37  植物の自覚

 さて、生存できたことはいいとしてこれからどうすればいいんだ。

 私はラッコのようにプカプカと浮かびながら腕を組み、思考を巡らす。


 この状況を打破する使えそうなスキルはあったっけ?

 ステータスを見たくても、称号しか分からないし。

 全てを把握して暗記しているならまだしも、ね?

 自慢じゃないけど、私の記憶力は決していい方じゃないから。

 まぁ素朴な案だけど、二つくらいは思いついた。


 一つはこの少し甘い香りの溶解液を飲み干すってとこ。

 スキルの【速食】で飲み尽くす感じで。

 多分、というか十中八九バッドステータスは食らうと思う。

 そもそも溶解液だし。

 アリが溶けてるわけだし……。

 けど、【酸耐性】なら持ってるからなんとかなる、かな?

 あわよくば、酸耐性のレベル上げも。グヘヘへ。


 もう一つの案は、現状維持で浮かんだままいて壺が開いて皿形態になるのを待つ。

 もしくは待たずに端まで行って壁に向けてスキル【硬化】で硬くした手を突き刺して壺に穴をこじ開けて脱出する。


 くらいが思いついた案。

 だけど二つ目の方は浮いたままという前条件がある以上、踏ん張りは効かないだろうし穴が開くかは未知数。

 どうしたもんかな。


 ……


 …………


 ………………飲むか。


 うん、それっきゃないな。

 穴開けるのは出てからでいいや。


 同じ植物のくせに私を食おうなんて、それは罪深いことである。

 法の番人(自称)であるこの私がお前に正義の鉄槌を喰らわせよう。


 私は口を広げ甘く芳醇な香り漂うネペンテスモルスの溶解液を飲み始めた。




《告:スキル【速食Lv.1】を実行します》




 ほのかに甘い、匂いどおりやっぱり甘い!

 これは飲める、飲み尽くせる。

 うまうま、うまし。


 泳げない私は顔を傾け、口を水面につける形でズルズルゴクゴクと飲み進めた。




《告:酸による継続ダメージが発生しています》




 ……。

 よ、予想通りだよ。




《警:予測2700秒後、マスターの残存生命力が尽きます》




 はあ?

 2700って長いの? 短いの!?

 わからんて。

 えとえと、1分60秒だから0を一つ消して270を6で割ったら……。

 45分?

 長い、けど全部飲み干すこと考えたら短い!

 それって、酸耐性のスキルレベルが上がることを想定している?




《応:否》




 そ、そっか。

 でもまぁ、どっちにしろ一時間弱で飲み干さないといけんのか。

 底が見えない足のつかない量の甘い液、飲めばダメージを受ける液を、45分以内に完飲か。


 フッ。

 私は悟りを開いた。

 そしてその後すぐ、私は無心で飲み進めた。


 ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク——…








 飲み始めて2、30分が経ったであろう頃、森さんの無機質な声が脳内に響いた。




《告:熟練度が一定に達した為、スキル【味覚Lv.3】はスキル【味覚Lv.4】へレベルアップしました》

《熟練度が一定に達した為、スキル【速食Lv.1】はスキル【速食Lv.2】へレベルアップしました》

《熟練度が一定に達した為、スキル【酸耐性Lv.3】はスキル【酸耐性Lv.4】へレベルアップしました》



 

 ヨスヨスッ。

 これでちょい時間延長されたかな。


 ……というか質問なんだけど、溶解液これ減ってる?

 減ってる気がしないんだが。

 私は横目で溶解液の水面、そして壁面を見るが全くもって減っている気がしないのだ。

 なんとなくだけど、嫌な予感がする。




《応:マスターの消費量はネペンテスモルスの溶解液作成速度を凌駕していません》




 やっぱり、ってちょいまち。

 何、今までの行為は全部無駄?




《応:是》




 ちょいまち。




《告:酸による継続ダメージが発生しています》




 ちょいまち!




《警:予測1200秒後、マスターの残存生命力が尽きます》




 ちょ待ってって!?

 え、何?

 ドユコト?

 もう、頭バグってきたかも。

 1200秒後って何秒後?

 というか、今どういう状況?




《応:脅威度【中】です》




 いや、ね。

 そうじゃなくて。

 当たらずとも遠からずでツッコミにくいけど、ちゃうんよ。


 一旦落ち着け私。

 まず、ポジティブに捉えればスキルレベルが上がった。

 でも実際はそれだけで、時間だけを浪費してピンチな気がする。




《告:代案を提唱》

《スキル【速食Lv.2】を実行》

《溶解液の吸収》




 えっ。

 それやってたんだが?

 飲んでたよね?

 めっちゃ飲んでたよね?




《応:非効率の速食の為、本来の使い方とは異なりました》




 どゆことだってばよ。

 本来の使い方?

 は?

 だって、ちゃんと——…っ。


 その時、私の脳裏に一つの答えが浮かび上がった。


 私は私を人間として認識していたが、私は植物なのである。

 元がどうとか、関係ない。

 詰まるところ、私は植物で栄養の吸収は口ではなく根からなのである。

 そう、もう私は人間ではないのだ。

 当たり前のことだが、その当たり前に気づけないんじゃ今後生きていけない。

 そろそろ、自分は人間ではないということを深く理解しなくてはいけない頃かもしれないな。

 植物としての自覚を持つべきだ。


 私は口から飲むのをやめるのと同時に、両を広げた。

 第三者から見たら”食虫植物の溶解液の溜まった壺の中で大の字になって浮かぶ大根”という、かなりシュールな絵面にはなるけど。

 もう、関係ないのである。

 そもそも見る人おらんし、私一人だけだし。


 それじゃ再び、速食開始!

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