30  vs蟻——完

 いや、そう都合よくいかないだろうなとは思ってたけど。

 私はいたって正常だ!

 不具合なんか起きとらん!


 これはもう突っ込むしか……いや。

 内側でやった時みたいに、囮を作成して一箇所に集めるとかはどうだろうか?

 タイミング良く、内側にいたアリの内一匹が這い出かけているし。

 よし、早速実験開始!


 私は這い上がるアリの眉間に右手を突き刺し、それと同時にアリは甲高い金切り声を上げた。

 力が抜けたのか堀へと落ちかけるアリの触覚を急いで掴み、引きずり上げる。

 そのまま足は体からバイバイさせて、外側の堀へと投げ込む。


 ギシィ。


 二度目となると慣れた手つきってもんよ。

 ……でも、うん、アレだ。

 失敗じゃないけど、数多すぎて数匹しか引き付けられなかったわ。

 極端な話、囮の数を増やせばあるいは。


 私は再び後方にある内側の堀を見るが、上がってきそうな奴はいなかった。

 そんなあたふたしている私を前に、例の上位種が動き始めた。

 他のアリよりは小ぶりで、白色の素早しっこい個体だ。


 奴は私が堀へと落としたアリに対して、何やら怪しげなビームのようなオーラのような物を飛ばした。

 その刹那、囮代わりに落としたアリは皮を脱ぐように脱皮を始め、無傷な状態で復活した。


 白くてちっこいのは回復役みたいだけど、何その能力。

 ズルっ。

 私にもそのビーム当てて欲しい。

 そして回復させて欲しい。


 上位種の白蟻がいる限り、もう囮作戦は通用しないとみたほうがいいかもしれないな。

 だったらもうパワープレーのゴリ押し以外方法は無い。

 私の凡庸な頭脳ではこれ以上の打開策は思いつかないのだ。

 だからアリを倒してレベルアップして、基礎能力値を上げて突破するしかない。


 森さんからの警告であった”十分”は、あくまでも普通のアリだけを相手にした場合であって、上位種のことまでは計算に入っていないだろう。

 もう、時間の問題で私に限界が来る。

 ならレベル上げて力をつけるしかないのだ。


 私は踵を返し、内側の堀に飛び込んだ。

 外側でレベルアップはほぼ不可能。

 なら、内側蟻お前達が私の糧となれ!


 アリの顎と蟻酸に注意しながら、なるべく1対1の形を作って少しずつ生命吸収を繰り返す。

 そして少しでも腹に何かを入れる。

 喰らって喰らって、逃げて逃げて。

 一回の失敗も許されない、死闘。

 喰らって避けて、無理なら石化脚で受けて。

 そうして私は一度は諦めた内側のアリの掃討をやってのけた。


 結果を見れば、赤ゲージは半分残ってはいるが左手は食われ石化した右腕は砕かれ、ワサビボディーには複数の引っ掻き傷を負った。

 けど——




《告:熟練度が一定に達した為、プチマンドランはLv.6からLv.7になりました》

《告:熟練度が一定に達した為、プチマンドランはLv.7からLv.8になりました》

《告:熟練度が一定に達した為、プチマンドランはLv.8からLv.9になりました》




 と、戦闘中に三度もアナウンスを聞いた。

 さらにスキル【味覚Lv.1】も二つレベルが上がりLv.3へ。

 そこから派生スキルの【速食Lv.1】も獲得した。


 しかし、満身創痍で内側の堀を制した私に待ってたのは絶望的な光景だった。


 クワガタのような顎の長いアリと、巨大な外骨格を持つアリの二種が複数のアリで埋め尽くされた外側の堀を突破してきたのだ。

 無論、上位種の二種以外にも普通のアリも複数連れて。

 もう外側の堀は堀としての機能は皆無だった。

 埋まるアリ達のせいで、普通に歩いて渡れてしまう。

 それ故、どんどん流れ込んでくる後続のアリ達。


 あ、詰んだ。


 流石の私もその瞬間、死を悟った。

 訳もわからん世界に訳もわからん生物になって突然送り込まれて、そして理不尽なまでの数に蹂躙されて私は死ぬ。


 ………………ギシ。


 あぁ、これで死んだら実は今まで起きていたことが全部夢で、普通に化学の授業中だったりして。

 寝過ぎだって怒られるかな。

 はぁ。


 ……シ……ギシギシッ。


 夢、なわけなよな。

 あぁ、死にたくないな。

 私の脳裏に浮かび上がるのはロクな思い出じゃないけど、それなりに楽しいと思える植物生活だった。

 どういう原理か、もうそんなことを考えることもできないけど涙も流れてきた。


 ……ギシィッ。


 遠くの方でアリの歯軋り声が聞こえる。

 何をそんな遠くから威嚇してんだか。

 じわじわと距離を詰める上位種達。

 クワガタのような顎を持つアリが顎を目一杯に広げて私に突っ込んできた。




《告:Ex.スキル【絶体絶命Lv.1】を発動します》




 直後、森さんのアナウンスが聞こえてくると同時に、私は無意識に大きく跳躍していた。

 それは今までの私本来の運動能力を二倍三倍と軽く凌駕するほどの跳躍だった。

 そして戦域の全体像を見て、遠くから聞こえてきていたアリの鳴き声の原因を理解した。


 ギシィッ!?


 後方で鳴いていたのは、威嚇ではなく例の仲間を呼ぶアレだったのだ。

 そしてその原因を作っているのは、石化ビームの怪獣ちゃん……ってなんで!?

 いや、それよりも、もしかしたら。


 私は着地と同時に、突進を避けられたクワガタアリを見た。

 案の定アリ達の様子がおかしい。

 まだ私に対して敵対的みたいだけど、少しずつヘイトが怪獣ちゃんに移っていっている。

 視界の遠くの方で怪獣ちゃんは近場にいるアリ達を片っ端から石化ビームで石像に変えていっている。


 すぐさま白蟻が回復させに動き出したが、石化は解けないみたい。

 しかも怪獣ちゃんの石化ビームは上位種だろうと関係なく、皆平等に無差別に石化させていった。

 なんで、こんなタイミング良く……。




《解:マスターのEx.スキル【絶体絶命】の効果により、各種能力の大幅向上》

《中でも幸運値が大幅に上昇した為かと思われます》




 MAJIDESUKA!?

 でも、別に怪獣ちゃんは私に好意的な存在じゃないんだよね?

 私もバレたらやばいよね。




《解:是》




 でも、活路はできた。

 このままヘイトが完全に怪獣ちゃんに移れば、私は【隠密Lv.3】と【逃亡Lv.3】でほぼ確実に逃げ切れる。

 私は少しでもアリ達の気が怪獣ちゃんに移るよう、アリの視界の対角線上に怪獣ちゃんが入るように立ち回った。

 そのまま気配を殺して、少しずつ戦場からフェイドアウト——…











 …——ハァ、ハァ、ハァッ。

 私は走った。

 またしても逃げてしまったが、それでも走った。

 生きる為に。




《告:熟練度が一定に達した為、【逃亡Lv.3】が【逃亡Lv.4】へとレベルアップしました》




 そして生還した。

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