４６ 樹海の統治者
魅惑香の効果で私を中心に甘ったるい匂いが広がっていった。
自分ではその匂いがどんなものかよく分からないけど、これで
スキルを発動してから程なくして、種達の働きによって敵の接近を確認できた。
そしてハエ狩りが始まった。
敵は魅惑香の効果で【
そのせいで行動が直線的になり、ハエが持つ本来のスピードを活かせなくなる。
蚊取り線香みたいなイメージが一番近いかな。
寄ってきたハエは、薬ではなく物理で叩き潰される。
ブチャッ、ブチャッと潰されていく。
攻撃防御ともに紙装甲のハエは身動きが取れないレベルで囲まれない限り、致命的になることはないのだ。
それを阿吽の２本に説明しておいた私は戦闘のお手本を見せるかのように先陣を切っていた。
運痴でも確実に同レベル帯の敵を屠れるやり方講座。
まず、私達植物に対して襲ってくる敵は大抵口を開けています。
捕食するためなんでしょうね。
だから、その口の中目掛けて全力で殴って黙らせます。
相手は怯みます。
その後、生命吸収で回復しつつ息の根を止めるなり頭を硬化した腕で殴打するなりします。
これで勝てます。
容赦は必要ありません。
牙を剥いた時点で敵は敵、情け容赦なくぶっ潰しましょう！
私は一匹のハエの頭部を原型がなくなるまで潰した後、振り返り阿吽の二人を見た。
そして私の説明を聞いていた阿吽の２本を見て気づいた。
これ、それなりに体が動かせることが前提条件じゃね？ と。
阿吽の２本には思念共有で講義をしていたつもりけど、現状彼らは押され気味な気がしてならない。
プチマンドランは自立が可能だ。
しかし、完璧に動けるわけではない。
私自身も最初は歩くのがやっとだったし。
説明するまでもないが、魅惑香の効果は私に向かってハエが寄ってくるというものだ。
その通り道に阿吽を配置して数を減らす作戦だったけど、私に向かってくるハエの突進でポコスカにやられてる。
相手にされていない、意識が私に集中しているのにもかかわらず倒されては起きての繰り返しだ。
そんな２本を見て私は、こんな工芸品があったような気がするなと現実逃避をした。
攻撃というよりは、ぶつかったって感じだから阿吽が死ぬことはないだろうけど、これは本格的に介護が必要かもしれないわ。
私はハエを殴る片手間に思考を巡らした。
迫り来るハエ達の数は徐々に増えている。
地を駆けるハエ、空を飛ぶハエ。
小型犬サイズのそのハエの外見は正直気持ちが悪いが、ビギナーズラックに持ってこいだと思ったんだけど。
やっぱり私たちって弱いんだなと、再確認されるとは……。
とりあえず私は相手の羽と足を捥ぐことに集中して、それにトドメを刺させるか。
阿吽の２本に地面を這ってでもいいから、私の足元にくるよう思念を飛ばす。
そこからは本当に泥試合の名がふさわしいグダグダっぷりを見せた。
まず、いくら相手の動きが直線的であろうと、その速さになかなか追いつくことができないせいで羽も足もなかなか捥げなかった。
頭をぶっ叩くのは簡単なのに。
それに途中で魅惑香を止めても、周囲に漂ってしまった匂いがすぐに消えることはないからハエの数が一向に減らなかった。
数だけを見ればあのアリ戦の時と同数だけど、ハエ自体はそんなに強くないのが今回最大の幸運だろう。
戦闘時間は体感で２〜３時間。
その時間を費やして阿吽のレベルは１から２に上がっただけ。
私はスキルレベルも込みで変動なし。
危険はあまりないけど、もうこの作戦は２度としないと心に誓った。
労力と報酬が釣り合わなさすぎる。
ちなみに今回の作戦のMVPは種達だろう。
私が阿吽の介護にてんてこ舞いになっていることを察したのか、定期的に綿毛のような根で絡みつくように捕縛しては弱らせてくれていた。
毒にかかっている敵を見る頻度も徐々に増えていったし。
レベルも２上がって３に、レベル上限に達していた。
一番下っ端が一番活躍している組織ってどうよ？
阿吽よ、これでいいのか？
私は殺したハエをムシャムシャと処理している阿吽に憐れみの視線を向け、ため息を吐いた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
プツン——…
はぁ。
何ですか、またですか。
最近眷属の不審死が多いですねぇ。
これは私に対する宣戦布告ですかね。
樹海最奥部に、自分の体よりも長い触覚をフルフルと振るわせる存在が小さな憤りを見せていた。
プチプチと眷属が死んでいく。
繋がりが絶たれていく。
これが共食いなら分かるんですけど、どういうつもりなんですかねぇ。
あの子達は仲間意識が私以上に強いですからね。
なんたって【共鳴】なんていうスキル持ちなんですからねぇ。
しかも、隠密に長けている私と同種の眷属まで。
彼は彼の周囲に無数にいる眷属の一匹に鉤爪を突き立て、そしてそれを口へと運んだ。
本当にどういうつもりなのか、全くもってわかりませんね。
「うーん、これは
「……」
彼は配下の一人に一言囁くも、配下は顎を一度キシッと動かすだけで返事はしなかった。
はぁ、本当に鬱陶しいですよ。
私の知らぬところで眷属が死んでいくのは、本当に心苦しい。
再び眷属に鉤爪を突き刺し、頬張る。
クシャクシャと咀嚼音を立てる彼の黒く輝く艶かしい体、そして羽が小刻みに震えた。
ただ、何でしょうかねぇ。
久しく感じていない、この高揚感は。
私の可愛い眷属を可愛がってくれたお礼に、こちらも挨拶をしに行きましょうかね。
クフフフ。
「すいません、マンティサイスをここに呼んできてください」
彼は配下の一人にそう指示を出すと、
彼に呼ばれたマンティサイスも、ムカデ型の蟲師も玉座に座す彼と同族だった。
だが一眷属に過ぎない。
無数の眷属と蟲師の魔人の配下を持つ”彼”、その正体は称号に《魔王種》を持ち、この星中核大迷宮中層【樹海】を統治する者。
狂喰害蟲王の異名を持つ蟲師。
二足歩行をする王冠をかぶるゴキブリ型の蟲師、魔人だった。
「皆さん。近いうちに皆さんも知っている来客者を呼ぶかもしれないのでその際はよろしくお願いしますね」
「……
跪く配下を前に彼は一瞬にして玉座から姿を消した。
もし私に対しての裏切り行為ならば見過ごすわけにはいきませんからね。
もし何者かが
まぁ、どっちにしろ楽しませてくださいよ、クイーンフォルミーカ。
彼の淡く揺れ光る瞳の奥には一匹のある存在が映っていた。
……あっ、そういえば最近私の
そちらにも近いうちに挨拶にいきましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます