38  不穏な影

 そこからは早かった——というか、なんかスゴかった。

 スキルレベルは上がりまくるし、どんどん水嵩も減ってくし。

 私はあっという間に足が地面に着く高さまで溶解液を飲み干していた。


 そして、気持ち太った。


 事後報告だけどスキル【味覚】はLv.5へ、【速食】は2上がってLv.4になった。

 あとは味覚スキルが分岐して【過食Lv.1】も習得した。

 その過食の影響で私は太ったんだと思う。

 ボディーがパンパンのパンだ。



 

 さてと。

 足がついたということは、この植物に天誅を下さなくてはいけない。


 天誅とは 天に代わって裁きを下すことである。

 今更説明するまでもないけど、ここでいう”天”とは即ちお天道様である。

 植物である私たちは、お天道様がいなければ生活はできない。

 故に神様的存在であるのが、彼のお天道様なのである。

 そのお天道様に代わって罰する、即ち我神なり。




《告:仰っている意味が理解できません》




 フッ、常人には理解できぬことよ。




《告:マスターは称号【日陰物ヒカゲモノ】を所持している為、日の光を必要としません》




 フッ、選ばれし存在ってことかな?




《……》




 森さんでも何も言い返せない、か。

 我思う、故に我あり。


天誅デンヂュー!」


 つい数分前まで溺れて死にかけていた私は、そんなことは最初から無かったような態度で声高々に叫んだ。

 ムッチムチな腕を限界までスキルで硬化し、ネペンテスモルスの土手っ腹に突き刺し引き裂いた。


 相手は植物。

 当然、悲鳴をあげることはない。

 だが膝下くらいは残っている溶解液が、主人の代わりに叫んでいるかのように裂け目から噴き出た。


 壺状になっていたネペンテスモルスは、その姿を維持できなくなったかのように萎れていった。

 …………………………ブン。




《告:ネペンテスモルスの生命活動の停止を確認しました》




 ふぅ、終わりよければ全て良し。

 レベルは上がらなかったけど、甘いジュースは飲めたしね。

 樹海とかいってたけど、植物の私でも油断はできないフィールドだってことは理解したよ。

 …………ッサ。


 私は軽く伸びをして息をゆっくりと吐いて、足元に残る水溜りに視線を落とした。

 甘味にはこの体になってから初めて触れた。

 デバフは受けたけど、それでもやっぱり美味しかったな。

 樹海にいれば、この甘露ジュースを持つ植物に出くわす機会が有るかもだけど。


 勿体無いし、誰も見てないし、いいよね?

 私は周囲をキョロキョロと見渡した。

 誰もいない、ね?

 ゆっくりと、しかし誰にも見られないよう素早く。

 矛盾を起こしている私は足元の溶解液でできた水溜りをズズズと音を立てながら啜った。


 口以外からでも食べられることは知っているから、わざわざこんな見っともない姿で啜る必要はないんだけど。

 ないんだけど、自然が野生を思い出させるというか、そうしたい気分だったのだ。


「プハッ」


 美味い!

 やっぱり美味い!

 甘味サイコー!


 ……ブブブ。

 ブブブ?

 突如として不快な音が聞こえてきた。




《告:熟練度が一定に達した為、スキル【魅惑香Lv.1】を獲得しました》




 ふぇ? みわくこう?


 ブブブブブブ——…


 スキルを獲得してすぐ、小型犬サイズのハエの大軍が私の視界に入り込んできた。

 息つく暇もないっ!

 足の本数は4本で小型犬サイズのハエの半分は空を飛んでいて、半分は器用に走ってこちらに向かってきていた。

 確かに甘い匂いで誘き寄せる罠に全身浸かって、そのうえ大半を飲み干したからって、なんだよ魅惑香って。


 これはパッシブスキルじゃないでしょうね!?

 一時的だよね?




《解:是》




 それはよかった。

 、ね。

 森さん、あのハエは何?




《解:蠅です》




 知ってる。

 あの時の蟻並みにすごい数いるけど、私でも対処できそうかな?



 

《解:可能です》

《状態異常【魅了チャーム(弱)】、状態異常【飢餓(弱)】の効果で蠅の思考能力が低下しています》

《倒すではなく、食べる吸うが目的のためマスターの生命活動の危機になる可能性は極めて低いです》




 お、おう。

 饒舌やんけ。

 パッシブだったら嫌だけど、魅惑香はかなり強スキルみたいだね。


 本当に息つく暇もないけど、肉弾戦と行きますかね。

 私はスキル【硬化Lv.2】と新しく取得したスキル【毒根Lv.1】を併用して向かい打つ準備を始めた。


 ッシャおらっ!

 かかってこいや虫ケラども!


 ほぼ確定の勝ち戦。

 私はこの体に生まれ変わってから、かつてないほどイキりながら足を進めた。






 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐






 プツン——…プツン――…プツン――…


 眷属が、死んでる……?

 誰なんでしょうかねぇ、私の可愛い眷属を虐殺してくれているのは。


 世界一木々生い茂る星中核大迷宮中層、樹海。

 そんな樹海の奥の奥、さらに奥。

 日の光が生い茂る木々によって遮られ、薄暗い夜を彷彿とさせる最奥部。

 赤い目を輝かせ頭部に伸びる2本の長い触覚をフルフルと震わせる、黒く輝く存在がいた。


 プツン――…プツン――…プツン――…


 誰なんでしょうかねぇ、私に喧嘩を売っている愚かで矮小な存在は。

 偵察要員とはいえ、眷属が殺されるのは気分が悪いですよ。

 クフフフフ。

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