわ。

 そんなことはどうでもいいわ。

 もしこの”G”が私に話しかけているとしたら人選ミスだよ?

 私は日陰者とかいう称号もらったり、学校ではボッチをキメ込んでいたりしていたけど、決して人と話せないわけじゃない。

 ただ目が合わせられないのと、言葉が喉で詰まるだけで。

 現にこっちの世界に来てすぐの頃、人間に私から話しかけることもできたしね。

 まぁ、通じなかったどころか襲われたけど……。


 はぁ、見れば見るほどキモい。

 ってか、なに王冠被ってんねん。

 逃げていいですか?

 逃げてもいいんですか?




《告:逃走は不可能です》

《周囲に一つの生命反応を感知してます》

《敵意がある為、逃走は不可能です》




 まだ誰かおると?

 え、敵意!?

 ……そう言う事は、ちゃんと言おうよ。




《応:了》




 そもそも私が走ってGから逃げられるとは思ってもないよ。

 だってGだもん。

 しかも、一匹どっかに隠れて私に向かって殺気飛ばしているとか。

 とりあえず、どうしたらいいかな?




《解:不明です》




 ですよねぇ。


 私は巨大なゴキブリを目の前に硬直してしまっていた。

 そんな私を見兼ねてか、ゴキブリが再び話しかけてきた。


「あの、ここにはどう言ったご用件でしょうか?」


 ……不審者に不審がられてる!?

 もしかして、ここってGの家というか縄張りだったりするのかな。


「ア゛、ア゛……」


 私は返事を試みようとするも、まだうまく喋れないことをすっかり忘れていたせいで、カスカスな濁声が口から漏れた。

 怖い、キモい、逃げ出したい。

 そういう気持ちしか湧き上がってこなかった私はずっと自分の足を見ていた。


「あ、申し訳ございません。会話はまだ不能でしたか『でしたらこちらはどうですか?』」


 するとGは腰を低くしたまま、私が子供達植物衆にやっている思念共有に似たものを飛ばしてきた。

 ……そんなに気が回るんなら、私の前に出てこないでほしいと思いつつも、ダメ元で私も思念を飛ばす。


『だ、大丈夫です』

『それはよかったです。して、先の質問に戻りますが、ここにはどう言ったご用件でいらしましたか?』

『……』


 要件って、そんなものは正直言ってないんだが。

 強いて言うなら——…


『逃げて? きました……』

『それはそれは』


 Gの態度は終始丁寧で紳士的な雰囲気だったが、次の瞬間私の背筋に悪寒が走った。


『あ、自己紹介がまだでしたね。私はここ星中核大迷宮中層、樹海を統治する者。狂喰害蟲王のグラと申します。真名を名乗るなんて久しぶりですね』


 私の背面に無数の剣先や銃口を突きつけられてるように痺れる体、威圧感。

 周囲にいる謎の一匹はともかく、目の前のGからは殺気は出ていない。

 が、ソレが更にやばい気がしてならない。

 こっちの世界に来てから強化されている私の野生の勘が警笛を鳴らしている。



 ”絶対的強者”



 王の名に相応しい存在が目の前で私よりも腰を低くしていた。


 そのことに気づいた私はすぐさま地面に顔を埋めた。

 土下座五段活用最上級の土下寝を披露して。


 理解されないことが多い土下寝だが、事実土下座よりも謝罪する気持ちが高いと称されているのが土下寝だ。

 だからこそ、私は目の前のGに頭を下げた。


『申し訳ございません。大変失礼な態度をとってしまいました』


 何が怖だよ、何がキモいだよ。

 こいつに逆らったら死しかないのに、私はバカか?

 グラと名乗る巨大Gは土下寝する私をしばらくの間見続け、そして。


『……では、はここら辺で失礼しますね』


 統治者との接触が突然終わりを迎えた。


『今回は挨拶だけが目的でしたから』

『は、はい』


 ……今回?


「ではまたお会いしましょう。花車 橙空ハナグルマ トアさん」


 っ!?

 それだけ言い残してGと、私の前に姿を表さなかったもう一匹は目の前から消え去った。


《告:消えていません》

《初動と地の速力によって消えているように見えただけと推察します》


 私はそんな森さんにツッコミを入れる余裕はなかった。

 なぜなら、Gは私の真名? 人だった頃の名前を言ったのだから。


 聞き間違いのはずない。

 たまたま言って、適当言って当たるような苗字でもない、私の名は。


 だからこそ、私は言葉を失った。

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